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灼熱のジャングル

作者: シリウス

マンションの前の駐車場に出ると、三十代、四十代であろう人々が懸命に雑草を抜いていた。こんな暑い中でやることもないだろうと思ったのだが、どうやら今日、花火大会ををやるらしい。

 夏の日差しを受けて伸びた猫じゃらしやたんぽぽや何やらわからない植物たちが根を放り出されて乾かされている。黒いアスファルトの隙間を縫って生えていた苔でさえ掘り起こされて、その下の土がもう白っぽい砂に変わりつつある。


私はムッとした。


植物を失った土のオアシスは汚らしい茶色で、乾いてしまった植物たちも色褪せている。全く、美しくしようとしてさらに醜くしているではないかと咎めたくなる。青々としていた雑草は白い入道雲と青い空に合うというのに。手伝う気もないので、あたかも用事があるかのようにその場を離れる。


数軒も行くと気を張るのも疲れてきて、のんびりと散歩を続けることにした。


炎天下をてくてくと歩く。もちろんほとんど誰もいない。こんな綺麗に晴れてしまった夏の日はもう外に出れないぐらい暑い。数分も経たないうちに汗が全身にまとわりつく。毛穴からブワっと吹き出す汗、それは不快であり、また私の身体の強い鼓動のようだ。


喉が異様に渇く。

自動販売機で水を買い、半分飲み干した。

まだもの足りない。


大通りへと出る。そこの商店街は屋根があって、店の前の扇風機があって、幾分か涼しい。夏の気分はもう存分に味わっているというのに南国の音楽が流れている。ここはまだ人が多い。買い物をする人や、どこか別のところへ向かってそうな人がゾロゾロと不規則に動いている。そこへドッと黒っぽい集団が混じる。中学生か、高校生だろうか。高い笑い声が響く。透明人間のように、彼らの横を通り過ぎていく。頑なに入ってくる日光が、焦げた肌に反射して、影を落としている。


近くの公園の前を通ると、提灯や屋台が置いてある。ここも今日何かやるのだろうか。暇があれば行ってみようか。

そういやこういう時期だなと今更ながら気づく。


ここまできて体力の限界が来てしまった。どこか買い物でも行こうかと思っていたのに、この暑さは予定を狂わせてくる。


とぼとぼと、やっと帰ってくると、出る時にいた人たちはもういなくなっていた。抜かれて放置されていた草だけが隅の方に置かれている。


エレベーターという文明の利器があるというのに、古い建物で階段を登っていくしかない。入居するときはいい運動になるだろうと期待していたが、この季節となってはそう思った私が憎い。


やっと家に辿り着き、雪崩れ込むように家を入る。消すのを忘れてしまった冷房の冷気が、体を冷やす。部屋は薄暗い。南向きの窓があるのだが、マンションの裏の空き地から生えてきた蔦が、この数ヶ月で窓を占領してしまったのだ。やっと風が吹いているのか、その葉の隙間から入ってくる光がちろちろと揺れている。その横で大の字になって寝そべる。多分日焼けしたのも相まって、体がだるい。重力に引かれて地面に近づくようなズンとした重さを感じる。


起きた時には、体が冷え切っていた。横にあった光の粒は消えて、外を覗くと、暗澹とした雲の連なりが空を覆っていた。一分も立たないうちに、ざーっという音と共に夕立が始まった。これが終われば、少しは涼しくなるのだろうか。


すぐに空は晴れ渡って、だんだんと斜めに傾いた日の光が差し込む。

そっと外を覗いてみると、人がぽつぽつと出てきている。

さてと、私も少し出るか。


駐車場の雑草が夕立に濡れたからか、青臭い、土臭い匂いがする。


公園へだどり着くまで時間はほとんどかからなかった。それでももう空はすでに深い青だ。設置された照明の、少しオレンジがかった色がよく映える。こちらをちらちらと見つめてくるお面や、ぷかぷかと浮かぶスーパーボールや、てかてかと光るりんご飴。過ぎゆく人の顔が明るく照らされて、何か幻想的だ。


夜に蠢く人の群れ。

叫ぶ小さな子供。

群れになった学生たち。

手を繋ぐ浴衣姿の恋人。

仕事帰りのサラリーマン。

端の方の老夫婦。

この時間だけは何も考えずに、笑うことができるのだろう。


私たちが住むのは灼熱のジャングル。

根を抜かれた植物のように、いつかは枯れていく。

夜は、夜だけは、風に吹かれて生きるのだ。

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