第一話~学校生活の中で~
少しずつ、書きためていきます。
日常を。優しく。
自然林に囲まれた丘陵地帯の坂道を、おおよそ800メートル登れば、そこには、かなりの面積の平地が現れる。
もちろん、視覚的に大きく見えるだけであって、いま、通学路となっているレンガ道を登った地点から考えて、奥行き的には4キロもないし、その幅も8キロ前後と学校の案内パンフレットで確認したことがった。
きれいに整地された丘陵地帯の最上部には、僕と愛真が通う『国立雪凪学園』のキャンパスが広がっている。中学・高校・大学の一貫性の学園なので、教室棟だけでも、地下1階地上4階建ての建物が2棟建っている。
中等部・高等部は同じ建物の中で、正面入り口を2つにわけ、それぞれが独立シンメトリー構造になっている通称『A棟』に通うことになっている。
僕と愛真も、今、立っている正門からあと5分ほど歩いたところにある『A棟』に向かう。
通学路には、登校時間としては少し早いからか、まだそんなに多くの生徒の数は見られない。
だから、通学路沿いに植樹してあるエゾヤマザクラの姿をゆっくりと見ながら、僕たちは手をつないで歩く。
僕の左手は、愛真の右手と繋がっている。
肌寒い空気は、繋がった手のひらの部分だけ、この通学路が桜の花びらに満たされる、春の温度を保っている。
「ねぇ、蒼夜。」
愛真が、明るい声で僕に呼びかける。
「どした?」
その声に、穏やかに応じることができるようになってから、実は、まだ、1ヶ月と経っていない。
「今日の放課後は、部活?」
「うん。少し、やっていこうと思う。」
「私も、一緒していい?」
一緒、、、まだ、どきどきする。
「うん。もちろん。」
愛真の指先の力が、少しだけ強くなる。
「うれしいなぁ。一緒の時間、たくさんあるって。」
左斜め下30度。
そこから、うれしそうな声と、まるで線にでもなったように細くなった、睫毛の長い瞳からの視線。
やばぃ。やっぱり、顔が火照る。
「うれしいな。。。うん。」
意味もなく、相槌をいれ、火照った顔を見られないように、少しだけ、顔を横に向ける。
咲いているはずのない桜の花びらが、一片だけ見えたような気がした。
どれだけゆっくり歩いたとしても、A棟入り口にはたどり着く。
結んでいた手のひらを離し、それぞれの下駄箱に自分の靴をしまい、そして、校舎3階の自分たちの教室まで、手をつながずに歩く。
「おはよう」という声、部活の朝練が終わったのか、学校の食堂から聞こえる「おなかが減った!」という声、思い思いのペースで、階段を登る後輩や先輩や同級生の姿。
そして、3階。
廊下では、僕たち二人が見知った顔が、僕たちを待ち構えるように、待っていた。
「おはよう、蒼夜、愛真!!」
背の高さは160センチに届かないけれど、声の大きさとテンションの高さはこの5年間ずっと変わらない。
もう、寒い時期なのに、膝丈ぐらいに短くしたスカートと、長袖のブラウスを腕まくりして、ピンで留め、上着なんか邪魔といわんばかりの元気さを発揮している。
髪は肩の長さに切りそろえて、少しだけシャギーが入っている。
桜丘 夕美歌。
それが、彼女の名前。
愛真の格好が、きっちりと制服の上着を着て、スカートも校則指定のひざ下15センチ、しっかりとハイソックスであったりするし、彼女の身長は、夕美歌よりも10センチ以上高いから、2人が並ぶと、先輩と後輩のような感じになってしまう。
でも、夕美歌は、僕と愛真にとって、この5年間同じクラスに在籍するという、ほとんど奇跡に近い確立を共にしてきている関係なので、非常に仲がいい大切な友人だ。
「おはよう、夕美歌。」
「おはよう。」
かけよってきた夕美歌が、毎朝恒例となっている愛真への抱きつき攻撃を始める。
「愛真、あったかーい!!いいにおい!!やっぱり、これはやめられないなぁ!」
抱きつきながら、愛真の胸に顔を埋める。
「ちょっ、、、夕美歌。やめっ、、、。」
いつものように、拒絶しようと頑張る愛真だが、心の底から気持ちよさそうに、自分の胸にしがみついている夕美歌の表情やしぐさを見て、「ふぅっ。。。」とため息一つ。
そして、僕のほうに目配せ。
「まったく、しょうがないなぁ」心の中で呟くのもいつものこと。そして、僕は、愛真の胸に顔を埋めて陶酔しきっている夕美歌の背後に、音もなく忍び寄り、
「ふぅっ。」
少しとがり気味の小さな耳たぶに、少し強く息を吹きかける。
「いひゃぁぁぁ!!」
いつものように夢から覚めた子猫のような悲鳴を上げて、飛び上がり、飛び退り、回し蹴りを放とうとする夕美歌を、避ける。
「ちょっと、蒼夜!なんでそこで華麗なステップを踏んで私の必殺技を避けるわけ?普通は、そこで、あたってくれるのが優しさというものでしょう?」
むちゃくちゃな理屈を喚きながら、何度もまわし蹴りを放つ夕美歌。