出会いは下水道にて 3
レーグラント家は公爵家であるため、最上位の裕福さを持つ。
ただ、その財源は特殊だ。
基本的に貴族は所有する領地から、徴収する税を財源とする。
多くの場合は、その税を領地のため使用。
そして領地の発展。
領地から税を徴収。
この循環が起きている。
一部、商業や他分野に精通して、財源確保とする場合もあるが、極少数だ。
なにが言いたいかというとーー
レーグラント家は、めちゃくちゃ金が余っている。
そういった理由もあり、肩身が狭い思いをしている。まあ原因は、他にも沢山あるが。
閑話休題。
「さあ、食べましょう。
今日は三日煮込んだお肉を使って、ビーフシチューを作ってみたの。すっごく、美味しいと思うわ」
そんな優しい笑みを、ナルと夫に向ける。
彼女はナルの母、シルティア・レーグラント。
まるで「海の精霊」のような、美しさと優しさを感じさせる。
海のような、緑よりの青色をしたロング髪。
今日は、その髪を三編みにしている。
そして白サンゴの髪飾りをつける。
大きな強い目に中性的な顔つき。
細身で一八三センチと女性にしては高い。
シンプルな紺色のワンピースを着ている。
「それは美味しそ〜だ。取り敢えず、面倒な問題は横に置いて〜。
ひさ〜しぶりの、家族団らんを楽しもうかな〜」
そんな調子良く、スプーンに手を伸ばす男。
彼はナルの父、オルデラン・レーグラント。
見た目は、「弱そう」なイメージを与える。
黒髪のセンターパートで、前髪に一箇所、青色メッシュ。
タレ目で、覇気が感じられない顔。
一七○センチとナルよりも背が低い。
そして手の動かし方や、言葉に柔らかさがある。
服は黒色のシャツとズボンを着ている。
ナルの見た目は、母の血を濃く、受け継いでいるようだ。
「う〜ん。やはりシルの食事は最高だ。
日々の疲れが抜けていくようだよ〜」
目を軽く瞑り、如何にも「最高」という顔をする。
「ウフフ、それは良かった。
貴方は何時も、その顔をするわよね」
シルは口元を手で隠し、小さく上品に笑う。
「ナルはどうかしら?
頑張って作ったから、食べて欲しいな」
ナルは、心ここなあらずという様子で、固まっている。
「奥様の、その言葉には、誰もが「美味しい」と言うしかないでしょう。もし拒否をすれば、不味いと言っているのと、同等じゃないですか?
まあ、私は奥様の食事が大好きなので、何も言われずとも「美味しい」と言いますがね」
そうギザ歯を見せて言うディノン。
口の端からはヨダレが垂れている。
ゴツッ。
「失礼と思え」
レノは、そんなディノンに、容赦なく鉄拳を振り下ろす。
二人は入口の、そばに並び、配膳など給仕を行う。
「すんません」
ディノンは悪びれる素振り無く、笑みを浮かべながら腰を折る。
通常、失礼であり解雇されても問題ないだろう。
実際、レノも頭を抱えて見ている。
しかしナルは勿論、オルデランもシルティアも、全く気にしていない。
レーグラント家は、家族全員が寛大な心を持っているようだ。
「それは良かった。
じゃあディノンのために、少し残しておきましょうね」
シルティアは笑顔で答える。
「それは、ありがたい」
それに対し、ディノンも満面の笑みで顔を上げる。
「んん〜、そうだ。ナル君、精霊様を助けて来たらしいけど、ど〜んな様子かな? 目は覚ましたかい?」
オルデランに報告が来ていないのだから、目は覚ましていない。だがシルティアにも情報を共有する目的で話す。
「いえ、父上。精霊様は、まだ、お眠りになられております。何かありましたら、すぐ報告させていただきます」
ナルは食器を置き、オルデランに体を向ける。
「うんうん、オーケーだよ。精霊様はナル君にお任せするよ。な〜にか必要になったら、すぐに言ってもらって」
「はい。お願いします」
ナルは重要な話が終わり、食器を手に取る。
「あ〜……」
「何か?」
オルデランが、「忘れてた」と言いたげに漏れた声に反応する。
「あ〜、ごめん。そういえば精霊様の見た目を知りたくてね。どんな見た目だったか」
「精霊様は人型で三○センチ程度。ピンク色の逆三角形型のドレスでした」
「えっ!?」
驚きの声を漏らしたのは、シルティアだった。
「何か?」
ナルは疑問符を浮かべる。
「あ、いえ、なんでもないわ。
さあ冷めてしまう前に食べてしまいましょう」
そして食事を再開する。
シルティアとオルデランは、目を合わる。そして目と目での会話を行った。
三人が談笑をしながら食べ終わった頃。
「ねぇ、ナルちゃん。
一つ、女として、お話があるとだけれど」
「はい。なんでしょうか?」
「あら〜? 僕は出ていったほうが良いかな〜?」
オルデランは「名案だ」と笑顔で提案する。そして席から腰を上げようとする。
しかしシルティアはキッと睨む。
「貴方も原因の一つです。ちゃんと座って聞いてください!」
「あ、はい」
オルデランは、手を膝に置いて、話を聞く体勢になる。
このときディノンは、食器を片付けるため、オルデランの近くに立っていた。シルティアの恐ろしい顔を、直視してしまう。
すると先程までの、生意気さと悪い笑みは消え、気配を一瞬で殺した。
(ここだけは尊敬)
レノは、そんなことを思っていた。
シルティアは、ナルへと向き直ると、優しい目つきに戻る。
「ナルちゃん。私は心配よ。
貴方が学園で、何と呼ばれているかは、耳に入っています」
「『ドブ令嬢』です」
気にした様子なく答える。
「ええ、その通りよ。
だけど最近は、学園内だけでなく、王都内の民からも、言われている始末。
これが単なる陰口であれば、問題は無いの」
そう言うと、「フー」と息を漏らす。
「たけど、ナルちゃんは、実際に下水道で働いてるじゃない。それが問題なの!」
トンッと机を叩く。
しかしナルとオルデランは、疑問符を浮かべ、顔を見合わせる。
「問題が〜あるのかい?」
「あります!」
即答だった。
「いい? 貴族の女は、いつかは結婚をしないといけないの。子供を産むか、養子を取るかは、別としてよ。
でも男性の存在は必要不可欠!」
パシッと机を叩く。
「貴族として男が権力を行使し、それを女が支える。これがあるからこそ、私たちは令嬢として、学び、習い、実践するの。
今の貴族のほとんどが、その体制です。ですからーー」
ナルは、シルティアの、まくしたてるような喋りに、圧倒されていた。
「そんな考えは、時代遅れだと思うけどな〜。
今こそ、女性貴族なんていないけど〜、いつかは普通になると思うよ〜? 別に問題が無いわけじゃないけど。
それだって男が貴族になるのだって問題はある。
女性でも貴族の当主として、活躍するのがーー」
するとオルデランが話の腰を折った。手を組んで顎を乗せ、持論を展開させる。
「貴方様の口は、一度は縫ったほうがよろしいか?」
とても低く、冷たい声で、睨みをきかせる。
オルデランは、一瞬で背筋がピンッと伸びる。
聞いただけのナルやレノ、ディノンですら、背筋が凍る。
実際、室内の温度が、一瞬で低くなる。
これはシルティアを中心に、低温の空気が生み出される。
『絶対零度』それが彼女、シルティア・ディーネの二つ名。
現、国王の従兄妹であり、本流の血筋を引く、純血の力である。
「未来が、どうだの。時代遅れが、どうだの。
そんなことを言っても、今は、今です。
今の社会の流れに、逆らうのは、この貴族社会、国に反するのと同等。逆賊行為に値する。
それを分かって発言してください」
「は、はい」
「それでナルちゃん」
そしてシルティアは一瞬で、声音と顔を変える。
気温も一瞬で戻った。
「は、はい」
ナルは怯えを、隠せずにいる。
「私は無理に、「結婚相手を見つけて来い」とは言いません。
ただ貴族らしく、令嬢らしく、一人の女の子として生きてほしいの。
だから人並みに世間体を気にして、人並みに人を気にして、人並みに自分を気にする。その努力を見せて頂戴。
これだけで私は安心できるわ」
「……分かりました」
分かったような、分かってないような、微妙な反応で答えた。




