出会いは下水道にて 2
職業差別というのは、どの村、街、都市にも存在するものだ。
例ば、死体を扱う『墓守』や、戦場の片付けを行う『戦場清掃員』など。
この国、ディーネ王国、王都では『下水道管理』が職業差別の対象である。
ディーネ王国では『水の精霊』を、最も崇めている。
その精霊から「汚水を流すなよ」と、直々に命令我下った。
その言葉により、王都では都市建設計画に、下水道設備と下水再生場が組み込まれた。
内容として、家庭の汚水、生活排水や雨水、自然排水を、地下の下水道で一箇所に運ぶ。そして再生場にて、汚水を清水へと変え、川に流す。
この画期的な都市建設計画には、王国からも多額の資産が投入された。
そして王都は「雨災害に強く」、「下水処理の作業が無くなり」、「排水を清水へと戻し」、暮らす人々を助けた。
全ては上手く進んだと思われるだろう。
しかし計画時点で一点、問題が生じていた。
それは『誰が下水道を管理するのか?』だ。
レーグラント公爵家。
ディーネ王国、公爵家にして、唯一領地を持たない貴族。
正確には下水道が領地とも言えるが。
ナルはレーグラント屋敷の隣。下水道管理局へと到着した。
フェンスの入口には、三人の門兵が立っている。
ナルの姿を見た二人は、一人が管理局へと走る。
「お帰りなさいませ。ナル様。お着替えのほうはーー」
「いえ、それよりも急ぎの用事があります。
レノとディノンを」
「ハッ!」
そして、もう一人が、隣の屋敷へと走る。
ナルはポケットから精霊を、優しく取り出す。
「ナル様、それは? ……えっ!?」
「ええ、何か布などはあるかしら?」
「は、はい!」
門兵は慌てて、ポケットからハンカチを取り出す。
「ごめんなさい。汚してしまうけれど」
「いえいえ! お気になさらず」
受け取ったハンカチで、出来るだけ泥を落とす。
門兵も何かしようと思ったが、ナルの作業を見守ることしか出来なかった。
「お待たせいたしました」
泥を落としているナルに、若い女性が声をかける。
振り返ると、門兵と共に、二人の男女が立っていた。
「レノ、ディノン。ごめんなさい。呼び立ててしまって」
そう言われ、レノは笑みを浮かべ、顔を横に振る。
レノは「クール」な印象を与える女性だ。
銀髪のショートで片側を編み込み。
薄褐色の肌にツリ目。
特徴的なのは耳裏の入れ墨だ。
ロングスカートのメイド服を着ている。
「ナル様、我々は馬車馬の如く、働く。
犬の如く、忠実に仕える。
謝る必要などありませんよ。
まあ、仕事を中断して来たので、私には謝って欲しいですが」
そう言い、ディノンは笑みを浮かべる。
「余計だっ」
パシッ。
レノが肩を叩く。
「あだっ」
ディノン・タカラは、「悪い笑み」が似合う執事だ。
インナーが銀の黒髪ポニーテール。
青白いほどの肌に、顔つきは童顔で優しい雰囲気。
黒光りの指輪と耳飾り、
インナーも全て、黒の執事服を着ている。
彼の身長は、出身国にしては珍しく、一七五センチと高めだ。
ナルは二人の、何時もの光景にクスリと笑う。
「それでナル様。いかがなさいました。どうやらお急ぎの様子」
ディノンは目を細め、ナルの手元を見る。
そしてレノとディノンは、目を見開く。
「ええ。まず、レノ。
精霊様の汚れを落として。それから屋敷のゲストルームに寝かせてください。監視も、お願いします。
急ぎ、父と母にも連絡を。
私はすぐ着替え、父に詳細を報告します」
「御衣」
レノは一言で済まし、ナルから精霊を受け取る。そして足早に屋敷へと向かった。
「それでディノン」
「はい」
ナルはディノンへと顔を向ける。
ディノンは片側の口角を上げ、ギザ歯を見せている。
ナルでなければ、「何を笑っている!」と言うだろうが、気にしていない。
ちなみにナルは、笑みを見た時、「歯が綺麗だな」としか思っていない。
「南、商店街の第六地区。
確か、三番点検口に原因がありました。レンガや石の建材が不法投棄。
それらが、水を堰き止めていたようです。
急いで撤去に人員を。犯人探しも、お願いします」
「はい。お任せ下さい」
ディノンは、笑みを浮かべながら、一礼をすると水道局へと向かう。
「ナル様、お着替えの準備が出来ております」
すると水道局からメイドが声をかける。
「はい。今、行きます」
ナルは、そう言うと走りだそうとした。しかし一歩踏み出して止まる。
振り返り、ハンカチを貸してくれた門兵に近寄る。
「ハンカチは新しい物でお返しします。ありがとうございます」
ナルの手には、泥で汚れたハンカチが握られている。
「え? あ、いえ、それにはーー」
門兵が言おうとする前に、ナルは去っていく。
声は届かず、断ろうと手を伸ばしたまま固まった。
そんな門兵の肩を叩かれる。
「優しい方だろ? 俺たちも経験済みだ」
「えぇ? 貴族様ですよね?」
「れっきとした、レーグラント公爵家のご長女。
ナルティア・レーグラント様だ。ちなみに一八歳」
ナルが向かった先に目を向けた。
その目には「年下の令嬢」ではなく、「敬う主」として映っていた。




