第689話「私も宴の場に合った出で立ちに、という気遣いくらいは出来る」
……翌日、リオネル一行は地下121階層から149階層で探索を行った。
この4人は最強レベルクラン、これまで同様ドラゴン、巨人族に対し、
無双しながら進んだ。
そしてドラゴンの死骸、宝箱の中身の回収は勿論、
イェレミアスが希望していた他の資材、
木材、果実、そして鉱脈のある場所における宝石、
また川では金塊、砂金の回収も行ったのである。
宝石、金塊、砂金の回収に関してはティエラの協力が特に大きかった。
そう地の最上級精霊の肩書は伊達ではない。
鉱石を探り当てる能力がずば抜けているのだ。
植物が生い茂った土中、切り立った絶壁の途中など……
ピンポイントで、あっさりと宝石の鉱脈を見つける。
また「ここよ」と言う川べりで作業すれば、金塊、砂金がざっくざく。
地の加護を受けたリオネルも多少の『勘』が働くが、
本家本元たるティエラの卓越した能力とは比べ物にならない。
しかし、リオネルも『転んでもただは起きぬ』
これも修行の一環と、ティエラが探索する様子をじっと観察。
自身の経験値をしっかりと上げていた。
そんなこんなで、昨日に続き、
今回の収穫物も全てイェレミアスが受け取る事となったが……
『本日の収穫物は宝箱とその中身のみ受け取り、後はイエーラの国費に回します』
と、はっきり宣言した為、莫大な国費がイエーラへ入る事となり、
ティエラの不興を買う事もなかった。
また……
昨日の収穫物に関しても、あれだけ宝箱の中身ゲットにこだわったのは、
あこがれだけでなく、他にも理由があるとリオネルは見ていた。
それはおいおい判明するだろうから、ここでリオネルは追及しない。
ちなみに念の為、補足すると……これらの『採集行為』は全く問題はナッシング。
フォルミーカ迷宮内の探索で得たものは、
巨大なドラゴンの死骸にしろ、レアな魔道具、高価格の宝石、
高純度の金塊にしろ、新鮮な果実にしろ、
全てをその発見者が得られると、アクィラ王国の法律で決められていた。
その為、一獲千金を夢見る冒険者達、レアなお宝を得ようとする観光客達が、
フォルミーカ迷宮へ殺到し、結果フォルミーカの街が潤い、
最終的にはアクィラ王国へ莫大な税収が入るという図式。
それゆえ、もし地上において、魔物の討伐はさておき、
無許可で同じような採集を行えば、土地の所有者から無断で持ち去る、
『窃盗』になるのは言うまでもない。
と、いう事でこの日も無事終了。
いつもの通り、4人全員で協力し、夕飯の支度。
とはいえ、リオネルの料理レパートリーは数百以上。
ひとつの料理でもいくつかのアレンジを行っている。
それゆえメニューは毎日変わり、飽きるという事がない。
さてさて!
リオネルは少し気になっていたが、ティエラが先ほどから、しかめっ面である。
何か、懸念する事があるのだろうか?
つらつら考えていたリオネルへ向かい、公開念話でティエラが言う。
『あのさ、リオ』
『はい、何でしょう、ティエラ様』
『ちょっと、困った事があるのよ』
『困った事ですか?』
『うん、少し前に私のお父様がさ、リオに直接会いたいって話していたのよ』
『え? 俺に? アマイモン様が直接お会いしたい? そうなんですか?』
『うん、娘の私に任せっきりで、何をしているのか、4界王の中でリオと会ってないのは地界王だけって、いかがなものかと、散々言われちゃったらしくて』
『そうなんですか?』
『うん、それだけだったらまだ良いんだけど、困ったというのはさ、今、お父様から念話連絡があって、思い立ったから、これからここへ来るって。差し入れ持って友達とふたりでね』
『え? ここへこれからですか? アマイモン様がお友達とおふたりで』
『ええ、いきなりで、ごめんなさいね』
ティエラの『懸念』はそういう事だったのか。
大した事ではないと、リオネルは思い、
『いえいえ、アマイモン様にお会いするのは構いません。むしろ早くお会いしたいと俺が思っていたくらいです。それと確かに急ですけど、ちょうど食事の支度をしている最中です。食材はたっぷりあるので量は勿論、凝ったものでなければメニューも簡単に増やせます』
『そ、そう?』
『はい、だから俺は全然OKです。但し、イェレミアスさんとアリスティド様には、アマイモン様達来訪の了解は取りますが』
『わお! ありがと! リオ、助かる! 融通が利くわ! ほんと大好きっ!』
『はい……という事で、イェレミアスさん、アリスティド様、アマイモン様ともうおひとりの方を宴に入れて構いませんか?』
公開念話で、リオネルとティエラの会話を聞いていたイェレミアスとアリスティド。
イェレミアスは精霊を敬うアールヴ族だし、
アリスティドは以前弟子入りしたアマイモンを始め、
いずれは4界王に邂逅したいと切に願っていた。
ふたりとも、『全く異存はない』と快諾してくれたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リオネル達が話してから、ほんの10分後……
とんでもなく大きな『ふたつ』の気配が古代都市居住区を覆う。
ごごごごごと、地鳴りのような音と振動があり、どうん!と重い振動と、
ぼん!という白煙が沸き上がった。
やがて……
もうもうとしたその白煙――異界門の中から現れたのは……
身長2mを超え、褐色の肌をした、幅広の肩を持つ偉丈夫。
カーキ色の革鎧をまとったガチムチな筋骨隆々ボディ、
腕はむきむき、太ももは丸太のよう。
太い首に乗った小さな顔。
こざっぱりした栗色の短髪、大きな目と太い眉を備えた濃い顔立ちは、
すっと鼻筋が通り端麗、柔らかな笑みを浮かべている。
人間族でいえば、偉丈夫は40代半ばに見える。
面影が少しだけ、ティエラに似ている気がしないでもない。
偉丈夫はひときわ大きな酒樽を両脇にひとつずつ軽々と抱えていた。
これが『差し入れ』なのだろう。
『あら、お父様! もういらしたの?』
『おお、アマイモン様!!』
ティエラ、アリスティドの言葉で分かった。
この偉丈夫こそが、高貴なる4界王のひとり地界王アマイモン。
地界王アマイモンは、ノーム、ノーミードを始め、全ての地の精霊を統括する。
大地を体現したような肉体を持つ、逞しい男性の姿をした精霊であり、
地脈や植物の繁茂を支配する大地の王なのだ。
『おう! ティ―! 思い立ったが吉日と言うだろう』
『まあ、そろそろリオに会う頃合いかもね』
とアマイモン、ティエラ父娘が会話した瞬間!
どこからか、荘厳なオーケストラの演奏が、高らかに大音量で鳴り響いて来る。
鳴り響く演奏は、誰もが心を打ち震わせる、重く厳めしい響きだ。
これは……ある最上級精霊、
世界の根幹を支える高貴なる4界王のひとりが現れる前兆、
『見えない楽団』の演奏である。
やがて突如、魔法文字が刻まれた異界門が空間に現れ、ゆっくりと開いて行く。
そして開いた異界門からは、偉丈夫アマイモンと対象的な、
一見、人間族と思しき優男が、ひとり現れた。
柔和な笑みを浮かべた優男は、色とりどりで豪奢な、
まるで王族が着るような凝った趣きの衣装に全身を包んでいる。
また優男の顔立ちは、整いすぎるほど端正であった。
金髪碧眼で、鼻筋が、「すっ」と通っており、口は小さい。
人間族でいえば、優男は30代後半に見える。
『パイモン様! ようこそ!』
『ようこそ、いらっしゃいました、パイモン様』
ティエラとリオネルの言葉で、
地界王アマイモンと一緒に来た『友達』が誰なのか、分かった。
リオネルもたった一度だが、会った事がある。
そう!
現れた優男は高貴なる4界王のひとり、火界王パイモン。
遥かなる高き天、豊かなる大地をも焼き尽くすマグマの化身、
火は破壊と再生の象徴……
人間にとっては、生活の必需品にも、そして武器にもなる『火』を、
支配するのが火界王パイモンなのだ。
炎に包まれた『とかげ』の姿をした火の精霊サラマンダーを始めとする、
火の一族を統括するのも、長たる火界王パイモンである。
そんなパイモンを見て、アマイモンは苦笑い。
『ふん! 相変わらず登場も、服装も派手な奴だ』
対してパイモンも、
『ふっ、派手で結構。お前のように武骨で地味よりは全然マシだ』
と言い切り、更に、
『私も宴の場に合った出で立ちに、という気遣いくらいは出来る』
とも言い、パチン!と指を鳴らす。
するとすると!
パイモンは落ち着いた淡紅色地のチュニックに、
背に真っ赤な炎の紋章が描かれた薄い橙色地のサーコートをまとう姿となった。
そして、再びパチン!と指を鳴らすと、テーブルの上には、
湯気が立つ串焼き、焼き魚の大皿が合わせて10皿ほど並んだ。
『差し入れだ。宴の足しとするが良い』
一方、慌てたアマイモンも、持っていた大酒樽をどん!どん!と置き、
『おお! 俺からも差し入れだ! 豊饒な大地の恵みをたっぷり受けた、世界で一番最高級の赤ワインと白ワインだぞ!』
と、にっこり笑いつつ、言い放ったのである。
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