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骸の勇者(仮)  作者: 灯蘭
1/1

 1.本番



 「はい、終わり。みんな、お疲れ様」




リハーサルを終えて、最終調整が済んだところで、歓声が上がった。

明日の文化祭で、二年四組は演劇を披露することになっており、ここひと月の間、毎日放課後は練習で、四組一同多忙を極めていた。

獅戸奏多も、大道具係として毎日汗水を垂らしてきたのだ。セリフも役も何もないけれど、自らが作った道具が演者の演技を引き立てているところを目の当たりにして、少し感極まっていた。




「いよいよ明日が本番ね。みんな、頑張ろうね」




監督がそういうと、クラスメイト達は「そうね」、「がんばろう」などと言いながら帰り支度を始めた。

監督を務めあげたのは、島田美沙という女の子で、これが大の映画好きであった。脚本も、ほとんど彼女が書き出したものを、クラスで決めた脚本係の数名が手直しをして完成させたものであり、この演劇制作の立役者だ。島田はもともとおとなしい性格にみえるとクラスメイトからは思われており、実際休み時間も読書をしたり、数人の友人と控えめに談笑したりする姿が印象的だった。

 


ところが、学級会で文化祭の演劇をやることになり、しかし誰も勝手がわからず作業が滞っていたときに、突然級長に脚本を叩きつけたのである。これにはクラスの誰もが驚いた。

そして、脚本を読み二度驚くことになる。



 級長の長田はとても柔軟で豪快な思考の持ち主であった。そして、人当たりも良いためクラスメイトから慕われている。そんな彼は、すぐさま島田を監督に任命した。島田は脚本を与えるだけで裏方に撤退しようと考えていたようだが、長田に言いくるめられしぶしぶ了承したようだった。クラスメイトも、その様子を不安げに見ていたが、これも長田から「みんなで協力しよう」という旨の鼓舞があり、その雰囲気に染めれ、誰も文句を言うことはなかった。

 


獅戸奏多は、島田が中心になって動くなど不可能だと内心見くびっていたが、島田の演劇への熱は恐ろしかった。演技への指導をするとき、裏方に何か要求を述べるとき、とにかく劇に関わるすべてとき、人が変わったように明瞭に指示を出す。しかし、もともと柔らかい性格であるから、言い方が嫌味になることは決してなく、誰もがおとなしく彼女のいうことを聞いた。加えて、獅戸奏多が驚いたのは、彼女の演技指導である。島田は、度々目線の飛ばし方、所作の見え方を意識するよう演者に伝えていたのだが、理解を得るためにビフォーアフターを自らやって見せたり、具体的な映画名を述べてその中の誰々の演技を参考にすると良いなど言っていた。もちろんそれらすべてを演者がこなせたとは完成系を見ても思えなかったが、島田の知識を知るには十分だったし、彼女の才能を理解することでよりクラスの一体感が強まった感じはしていた。一人の大きな指導者という存在は、二年四組の成長に大いに貢献したのである。


 

獅戸奏多は、いつも通りそんな島田の後ろをついて歩いていた。

彼女の存在は二年四組になるまで知らなかったが、どうやら獅戸と近いところに住んでいるらしく、同じ電車に乗り、同じ駅で降りる。いつもは、お互いに存在を認識しつつもけっして関りを持つことはなかったが、今日は島田が振り返って話しかけてきた。

 「獅戸君が作った道具、あれすごくリアルだった」



横に並んで、獅戸奏多が作った道具たちを褒めちぎる島田は、本番を明日に控え興奮しているように見えた。

普段のおとなしい印象のほうが強いから、少し圧倒されつつも「ありがとう」と照れ笑いする。

その後も、二年四組の演劇について島田が隣で語るのを聞きつつ、二人で電車が来るのを待った。獅戸たちの通う南高校は、建物がひしめき合う都会にひっそりと建っているから、必然駅にはまあまあの人がいた。獅戸たちは列の先頭だ。



「それでね、私一つだけ気になることがあるの」


先ほどまでの高ぶった様子とは一変して、改まって言った。


「え?なに?」


獅戸は、かるく彼女の熱弁にうんざりしていたところだったから、ちょうど良いとばかりに遠くにやっていた視線を彼女に向けた。


ちょうど、大きなアラーム音とアナウンスが鳴り響く。




「獅戸君って、―――だよね?」




ホームに入ってくる電車の音、獅戸奏多を突き落とす島田、悲鳴、呆然とする俺、警笛、電車にひきつぶされる獅戸、顔を背ける人々。


獅戸奏多は、島田美沙にホームから突き落とされ、電車と衝突し死んだ。








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