筋肉セイギ、私ガンバル 1
「ハァッ、ハァッ、ハァッ」
一定間隔で、息遣いが響く。
「ナル様、もう少し。頑張って!」
「ハァッ、ハァッ、ハァッ!」
応援に対して、返事をすることが出来ない。
「あぁ! ナル様だー」
「何やってるの〜?」
そんな貧民街の子供たちの、呼びかけには、手を振って答える。
汗が吹き出し、歯を食いしばっている。そんな辛そうな顔。
声をかけたものが、申し訳無さそうにするほどだ。
今、ナルと職員の二人は、貧民街を走っている。
服装は、動きやすいタンクトップに、七分丈のパンツ、靴は低重量素材を使ったもの。
職員は腰に剣をぶら下げ、同じような動きやすい格好をしている。
貧民街を抜け、下水道局を前にする。
「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」
呼吸は荒々しく、急いで空気を肺に取り込む。
二人は局の敷地へと入った。
ナルは倒れ込むように、芝生へと勢いよく倒れる。
「な! ナル様!?」
「み、水だ! 水を持ってこい!」
門兵も心配して近寄る。
「急に止まらない!
走ったあとに、止まると疲れや筋肉痛に繋がります。ほら立った、立った!」
ナルは肩を叩かれながら立ち上がる。
門兵は「休ませろてあげろよ」と思ったが、「口を出すな」と指示があったので、何も言えない。
「そ、ソイルさん。……厳しい」
叩かれながら、言えた文句。
「駄目です。手は抜きません!
ほら止まらず、歩く歩く」
職員こと、ソイルはナルの背中を押して、無理やり歩かせた。
ソイルは再生場管理課の見廻組の一人。
諸事情により騎士を止めたが、実力は本物。そこで「とある方」からの指示により、ナルの訓練を行っている。
しばらくすると、局からメイドが、瓶とコップを持ってくる。
「ナル様、お飲みください」
歩きながら、飲み物を一気する。
大量の汗を流していた。体は水を大量に欲している。
「ゴフッ!」
するとナルは、飲み物を吹き出した。
「ナル様!?」
門兵たちから驚きの声が上がる。
ナルも驚いたようで、目を見開いて、メイドを見る。
「な、何を、何が??」
疲れていることもあり、言いたい言葉も出てこない。
「ナルちゃん! それを飲み干しなさい!」
すると全員の上から、声がかかった。
全員が声の主を見る。
「ハーレムちゃんの指示よ!
その中には『糖質』『ミネラル』『たんぱく質』が入った、特性ドリンク。
ランニング後に、飲むことで疲れも吹っ飛ぶわ!」
犯人はハーレムちゃんだった。
ちなみにナルたちに、『糖質』や『ミネラル』、『たんぱく質』という言葉を知らない。
「味が凄すぎて、味覚も吹っ飛びましたが」
ナルは、メイドの持つ瓶と、ハーレムちゃんに目線を行き来させる。
「そりゃあそうよ! ミルクにアーモンド、チョコ、ハチミツ、バナナという豪華絢爛の食品を、混ぜた特性ドリンクだからね!」
「いや、その。甘すぎなんですが」
「え?」
「ええ」
ハーレムちゃんは、固まってしまう。
「精霊様、やはりチョコとハチミツを入れすぎたのでは? 味見もしませんでしたし」
メイドから意見が出る。
「ええ!? そんな馬鹿な」
ハーレムちゃんや門兵、ソイルも、ドリンクを掬い、舐めてみた。
「ええ? そんなに甘いかーー」
ハーレムちゃんが、そう言いかけた瞬間。
「うおっ、あーめ」
「んん、んん無理」
「甘っ!?」
それぞれに苦い顔で感想を述べる。
「ええ? そんなにかしら?」
「精霊様。これはヤバい」
「何と言うか、……拒否反応が」
困惑だった。
(そんな? 確かに甘めに作ったけれど。
もしかして下界では、糖分が貴重だから? 多量摂取で拒否反応? そんな馬鹿な。
いや、でも栄養分はたっぷりのはず!)
「いいから、ナルちゃんは、全部飲み干すこと!
ソイルちゃんは、打ち込みの準備」
ナルは苦い顔で、「……はい」と。
ソイルは「了解っす」と、小走りで剣を取りに行く。
ナルとハーレムちゃんとの関係、目的である「ハーレムを作る」ことは、レーグラント家で周知された。
シルティアは、渋っていたが、ハーレムちゃんの説得に納得したようだ。
そして約大月(一ヶ月)が経過。
ナルは、その間『令嬢科』を休んでいる。
そして日々、筋肉トレーニングから、ランニング、剣の打ち込みを行っている。
最初の頃は、腹筋から腕立て伏せを行うだけで、へこたれる。一○○メートルを走るだけで過呼吸。
それも当然、令嬢であり筋肉など必要なかったのだから。下水道局でも、当然、体力消耗や筋肉疲労も無い。
だが大月も経過すれば、筋肉もつき、三○分程度のランニングであれば、問題ない。そして剣を振ることも、様になってきた。
夕方頃。
「では以上で終わります。お疲れさまでした」
ソイルの挨拶で訓練は終了した。
「は、はい。……ぁりがと、ぅ……ござぃ、ました」
ナルはボロボロで、息が上がっている。手は豆が潰れ出血。体中に擦り傷。服は関節部が破れている。
そして体力が尽きたようで、芝生に倒れる。
芝生の柔らかさと、夕方時の少し冷えた風を感じる。
するとレノが二人の執事を引き連れて来た。
「担架を」
執事たちは、布と二本の棒で作られた担架を地面に置く。そして慣れた手付きで、ナルを乗せ、屋敷へと運んだ。
「「エイサ、ホイサ」」
そしてナルは屋敷の、風呂場へと連れて行かれる。メイドたちは、動けないナルに代わり、服を脱がすことから、洗うまで全て行う。
メイドたちは、普段、自身で全てをやってしまう、ナルに対して、唇を噛んでいる。それもあって、今の彼女たちは、良い笑顔だった。
「本当の仕事が出来ている」と嬉しいのだ。
周りから見れば、「ヘトヘトで動かない令嬢」と「満足そうな笑みで働くメイド」という構図は『変』だった。
彼女らの活躍は続き、ナルは一切動くことなく、食堂へと連れて行かれた。
更には「食事介助もしましょう!」と盛り上がっていたが、「さ、流石に」と却下された。




