非常事態❶
三郷村が超常現象に見舞われた時、始めおれは、決して大げさなんかじゃなく、それが自分のせいなんじゃないかと疑ったものだ。と云うのも、高校を卒業してから、かれこれ5年も実家に引きこもっていたおれは、最近では何をするにしても常に腹の奥がムカムカとして、ただひたすらに、1日の終わり、それか日常をブチ壊してくれる天変地異の到来ばかりを願って暮らしていたからである。
無職になった当初は、学生や会社員のような束縛から逃れて、これでようやく本来の自由を手に入れたと、無邪気に舞い上がったものだった。好きな時に起きて、好きな時に食べて、そして時間も気にせずに好きなだけ遊んだら、また好きなだけ寝てと・・・だけど、まさか思いもしなかったな・・・〈自由〉にさえ、やがては飽きてしまう日が来るなんて!
だからと云って、今さらおめおめと職安通いなんてのも、おれのプライドが許さなかった、それは結局、自分の過ちを認める行為に他ならないし、それに、タイミング・・・卒業のように、集団の威を借りて次のレールに送り出されるのと違って、ドロップアウトしたおれの再就職には、個の力しか頼れるモノが無い訳であって、どっこいそんなモノはこの数年の間に、情熱と共に、とうの昔にすっからかんに枯れ果てていたのである。〈大縄跳び〉、ってのがあるじゃん? グルングルン回る縄の中に、ロクに考えもせずに颯爽と飛び込んでゆく奴らは、自分が失敗するなんて事はコレっぽっちも思ってないし、実際に上手くこなしちゃうんだけど、そんな中で必ず一人や二人、縄の上下に併せて、紅白帽をかぶった頭を鶏のように動かして、そうやってタイミングを見計らうだけで、いつまで経っても踏み出せずにいるような、そんな鈍くさい奴が居るだろ? そいつがおれなんだ。紅白帽こそは脱いだものの、未だにおれは、頭を上下させて、生ぬるい流れに飛び込むタイミングを待っていたんだ。そして、そんな得体の知れないプレッシャーから、束の間だけ解放される夕暮れ時、ふっと心が緩むと、さっきも云ったような、そんな途方もない妄想が浮かんで来るんだよ・・・
宇宙人でも大地震でも、何なら北からのミサイルだって構わない、とにかく一度、この澄まし顔をした社会と、偏りまくった富と日常とをリセットしてくれる、圧倒的なカタストロフィーが起きないものかと!
それは夢見がちな文学少女が抱くような、白馬の王子様を待つ心境にも似ていて、ドーンッ!という腹に響くような轟音が聞こえた時には、毛布の中でビックリしたと同時に、遂に望みが叶ったという暗い興奮で、不謹慎にも喜びで身体が震えるのを覚えたほどだった!
ビリビリと、未だに床や窓ガラスが小刻みな音を立てている。地震か? それとも・・・戦争!? 布団の中に居るというのに、これが動物の本能と云うヤツだろうか、不思議と、外で起きているのが『人智を超えた』ものであるという予感だけはあった。
(外で、何が起きてるんだろう?)
ひどく気にはなるものの、それでもまだおれは、布団から抜け出すなんて勿体無い(?)事はせず、右手だけを伸ばすと、手探りでスマホを引き寄せた。周囲の一切から隔絶された、布団で作った太古の穴倉のような暗闇の中、まるでシャボン玉に触れるように、そっと、慈しむようにスマホの画面をタッチする、ちょっとした振動で、この白日夢が、パチンと弾けて消えてしまいそうに思われたのだ。しかし! ああ! 夢じゃなかった、ちゃんと《#三郷村で何が?》と、さっそくツイッターのトレンドに上っているではないか! いや、それどころじゃない、おすすめ、トレンド、ニュース、ほぼ《三郷村》関連で埋まっているのだ! ショート動画も上がっているのでタッチすると、驚異的に澄んだ青空を背景に、上から下へとスカイツリーを映し出した画が流れた、それ自体は、別に面白くもない動画、しかし、どうしてスカイツリーは、田んぼの真ん中(!)に建っているんだろう? 合成? まさか! 今どきそんな子供じみたイタズラで、SNSがジャックされるとは思われない。
しかし、ユーチューブにも同様の動画が次々とアップされている、『田んぼの中に立つスカイツリー!』・・・すると、その異様な光景を目にしたおれは、図らずも前の若い村長が話題作りの為とゴリ押しした、あの〈農協タワーの乱〉の顛末も、嫌でも思い出してしまうのだった・・・




