初めてのお仕事㉞
無限落下の感覚が収まり、恐る恐る目を開けると、そこは先ほどまでタカハシが一服していた、精霊の森の獣道であった。クラクションに驚いて落とした筈の缶コーヒーは、未だ左手で冷たいままで、右手のアメリカンスピリットも、先っちょがほんの少し灰になっている程度、つまりは、今のが夢想であれ現実に起きた事であれ、たった数分しか経ってないという勘定だ。しかし、仮にさっきのアレが現実だったとするなら、いったいアッチの世界ではどんな騒ぎが起きているのだろうか? 結果としては、長野県が東京から、都庁とスカイツリーの二枚看板を挨拶も無しにガメたという形になってしまった訳だし、政府は何と云って、この珍事を国民に納得させるんだろう? もちろん、大の大人、しかも国政に携わる政治家のお偉方が、奇跡や超能力、ましてや異世界だ魔法だなんて云える筈も無いから、苦肉の会見になるのは必至だ、TVタックルのように、オカルト論説員として、今度は国会に山口先生や三上編集長、果ては韮沢さんまで招集して、朝まで不毛な対策会議でも開くのだろうか? 案外、大槻教授辺りが、得意の〈何でもプラズマ〉芸で、事態を一笑に付してくれれば良いのだけれど・・・
と、冗談はさて置き、少なくとも前例の無い事だし、政府は結局、どんな犠牲を払ってでも事態の収集を図るだろう。だけど、今のネット社会で、完全な隠蔽工作など可能だろうか? それこそ、そこら中にある防犯カメラやらスパイ衛星で、都庁とスカイツリー、そしてデイダラボッチの転移の様子は撮られている筈だし、結局は超能力の存在を、隠しておく事が出来なくなるだろう。そして世論がその事実を知った上で、擁護派と否定派、どっちに転ぶかを見て今後の対策を練ってゆくという事になるんじゃなかろうか?
ま、まあ、国会に溜まっていた膿を出す一助になったのだと、今は前向きに考えよう!
しかし・・・タカハシの考えは甘かった!
異世界で当たり前のように使っていたから、単に彼の感覚が麻痺していただけであって、令和6年の日本に於いては、未だ超能力や魔法はテレビから飛び出してはいけない脅威なのであった。
間髪入れずに松本駐屯地から飛び立ったのは攻撃ヘリだったし、現場に向かう戦車や装甲車両に乗るのは完全武装の自衛官たちで、19号線から大糸線に交わった行軍は松本城に背を向けて西の梓川を目指すと、梓橋は耐久性に欠けるからと下の河原を凄まじい水煙を上げて爆進し、そこからは肉眼で確認しながら渋滞の車や交通整理の警官、せっかく台風を耐え切った〈しなのこがね〉や葉を出したばかりの野沢菜を〈信濃の国〉を合唱しながら踏み潰し、豊科の神社では、夏祭りの地元若衆が担ぐケンカ神輿と小競り合いなどを繰り広げては北アルプスの麓にある穏やかな三郷村へと向って行ったのだ。
内閣総理大臣から自衛隊に下った命令は、至ってシンプルなものだった。
『両建物内の人間を、絶対に外に出さない事』と。但し、その命令には俄には信じ難い補足もあった、『従わない者、または本作戦の邪魔をする者は、武力でもってこれを排除せよ』




