第676話「了解です! では俺が一報を入れますから、よければ料理の好みを念話で教えてください」
翌朝4時……
リオネルは山猫亭の荷車を曳き、ブレンダと一緒に出かけた。
彼女が担う市場の早朝買い出しに同行し、『昨夜の件』をじっくり話す為である。
出掛けに、ブレンダの母ダニエラへは、
「とりあえずヒルデガルドの確認と了解を取ったので、ブレンダを採用出来そうだ」
と伝えた。
朗報を聞いたダニエラは「ありがとうございます! ありがとうございます!」
と何度も頭を下げて大喜びした後に、ハッと我に返り、大いに驚く。
「ええええ!!?? ま、まさか昨夜中に!!??」
「連絡方法はどうやったのですか!!??」と根掘り葉掘り尋ねられたが、
「はい、魔法でヒルデガルドさんと直接やりとりしました」
とリオネルはシンプルかつ曖昧に答えている。
昨夜のうちに話がついてびっくりしたのは、
一緒に聞いたブレンダも同じであったが、
ヒルデガルドが雇用を快諾し、「ぜひ会いたい」と言っていたと、
リオネルから改めて聞き、素直に喜んだ。
「えええ!? リオネルさん! ヒルデガルドさんが!? わ、私と! 会いたいとおっしゃっていたのですかっ!? ほ、本当にぃ!?」
「はい、本当です、ブレンダさん」
「ゆ、夢ではないのですね?」
「はい、夢じゃありません。俺とイェレミアスさんが、ブレンダさんの優秀なスキルと誠実な人柄を認めていると伝えたら、ならば、全く問題はないと」
「ですか!」
「はい、条件面を詰め、正式に雇用契約を結び、イエーラへお連れしてくださいと、ヒルデガルドさんから言われました」
「わ、分かりました! 私、ご期待に沿えるよう一生懸命頑張ります!」
「ええ、こちらも出来る限りフォローしますので、何卒宜しくお願い致します」
「ありがとうございます。でもイエーラはアクィラ王国と国境を接しているとはいえ、このフォルミーカから遥か遠方にある国です。どれくらいかかるのか……調べた事がありますけれど、確か約5,000㎞ですね」
「はい、その通りです」
「5,000㎞かあ……フォルミーカで生まれ育ち、町を出た事のない私には想像もつきませんが、結構な長旅になりそうですね」
「はい、尤もな事で、ブレンダさんの不安は理解出来ます。その点も含め、今夜、山猫亭で打合せをし、正式な雇用契約を交わしましょう」
「は、はい! 分かりました! 本当に宜しくお願い致します!」
そんな会話を交わしつつ、リオネルとブレンダはフォルミーカの市場へ。
山猫亭に必要な買い物を済ませ、荷車に積んだ後、
リオネルはついでにと、自分の買い物を行う。
明日以降のフォルミーカ迷宮を探索する際に使う分と、
いつもやっている予備分の食料購入であり、生肉、鮮魚、生野菜、保存食たる干し肉、干し魚、乾燥野菜、漬け物、香辛料、飲料水、酒、それ以外の飲料などを、
樽や箱単位でたっぷりと買い込み、収納の腕輪へと放り込んでおく。
また買い物をしながらフォルミーカ市場の視察もする。
発展途上であるフェフの市場と対比し、
改善点や新たに取り入れられるものがないかと考えるのだ。
……そんなこんなで買い物を終わらせ、
リオネルとブレンダは帰路につき山猫亭へ戻る。
部屋に居るイェレミアスも起きているのが分かったので、
買い出して来た食料の収納、朝食の支度等、宿の仕事を手伝いながら念話で、
ヒルデガルドとのやりとりを報告。
改めて、今夜の夕飯時に詳しい打合せを行なうと、
ダニエラ、ブレンダ母娘へも告げ……
……食後には、リオネルはイェレミアスとともに再び外出したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……という事で、リオネルとイェレミアスはフォルミーカの町へ繰り出した。
ふたりの出で立ちはフォルミーカの町へ自然に溶け込むよう、
人間族仕様の革兜に革鎧で、どこもにでも居るような趣きの冒険者風である。
またヒルデガルドに倣い、革兜を被るのは、
孫娘のアドバイスを素直に聞き入れたイェレミアスが、アールヴ族特有の耳を隠し、
要らぬ注目を避ける為である。
さてさて!
本日の主な目的はイェレミアスのフォルミーカ観光なのだが、
ついでにやるべき事もたくさんあった。
リオネルが朝一番に市場で行ったように、
迷宮探索準備における買い出しを行うのだ。
これはリーベルタース同様、
公社の為の販売商品の研究用及び仕入れを兼ねたものである。
市場で取り扱う以外の食料品、飲料購入を始めとして、
探索に必要な武器防具、キャンプ用品、魔道具、魔法ポーション、薬草、
調理用具、食器、生活雑貨、消耗品などなど……を大量に購入した。
収納の腕輪を持つリオネルならではの『買いっぷり』である。
そして、この買い出しにはイェレミアスも参加した。
リオネル以上にフォルミーカ迷宮を知り尽くしたイェレミアスは、
笑顔で「探索にはどのようなアイテムが必要か」的確なアドバイスをしたのである。
……40年前故国イエーラを出て冒険者となったイェレミアスは、
生まれて以来、それまでお付きの者が行っていた買い物を自分でやるようになり、
買い物の楽しさと注意する事を知った。
買い物は、世間の経済状況を知る事が出来る事、
そして自分で好きなものを好きなだけ買える半面、
過度な買い物は自身へ害を及ぼす事があると。
更にイェレミアスは、公社運営にも携わっているから、
仕入れ用商品のチェックにおいて、前向きな姿勢を見せている。
『リオネル様、この商品は現在、公社で取り扱っていませんが、私が見るに、とてもアールヴ族向けですぞ。仕入れればイエーラ中で売れそうで、間違いなく利益を出せると思いますが』
『はい、良さそうな商品ですね! 但し、まずは少なく仕入れてフェフの店舗で実験的に販売し、売れ行きを見極めましょう』
『まずは、少なく仕入れると?』
『はい、その上で、大量仕入れして、各地で販売しても採算が取れるのかとか、方法とコスト的にイエーラでの生産は可能なのかとか、自国生産が可能としても輸入品とどちらが売れて効率が良いのか、などなど、いろいろ研究と確認を重ね、随時シミュレーションした上で、進めましょうか』
『な、成る程! そういう長い段取りが必要なのですな!』
『はい! イェレミアスさんの直感は重視しますが、データ的な裏付けは必須ですし、いたずらに損を出したくはありませんからね。商品の発見から、公社の正式な販売商品にするまでには、結構手間がかかりますよ』
『はははは、確かに! だがその手間が却って面白いですな』
『です!』
そんな会話を、念話でやりとりするリオネルとイェレミアス。
ちなみに、フォルミーカの町では、
冒険者ギルドとカード提携した商会、商店が大半。
購入した商品の代金は、一旦、立て替えられた。
手間を省く為、手持ちの現金を使わず、
振り込まれた報奨金や討伐料がインプットされた、
リオネルの所属登録証での買い物をしたから。
当然、公社用の商品とイェレミアス私物の買い物は後でしっかり分け、
精算する事になっている。
そんなこんなで、フォルミーカの観光をしながら買い物を行い……
あっという間に『お昼』となった。
『リオネル様』
『はい』
『ひとつお願いをしても構いませんか?』
『ええ、まずはお聞きしましょう。何でしょうか?』
『うむ、ヒルデガルドから、気軽に食事が出来て、その上美味しいという、ワレバッドやリーベルタース市場にある露店の話を聞きましてな』
『成る程』
『とても興味が湧いたのですが、自国のフェフの市場では私はさすがに目立ってしまうので、行く事が出来ません。ですから、このフォルミーカの市場の露店へ連れて行ってはくれませんかな?』
『はい、お安い御用ですよ』
『おお、ありがたい! 料理のチョイスは、リオネル様にお任せしますぞ』
『了解です! では俺がその都度一報を入れますから、よければ料理の好みを念話で教えてください』
こうして……リオネルとイェレミアスは市場の露店へ。
露店共同の席をイェレミアスに確保して貰い、リオネルは露店巡り。
随時、念話連絡で確認を取りながら……
代表的なアクィラ王国料理であるミートボール、
レバーソースがかかったチーズオムレツ、サーモンのムニエル、干しタラの煮込み、ポテトサラダ、そしてエール、ワインなどを購入。
イェレミアスが待つテーブル席へ、次々と運んだのである。
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