ナルの居場所 2
「なるほど。そういうことね」
ハーレムちゃんは、ナルたちの様子を見ながら、呟いた。
「ハーレムを、恋愛を望んでいない」
ナルがハーレムちゃんに言った言葉だ。
そして「恋愛を望んていない」この言葉が、引っかかっていた。
(そもそも『社会的欲求』を望まないなんて、なにかの間違いだと思ったのよ)
社会的欲求とは、人間の五大欲求の一つであり、『生理的欲求』『安全欲求』の次に重要視される。
内容として「他者との関わり、集団への帰属」を意味する。
つまりハーレムちゃんは、「恋愛を望んでいない」と言われ、「社会的欲求を求めていない。……生理的欲求と安全欲求が満たされていないの!?」と引っかかっていたのだ。
(そういうことね。恋愛にばかり、気を取られていたけれど、「そういう愛」もあるわね)
ハーレムちゃんは、ナルを「ナル様」と呼ぶ人々を思い出す。
下水道局の職員たち。
貧民街の者たち。
屋敷で働くメイドや執事たち。
ナルを囲む、温かい集団がある。
(全員が『敬愛』をもって、ナルちゃんに接している。だから社会的欲求が満たされているのね。
納得がいったわ)
『恋愛』≒『敬愛』ではない。
だが似ている点がある。
つまりナルは『敬愛で満足して、恋愛を無視している』状況が起きている。
そう理解した。
(でも、それでいいの? 恋愛をしない。
そういう生き方もあるんでしょうけれど)
「勿体ないわ」
ハーレムちゃんが、ナルと接してきて、「勿体ない」という思いが強かった。
「でも……」
(強制されるものではないし。
人から「恋愛をしろ!」なんて言われても、冷めるだけだわ)
「……う〜ん。ハーレムちゃん、だけじゃあ思いつかないな」
口を丸くし、手を顎に当てる。
「聞くだけ、してみようかしら」
一番の問題に向けて、頭をフル回転させていた。
「カァ!」
そんなハーレムちゃんの不意を突いたように、カラスが襲いかかる。
「のわっ!? またアンタたち! 痛い、痛いのよ!」
またカラスとの鬼ごっこが開始された。
夕方、五時頃。
職員は夜番と交代し、終業となる。
「ナル様! 飲んで行きますか〜!」
「ごめんなさい。
アルコールは受け付けない体質なので。
強くなったら、また誘ってください」
「ざんね~ん!」
そう言い、何時もの会話のやり取りに、笑いが起きる。
職員は仕事が終わると、買ってきた酒や食事を、机に並べ飲み会をしている。
これは「汚血お断り」という店が、未だにあるからだ。
そして毎週行われ、ナルがいるときは、毎度誘うというのが恒例になっている。
ナルは、何かしらの理由で断っているのだが。
「二日酔いはしないように、お願いしますね!」
ナルは笑いながら、手を振り、局へと帰って行く。
「よっしゃあ! ナル様のお断りも済んだところで。 皆、飲料を掲げろ!」
調子がいい男の宣言で、その場の全員が、グラスを掲げる。
「我らに救済をくださったレーグラント家に、感謝して頂く! 乾杯っ!」
「「「カンパーイ!!」」」
グラスを思いっきり、ぶつけた。
そして全員が喉を潤した。
場は酒の力で、盛り上がる、
バカ話、世間話、陰謀話、恋愛話、自慢話、苦労話と様々なことが話された。
だがナルやレーグラント家に、関する話では、茶化すことは無かった。
「とうっ!」
一角、丸机を囲むように座る三人の元に、精霊が降り立った。
「ん!? びっくりした」
「精霊様じゃ〜ないか」
「なんだぁ、なんだあぁ?」
酒を飲んでも、体から生える『羽』から、判別は出来たようだ。
「そのとおり! 我が名はハーレムちゃん!
話を聞かせて貰うわよ!」
「「「……?」」」
突然のことに、頭が回っていないようだ。
机を囲む三人は、疑問符を浮かべている。
「ナルちゃんについて、話を聞かせてもらうわ!」
ビシッと指を指し、もう片手を腰に当てるハーレムちゃん。「決まった!」と言わんばかりの、ドヤ顔。
三人は目を合わせ、ニヤリと笑う。
「いいですよ〜。沢山、語りますとも」
その後、ハーレムちゃんは「聞く相手を間違えた」と、狂信者の三人と話して、後悔するのだった。
一週間ぶりの家族三人での食事。
ナルは、全員が食べ終えたのを確認した。
お休みの挨拶をして、立とうとした時。
「ナルちゃん」
母、シルティアの落ち着いた呼び声。
ナルは、何時もよりトーンが低く、感情を抑えた声に気づく。
「はい。何か?」
手を膝に置き、聞く姿勢となる。
シルティアは、真っ直ぐな目で、ナルを見る。
一方、オルデランは、宙を見て、こめかみを抑えた。
「貴方を養女に出したいと思います」
「…………は?」
その話に、言葉を失う。
「私の弟は、知っての通り侯爵家の当主。
今は兄弟が三人で、ナルちゃんの養女の件について、快く承諾してくれました。
そこで三日で荷物をまとめてーー」
「え、は、何を突然。いや、え?」
ナルは呆然として、言葉が出ていない。頭には大量の疑問符を浮かべている。
しかしシルティアは、そんなことを気にせず、説明をしだす。
「一週間前。私は貴方に言ったわね。「ただ、貴族らしく、令嬢らしく、一人の女の子として生きて欲しい」と」
「え、ええ……。言われました」
「では、何です? ここ一週間の貴方の行動は。
いつも通り、言われた訳でもなく、下水道の仕事を務める。
令嬢としての作法練習や自身磨き、美への意識。茶会への参加やクラブ活動。
私の交友関係に頼めば、差別意識の少ない者たちを紹介して、参加出来たはず。
しかし、そんな話は一切ない。あいも変わらず、令嬢としての役目を放棄。それでよく「分かりました」と了解したものです」
「で、でも、それで養女に出すなんて」
「改善が見られなかった。
これ以上の理由がありますか?」
シルティアのキツイ言葉。
ナルは口をパクパクとさせる。
そんな空気の悪さから、オルデランが口を開く。
「ナルくん。シルは、君のために言っているんだよ〜。何も嫌がらせや邪魔だから言っているんじゃない。
それを、よ〜く理解してーー」
ガタッ!
するとナルが勢いよく、立ち上がった。片手で顔を抑え、顔を青白くしている。
「…………ごめんなさい」
するとナルは部屋を出ていく。
「ナルちゃん! 待って! 話はまだーー」
「シルティア!」
シルティアは、ナルの後を追おうと立ち上がる。
しかしオルデランの、強いハキハキとした言葉に、体が止まる。
「考えさせてあげよ〜。
子供なりに考えが、あるのだろう。家族として、見守ってあげるのも大事だと思わないか〜い?」
「そ、そうね」
脱力したように、椅子に座る。
シルティアに、オルデランが歩み寄る。椅子の後ろに立つと、肩に手を乗せる。
「大丈夫さ〜。
ナルくんは、頭が良い〜子だ。かなら〜ず、帰ってくる。
そこからは、また三人で話そうじゃないか」
「でもあの子が、何処かに行ってしまったら」
シルティアは、嫌な想像に体を震わせる。
「大丈夫。大丈夫さ〜。帰ってくる」
オルデランは、入口に立つレノとディノンを見る。
そしてウィンクをした。
二人は、軽くお辞儀をして、部屋を出た。




