騎士科の一日ルーティーン 1
拷問のコツというのは精神面と肉体面を、丁度良く痛めつけることにある。
騎士科の訓練は、どちらにも負担を加える、凄まじい内容である。そして生まれるのが、精神的にも肉体的にも、完成された『騎士』だ。
ただし、騎士科、第九部隊のように、生徒たちが参加するということは少ない。
ということで、とある騎士科生徒。
ナルティア・レーグラントに注目して、騎士科の一日ルーティーンを、ご紹介しよう。
ナルの所属する第九部隊は、第一○、一一、一ニ部隊のハーフ、汚血たちのみで、訓練を行う。
と言っても第九は、教員のギオン・リ・テルの、自称『自由意志尊重型 個別教育法』により、訓練は強制されない。
そうなると、第九部隊から約一○○人の内、参加するのは、二○数人程度。部隊のニ割程度しか参加しない。
午前五時。
騎士科の宿舎内に鐘の音が響く。
ビクッ。
ナルは音に築き、体を震わせて目覚める。
ちなみにルームメイトの二人は、スヤスヤと寝ている。
ガチッ、ガチッ、ガチャ!
軋む音のする窓を開けると、土砂降りの雨。
「うわっ」
強い風は部屋に入り込み、急いで閉めた。
「最悪」
少しだけ嫌な顔をして、服を着替え始めた。
服を脱ぐと、バケツに、つけていた布で顔と首元
、脇、手を拭く。
これは昨日の夜、棟の外にある井戸から汲んできたものだ。
使ったらバケツの水は、排水溝に流す。
水の祝福を得ていれば、このような面倒事にはならない。
古い建物ゆえ、ハーフ、汚血用に建てられていないのだ。
騎士科の訓練着は無い。
基本的に紺色のパンツ、黒の長袖インナー、その上に白シャツ。寒ければ、騎士科の印が入ったジャケットを羽織る。
こうも強い雨であれば、ジャケットは着ない。
長い髪を後ろで結び、腰に剣を差し込む。
「…………」
「クー、クー、クー」
ルームメイトのジアとニア。
ジアはベッドの二段目で寝ており、壁に顔を向けて、横向きに寝ている。
何時も、寝息はしないが、偶に飛び起きることがある。
ニアは布団を抱くように、横になって寝ている。夜中には「クー」と寝息を立て、寝返りをうつ。
しかし布団は離さないように、強く抱いている。
「フフッ」
ナルは、そんな似ない年下兄弟を、小さく笑いながら部屋を出た。
「おはようっ。ナルチャンッ」
キラッと星を飛ばして、挨拶するのは、上級生のスター。
遮光メガネが特徴的な生徒だ。
朝にも関わらず、元気で、正直ウザい。
「皆さん、おはようございます」
スターとルームメイトの二人にも挨拶する。
「「おはよう」」
スターがナルに好意的に、接しているのが理由か、二人も悪感情を向けてこない。
三人は近い部屋では無いが、食堂へと向かうとき、出くわす。というか、第九で朝から食堂に向かう人間が、ニ割しかいないのだ。
出くわして当然と言える。
そして食堂へ向かう。
「おはようございます」
食堂で働く年配の料理人。彼らもハーフ、汚血だ。
「おはよう。ナルちゃん」
大月が経ち、名前を覚えられるほどにはなった。
そしてトレーに大量の食事をのせ、机に座った。
ふっくらしたパン半斤。
底が深い皿にもられた、ビーフシチュー。
そして果実水。
朝にしては重い食事。
これが騎士科の魅力でもある。完備された衣食住。他の部隊からの差別や暴力を除けば、十分過ぎるほど。その暴力の中には、第九のサボりが、一つの原因でもあるが……。
午前六時。
「んぷっ」
大量の食事を食べた後、四人は豪雨の中、訓練場へと向かう。
訓練場には、第九から一ニまでの生徒が勢ぞろい。
第九部隊の参加は数人のみ。
「今日は少ないですね」
「ハハハ! 雨の中だからねっ。
さっさと終わらせよう」
ナルたちは、冷たい雨を防ぐこともできず、びしょ濡れになる。
そして未だ、強い雨が続く中。他部隊の教員が、雨具を着て来た。
整列する部隊の前に立ち、話し始めた。
「ーーーだ! だかーー!」
大声で話しているのだが、聞こえない。
「何を話しているか、大体分かるけど」
ナルは、小さく呟いた。
基本的に第九部隊の悪口を言っている。
晴れた日であれば、悪口を永遠と聞かされ、訓練が始まる。
「ナルチャン。
教員の髪、雨にぬれて、一層目立ってないっ?」
後ろからスターが話しかけてきた。
言われた通り、悪口を叫ぶ教員の頭を見る。
風の勢いで、フードが外れ、髪が雨に濡れている。そして髪が頭皮に張り付いている。
「ブッ」
ナルは言うことを理解して、吹き出した。
そして地獄の訓練が開始した。
まずは王都の外壁ランニング。
千回素振り。
スライド式一対一模擬戦。
止まれば、蹴りを入れられる。
弱音を吐けば怒号を眼の前で言われる。
数ヶ月前は、か弱い令嬢だったのだ。それを考慮しても、凄まじい訓練内容。
こうして午前中の訓練が終わった。
雨が未だ止むことなく、降り続いている。
そんな中、ナルは冷たい地面に、倒れ込んている。
今までも何度かあったことだが、今日は一番ひどい。体は悲鳴を上げ、動くことを許さない。
「ナルチャンッ、食べに行かないかい?」
スターが、声をかけてきた。
彼は金髪をかき上げていた。
(もともと中性的で色白だったけれど、美肌でとても綺麗)
「今、考えることではない」と思った。
「す、すまみせん。
……お構いなく、後で、たべ、ます」
目が死んでおり、後で食べるとは思えない。
事実、声は弱く細い、体を動かすことができていない。
「取り敢えずっ、ここで休むのは、危険だよってね」
スターは、ナルの手を掴み引っ張り上げる。
「あわっ」
そしてお姫様抱っこで、体が浮いた。
ナルは突然のことに、驚きバタバタと暴れる
「大丈夫っだって、ナルチャンッは軽いから。
ハハハッ!」
恥ずかしさで顔は真っ赤だったが、動ける状態でももなく、体の力を抜いた。
スターの腕は、筋肉質で、暖かさがある。わざとだろうが、ナルの真っ赤な顔に配慮して、遠くを見て歩いている。
優しさにも暖かさがあった。
「すみません」
「良いってことよっ! あ、なら後で、皆に助けてもらったって言っといてよっ。
そうしたらオレッの評価も、上がるからさっ。
ハハハッ!」
「ンフフ、元気づけられます」
ナルはスターの顔を見る。するとメガネの下が一瞬、見えた。
(一瞬しか見えなかったけれど、紫色?
クォーターとか、かしら?)
そして屋根のある場所まで運ばれる。屋根下の壁に背中を預けた。
「んじゃっ、オレッは食ってくるから。
ゆっくり休んでてねっ」
「はい。ありがとうございました」
力の抜けた感謝の声。何とか笑顔を作って、頭を下げる。
それを聞くと、スターは笑って去っていった。
ナルは全身の力が抜けていく。頭の重さを肩に預けた。
お姫様抱っこされていた時は、暖かさがあった。しかし一瞬で、寒さが心と体を襲う。
体が震え始める。対象的に頭はボンヤリとしてくる。
「…………」
(…………)
ただ強く降る雨。
屋根の下では、強く雨音がする。
ボケーと、ただ雨が降るのを見る。そんな時間が、暫く続いた。




