強さ 1
「おい、大丈夫そうか?」
「顔は何時も通りだが……」
下水道職員の二人は、ヒソヒソと話す。
その目線の先にはナルがいた。
「どうしました?」
ナルは振り返り、疑問符を浮かべる。
「「あ、いや。ハハハ」」
職員たちの間では、ナルの騎士科での事は聞かされている。それ故に、職員の間では、大変さを理解していた。
そして職員の中で、「ナルを休ませよう」という考えがあった。
「ナル様、休憩しませんか?」
監査途中、突如話しかけられた。
「え? はい。良いですが……」
そう聞くと、職員たちは口角を上げる。
「どうぞこちらへ!」
導かれると、ビーチチェアにパラソル、飲み物が置かれている。
そこには数人の職員が、準備完了と待っていた。そして全員が笑顔だった。
「ええ? あの……」
「まあまあ、こちらへ」
「え、あ、いや」
「どうぞ、こちらへ」
言われるがまま、ナルはビーチチェアに座らされた。腕をつかまれ、半強制的ではあったが。
そしてされるがまま、休憩をさせられた。
「あの、そろそろーー」
「「「まあまあ」」」
食べ物を食べさせられ、会話を引き伸ばされ、時間を稼がれている。
「あのー、何か変ですよ?」
「「「ええ?」」」
「こちらが王都内、警備演習の書類です。
細かいことは、私が済ましておきました。
サインだけ頂ければ」
「はいよ。何時も悪いな」
ギオンとイルノの二人は事務作業を済ましていた。
と言っても、殆どがイルノが済ましている。
ギオンは書類に目を通して、サインをするだけ。とても、とても簡単な作業だけだ。
「であれば、教員会議くらい参加していただけませんか? そうすれば、説明することが減ります」
そんな怠慢に、イルノ睨むような目で見る。
「ンハハハ! 俺がいても寝るだけさ。
しかも他の部隊教員に、睨まれてるんだ。お前も仕事がやりにくかろう?」
「ハッ、確かに」
そのような愚痴を挟みながら、二人は仕事を済ませていく。
「そういえば、ナルティアはどうだ?」
「どうだ? と言われても、私は関わりありませんが? ギオン教員のほうが、関わる機会が多いでしょう」
「んぷっ。まあ、そうなんだがなー」
ギオンは酒で喉を潤し話す。
書類を片付け始めた。
「私の率直な意見ですが、ぱっとしない顔です。中の中といったところでしょうか」
「ンハハハ! そこか? まあ顔はそうだな。
だが強ければ問題ない。何だかんだ、折れずにいる」
手を止め、話が進む。
「いつまで、耐えるのでしょうか」
腕を組み、ため息をつく。
「あれは折れんな」
「え?」
「そういう目だ。懐かしい、ぐっ」
ギオンは頭痛が走り、頭を押さえる。
「ハッ、ギオン教員も年ですか? 酒はお止めになったほうがーー」
グビ、グビ、グビ。
そうイルノが話す中でも、ギオンは酒瓶を一気に飲み干す。
「カァーッ、仕事は終わったな。
俺は見回りに行ってくる」
勢いよく立ち上がり、新たに酒瓶を持って、部屋を出る。
「本当に困った人だ」
ブンッ、ブンッ、ブンッ。
剣からは、風切り音が鳴る。
訓練場の隅、誰もいない静かな場所に、音が響いている。
音の発生源は、ナルの振るう剣からだ。
「勤勉だな」
話しかけてきたのはギオンだった。
片手には酒瓶を持ち、フラフラと歩いてきた。そして木に背中を預けると、座り込んだ。
「……ありがとうございます」
ナルは驚いて、手を止め、尋ねた。
(気まずい)
一方的な気まずさである。
ギオンは、ナルの幼少期、英雄として目立っていた。圧倒的な強さとカリスマ性。
過去のことではあったが、良い思い出だったのだ。
今は、こんな放浪者のような男。
「んいや〜、得には。
まあ、暇つぶしに、酒を飲みながら、見物するオジサンだ。気にするな」
(確か三○代前半だった筈だけど)
「はあ、了解しました」
そしてギオンの目線を無視して、剣を振るい続けた。
「待て、握り方は、こうだ」
するとギオンは、腰の剣を抜き、握り方を見せた。
ナルは突然のことに、疑問符を浮かべる。
「ほら真似して、握ってみろ」
言われるがまま、握り方を変える。
「振るってみろ」
ブンッ! ブンッ!
「おおっ」
風切り音が大きくなる。若干だが剣が、軽く感じた。
ナルは予想以上の効果に驚く。
「本当ならレイピアでも使えば、良いんだかな。
まあ騎士団は古い考えでな。最初は訓練用に剣を握らせる。それにーー」
そんな独り言に、耳を傾けた。
「ここに来て、どのくらいだ?」
唐突に問われた。
「三月です」
「毎日、頑張ってるそうだな。
キツイだろ? ついていけてるか?」
ギオンは酒を地面に置き、真剣な顔をする。
そんな顔にナルは手を止める。
「そうですね。時間はかかりますが、ノルマは達成するようにしています。そのせいか、手には大量の豆ができていますが」
デコボコとした豆だらけの、手のひらを見せる。
ギオンは眉を上げて驚く。
(よく見ればーー)
驚きの顔のまま、ナルを体つきを見た。
(初めて見たときより、ガッシリとしてるな。
本当に、女の身で、あの地獄を耐えているのか?)
口が開いたまま、固まる。
十数年前とはいえ、卒業生であるギオン。騎士科の訓練の辛さを知っている。
(馬鹿な、何故耐えられる)
「何故、耐えれるんだ?」
純粋な疑問だった。
性別、汚血、元令嬢、これだけのハンデがあれば、気づくはず。
(騎士を辞める理由一番は怪我だ。
そして二番目が、自分の弱さを知り、騎士を辞めた。
俺だって、その一人なのだから)
「あー……」
ナルはそんな疑問に頭を悩ませる。
手を顎に当て、目を動かす。
時間が経っても答えは出てこない。
「無いですかね」
「は?」
「私の中に、耐えれる理由は無いと思います」
ギオンは素っ頓狂な顔になる。
「ですが、私の中には無い。
他の人たち、信じてくれた人たちがいたからですかね」
「信じてくれた……?」
「私は公爵家で、不自由ない生活をしてきました。
無理な希望も通してくれて。
今思えば、酷い娘だったと」
ナルは思い出すように宙を見る。
「だけれど、そんな私を信じてくれる。更には幸せを願ってくれた。
そんな人たちの前で、何時までも『ドブ令嬢』と言われる。こんな状況に甘んじて受け入れることはできない。
だから私は折れず、戦える」
デコボコな手のひらを見た。
「そうか、君はーー」
『ギオン。貴方は、私の騎士。
だから貴方を信じーー』
ズキンッ!
ギオンの頭に衝撃が走る。
たまらず押さえつけた。
「フーッ、フーッ、フーッ」
心臓が跳ね、冷や汗が止まらない。
「だ、大丈夫ですか?」
心配する声も、今は鬱陶しかった。
「悪かったな。邪魔した」
顔を険しくさせ、酒瓶を持って歩き出す。
その足取りは、おぼつかない。
ナルは心配しながらも、「関わるな」というメッセージに気づく。
「フーッ、フーッ、フーッ。
んぐっ!」
ギオンは壁にもたれかかると、一気に酒を飲んだ。
酒瓶の半分を、一気に飲み干す。
だが心臓は跳ね続け、呼吸は乱れる。
頭は地響きのように揺れ続ける。
「クソッ!」
パリンッ!
そのまま持った酒瓶を、壁に叩きつけた。
「酒を……」
酒を求め、歩き出した。




