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第677話「今回の迷宮滞在は12日間の予定だが、ふたりがやる事はたくさんある」

フォルミーカ市場の露店で出されていたアクィラ王国料理を、

イェレミアスは大いに気に入ったようで、

リオネルとシェアした自分の分を全て完食し、満腹となってしまった。


エールとワインでほろ酔いとなったイェレミアスは、ひどく上機嫌であり、


「ははは、参った。普段は極めて小食なのに、私の胃袋はどうなってしまったのか?」


と苦笑いする。


まあ、それも旅先の高揚気分だからかもしれないが。


さてさて! 昼食後、運動がてらという事もあり、

リオネルとイェレミアスは再び観光&買い物を再開した。


観光は、ヒルデガルドが感嘆したという博物館、美術館を見学。


町長のグレーゲル・ブラードは、「偉大なるフォルミーカの沽券にかかわる」と、

ひどく見栄を張り、 相当な大金をかけ仕様と展示品に凝っていたから、

両方とも結構なグレードを誇っている。


リオネルとの付き合いで人間族に対する見方を根本から変えたイェレミアスが、

素晴らしい展示品の数々を見て、「ヒルデガルドの言う通りだったな」

と感嘆したのは言うまでもない。


買い物は今度は完全に公社販売用のサンプル商品を購入して行く。

家具に調度品、装身具、ジュエリー、趣味の品物等々……

リオネルが言った通り、試験販売して反響次第で次をどうするか決めるつもりだ。


また冒険者ギルドへも赴き、各講義だけではなく、

基礎学習のテキストも大量に買い込む。

リオネルから、そろそろフェフに学校創立の用意をという意見が出て、

イェレミアスとヒルデガルドも大賛成していたからである。


そんなこんなで、半分以上は仕事でもあったのだが、

『息抜き』も存分に出来たリオネルとイェレミアス。


夕方遅く、山猫亭へ戻り、部屋でもろもろの準備をし、

いつものように遅い夕食を摂った後、ブレンダとの雇用契約の締結交渉を行う。


提示する契約書は、魔道具店クピディタースオーナー店主、

ボトヴィッド・エウレニウスと締結したものを雛形とし、やりとりをする事に。


金銭や条件の具体的な話をするので、宿泊客が全員部屋へ引っ込み、

気配が完全になくなったのを確かめてから話し合いはスタートした。


説明するのはリオネルである。


「ダニエラさん、ブレンダさんへ改めてご説明しますと、ブレンダさんの勤務場所はイエーラとアクィラ王国国境沿いの特別地区に建設したホテル。仕事はホテルのスタッフとなるアールヴ族公社職員達へ指導するおもてなしインストラクターを担って頂きます。ブレンダさん、宜しいでしょうか?」


「は、はい! わ、私は! お、おもてなしインストラクターをやるのですねっ!」


「ええ、それでおもてなしインストラクターの具体的な仕事内容は、イエーラ公社職員へ、宿泊業務全般の指導を行い、ブレンダさんご自身で彼ら彼女達へ実践の手本を示す事です」


「宿泊業務全般の指導と、私が実践の手本を示す……分かりました!」


「念の為、宿泊業務全般とは、普段、山猫亭で行っている業務です。それらを公社職員達へ教えて頂き、実際に行って頂ければ宜しいと思います」


「は、はい! 普段の仕事ならば、イエーラでもやれると思います!」


「もしも不明の部分、足りない部分が出てくれば、どう対処するのか、一緒に対策を考えましょう。またホテルの規模、公社職員の人数を考えると、ブレンダさん以外の人材を確保し、おもてなしインストラクターを増員する可能性もあります」


「はいっ! 私以外にもどなたかにお願いする可能性があるのですね」


「はい、それと実際にどう指導し、実践を示して頂くかは、現地のホテルの構造を見て頂き、公社職員達ともコミュニケーションを取って頂いた上で、相談という事にしましょうか。現時点で何かご質問があれば、何でも受け付けます」


「分かりました。何か疑問点があればすぐ、リオネルさんへお聞きします」


「了解です。そして、こちらからブレンダさんへ、お支払いする報酬は手取りで月額金貨300枚(300万円)、それ以外に住居費、食費等の生活費もこちら持ち。必要がある場合は別途の手当てもお支払いします」


「えええ!!?? き、き、金貨300枚!!?? せ、せ、生活費に!!?? て、て、手当ても!!?? そ、そ、そ、そんなにぃぃぃ!!??」


破格どころではない金額提示にブレンダが大驚愕で絶句状態なのも無理はない。


そもそもブレンダは山猫亭身内の従業員という事もあり、

母ダニエラから給与として月額金貨30枚を貰っていた。


それでもフォルミーカの一般的な仕事に比べれば、結構な金額だと感じていたから、

提示された月額金貨300枚は一気に10倍、……とんでもない金額なのである。


一方、リオネルは淡々と話を続ける。


「まあまあ、ブレンダさん落ち着いて、大声を出さないように。そして勤務期間は、とりあえず1か月以上で延長の可能性があります。また何か問題があれば俺がしっかりとフォローします。ちなみにブレンダさん不在の間の山猫亭への人件費補償は、月額金貨200枚(200万円)です。こちらはダニエラさんへ1か月分前払いします」


リオネルの話を聞き、傍らで聞いていたダニエラが驚く。


「えええ!!?? わ、私へ金貨200枚を前払いっ!!?? あ、ああ! ごめんなさい! ……大声を出してしまって」


ブレンダ不在の間は親戚に声をかけると言っていたが、

充分すぎるどころか、こちらも桁違いの補償金額である。


「いえいえ、ダニエラさんの手間賃込みのそのお金で、お手伝いされる親戚の方へ、給金を払ってあげてください」


リオネルは笑顔で、そう告げた。


最後にイエーラへの交通手段と安全についての説明である。

ちなみに決定した内容は、リオネルとイェレミアスが相談した結果である。


独り者のボトヴィッドに比べ、ダニエラとブレンダは親戚も含め、

友人、知り合いも多い。

はなから信用しないわけではないが、ここで秘密を明かし、

万が一とか、うっかりとか、行き違い等で、転移魔法の噂が広まったらまずい。


熟考の結果、とりあえずは、リオネルとヒルデガルドが、

ワレバッドからフェフ帰還の時に使った方法を取る事に。


……後ほど、『真実』をブレンダのみへ伝えるつもりだ。


「おふたりが気になるであろう移動する手立てですが、フォルミーカからイエーラまで、約5,000㎞の旅路を召喚した俺の従士がけん引する魔獣車で行きます。馬車より遥かに速いし、道中の護衛も兼ねて安全です。ちなみに魔獣車は普段、収納魔法で仕舞っていて、いつでも出せますよ」


……というわけで、話はあっさりとまとまり、

雇用契約書をじっくりと見直し、再確認をしてから、ブレンダはサインした。


リオネルとイェレミアスは、明日からフォルミーカ迷宮の探索に赴く事、

2週間後までには山猫亭へ戻り、3週間後にはイエーラへ出発予定だと告げ、

交渉は終了。


ちなみに山猫亭の宿泊費は前払い済みの1週間分に追加の2週間分が、

更に前払いで支払われる事となり、

「不在の間は受け取れません」というダニエラとブレンダへ、無理やり渡された。


こうして……部屋へ戻ったリオネルとイェレミアスは、

明日からの迷宮探索の為の準備を行い、すぐ就寝したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


翌朝……

リオネルとイェレミアスは、朝食を摂り、ダニエラとブレンダに見送られ出発。


迷宮入り口前において、リオネルは自分の所属登録証を提示し、

イェレミアスが仲間だと告げ、普通にフォルミーカ迷宮へ入る事にした。


正々堂々と入る事で、後ろめたい事はない事、

そして、ふたりの所在をはっきり報せておく為でもある。


アクィラ王国救国の英雄でドラゴンスレイヤー、

レジェンドたるランクSの所属登録証を見た迷宮の門番達は、

リオネルに対し畏怖の気配を発しつつ、全員が直立不動で敬礼した。


その中をリオネルとイェレミアスは会釈をしながら、ゆったりと進み……

まずは徒歩でどんどん下層へと降りて行く。


リオネルは、シーフ職スキルを駆使し、

『隠形』『忍び足』で、すっ、すっ、すっ、と空気の如く進む。


そんなリオネルの歩みを見たイェレミアスは、


『リオネル様』


『はい』


『リオネル様の気配消し、足運び、見事なものです』


『いえいえ、まだまだ物足りません。もっともっと極めたいです』


『おお、そうですか』


『はい、シーフ職スキルは、冒険者には有意義なスキルです。特に『隠形』『忍び足』は、このような危険の多い場所、敵が居る場所等々の移動や待機状態において、リスクの大幅な軽減となりますから』


『ふむ、リオネル様のおっしゃる通りですな。シーフ職スキルには全く無縁の私ですが、罠解除、開錠スキルはともかく、気配を消すそれらの術を、ぜひ身につけたいものです』


『ええ、その意気込みは良いと思います。確約は出来ませんし、私見ですが、イェレミアスさんならば、基礎からやっても習得は可能ではないでしょうか。まずはレッツトライ、そしてトライアルアンドエラーあるのみです』


『成る程。まずはレッツトライ、そしてトライアルアンドエラーあるのみですか。魔法、スキル、体術など全てがそうですが、ただ口で言うだけでは習得は出来ませんからなあ』


『です!』


道中、会話を交わすふたりだが、当然念話でやりとりしている。


ふたりはまず、古代都市の住居フロアへの無事な到着を優先。

出来る限り、魔物をスルーし、スムーズな移動を心掛ける。


また、安全確保の為、索敵を張り巡らすリオネルが、

『威圧のスキル』も発動しているから、

上層の低レベルの魔物は皆ふたりを襲う事なく、避けるどころか逃げていた。


そんなこんなで、ふたりは地下50階層へ達し、周囲に人影がなくなったところで、

リオネルは転移魔法を発動。


まずは表向きの最下層150階層へ到着。


そこからストーンサークルの転移装置を使い、

古代都市の住居フロアへ移動したのである。


これには、理由があった。

いきなり古代都市へ直接転移すると、

防衛システムが働き、イェレミアスが守備を命じた、

戦闘タイプの人間型ゴーレムたちが迎撃する恐れがある為だ。


ストーンサークルの転移装置から正当な手順で古代都市を訪れた形にすれば、

防衛システムが敵反応しない事を、事前にイェレミアスより知らされたからである。


その結果は推して知るべし。


やはりというか、防衛システムは作動せず、ゴーレム達は攻撃して来なかった。

(あるじ)であるイェレミアスを魔力波動で認識し、

その仲間であるリオネルも同じく記憶された魔力波動で味方だと認識したのである。


『イェレミアスさん』


『うむ、何でしょうか、リオネル様』


『ええ、この防衛システム、結構良いと思います。イエーラでも採用出来そうですね』


『確かにそうですな。ただ私はゴーレム達がそういう特性を持つという知識のみで、古代都市のシステム同様、修復と使う事で精一杯。残念ながら、彼らをいちからどう造るのかというレベルまで届いてはいません』


『あはは、人間族の俺よりも時間がたっぷりあるイェレミアスさんが何を弱気な。先ほどやりとりしたシーフ職スキルもそうですが、これから学び研究を重ね、習得して、実践すれば良いんですよ』


リオネルが笑顔でしれっと言えば、イェレミアスは気圧されながら納得。


『あ、ああ、……確かにそうです! 諦めたらそこで終わり、人生、一生勉強ですな!』


『です!』


……という事で、リオネルとイェレミアスは以前過ごしていた、

それぞれの旧宅へ行き、ひと休憩。


今回の迷宮滞在は12日間の予定だが、ふたりがやる事はたくさんある。


この古代都市の研究を行い、知識を得て、実践する事は共通事項なのだが……


リオネルはゴーレムを始めとした配下を増やし、

出来れば新規の魔物を、自分の配下として参入させる事に挑戦する予定。

そして資金稼ぎの為、ドラゴンどもを倒し、価値あるその死骸をゲットする。


一方、イェレミアスは愛着ある古代都市のメンテナンスを行うとともに、

迷宮内で生み出される様々な資源を採取し、

少しでも多くイエーラへ持ち帰る事を目標としている。

また、冒険者らしく『レアもの』が入った宝箱をゲットしたいとも笑う。


但し、安全第一の為、古代都市から迷宮内へ出る場合は、

決して単独行動はせず、一緒に行動する事を約束した。


『イェレミアスさん、初日なので俺も古代都市の各所を確認し、メンテナンスをする事を手伝います。その後で俺が晩飯を作りますね。飯の後は一緒に明日の探索の打合せをしましょうか』


『ははは、リオネル様、了解ですぞ』


……こうして、久々となるリオネルとイェレミアスのフォルミーカ迷宮の初日は、

順調に予定を消化したのである。

いつもご愛読頂きありがとうございます。


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