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第673話「もうこの機会を逃すわけにはいきません!!」

夕食の準備が終わり……

リオネルとイェレミアス、ダニエラ、ブレンダの母娘は、

ボトヴィッドの時同様、再会を祝し、乾杯した。


午後9時を過ぎ、他の一般客が部屋で過ごしているとはいえ、

先ほどのクピディタースの店内よりは出入り自由でオープンな場所。


リオネルの行使する索敵で盗み聞き防止の対策はばっちり取られているが、

現時点で、何でもかんでも大っぴらに話すわけにはいかない。


と、いう事で……

イエーラを発展させる為、冒険者のリオネルが、

元ソウェルのイェレミアスと契約した事。

その契約に基づき、現ソウェルのヒルデガルドに協力し、

魔物退治を始め、様々な事をしてイエーラへ貢献している事。

イエーラが鎖国を一部解除し、特別地区を建設。

アクィラ王国との交易を開始したいと準備している事。

その際、今回のドラゴン討伐も引き受け、完遂した事など……


リオネルとイェレミアスが話す内容は、

基本的にアクィラ王国の国民達が認識している事に準じていた。


話の中でも、ダニエラ、ブレンダ母娘の興味はやはりというか、

ドラゴン討伐の話が中心となる。


被害を受けていた現地とは遠く離れているとはいえ、

害を為すドラゴンどもの悪行は、ここフォルミーカでも噂されていたのだ。


ちなみに……リオネルも以前からドラゴンどもの噂だけは聞いていたが、

当時はフォルミーカ迷宮の探索が第一優先。


アクィラ王国が国民の不安が増大せぬよう被害の全てを公開しなかった事もあり、

ドラゴンどもとは迷宮深層で戦えば良いと判断したので、

気持ちは全く向かなかった。


さてさて!

英雄譚を好むダニエラ、ブレンダ母娘は、

いかにリオネルとヒルデガルドがドラゴンどもと勇ましく戦ったのかを、

具体的に知りたいとの事。


なので、普段は驕らず誇らず、控えめに話すリオネルだが、

いつもよりは、ほんの少しだけ詳しく話すと、母娘に大喜びされた。


そしてブレンダの話は、これもやはりというか、

リオネルとヒルデガルドの『間柄』について向けられる。


「あの……リオネルさん」


「はい」


「じ、実のおじいさまの前で、とても聞きにくいのですが……」


「何でしょう?」


「はい、ドラゴン討伐を一緒に行ったイェレミアスさんのお孫さん、ヒルデガルドさんとリオネルさんは、どのようなご関係なのでしょうか?」


恐る恐る尋ねるブレンダ。


「はい、大前提としてクライアントと契約者という位置づけです。同じ術者としては尊敬し合い、高め合うという間柄です」


きっぱりと答えるリオネル。

ワレバッドでもアクィラ王国の大晩餐会でも、散々聞かれたからもう慣れていた。


「な、成る程。で、では! リオネルさんは個人的にはヒルデガルドさんをどう思っていますか?」


リオネルの返事を聞き、ブレンダは直球を投げ込んで来た。


対してリオネルも素直に打ち返す。


「はい、俺個人的には、とても好ましい方だと思っています」


「ヒルデガルドさんが、とても好ましい方……ですか」


「はい」


……これは今、現在のリオネルの素直な気持ち。

先ほどボトヴィッドへ告げた通り、ヒルデガルドは、誠実で優しくて聡明。

術者としての実力もあり、『完璧』である。

そして、リオネルの事を心の底から信頼し、一途に愛してくれる。

男子としてとても嬉しいし、

ヒルデガルドをいじらしく好ましいと思うというのは当然だ。


しかし、ヒルデガルドに対し、

かつて初恋の人ナタリー・モニエへ恋焦がれたような熱い想いまではない。


人間族とアールヴ族が結ばれる際のいくつかの問題もある。

だから、自分を偽らず、こう言うしかないのである。


ここでイェレミアスが口をはさむ。


「婚約こそしていませんが、ウチの孫娘は、リオネル様に一方的に惚れ込んでいますからな」


「ご婚約はしていないけれど、ヒルデガルドさんは、リオネルさんに一方的に惚れ込んでいる……」


「はい! そうです! いわゆるベタぼれですな!」


「ベタぼれ……………」


……………………………………………………………………………………


部屋をしばし、沈黙が満たした。

誰もが何もしゃべらない。


ブレンダの『気持ち』が分かる母ダニエラも無言。

心配そうに愛娘を見守っていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


沈黙が食堂を満たす中、第一声を発したのは、ブレンダであった。

リオネルへ呼びかけたのである。


「リオネルさん」


「はい」


「私……思い出していました。町の広場で私が宿の呼び込みをしていて、初めてリオネルさんと出会った時の事を」


「はい、そうでしたよね」


「ええ、私より年下の18歳で、冒険者になって1年も経たないうちにランクAの超一流冒険者になったのだと聞き、とても驚きました」


「………………………………」


「宿泊して貰うお礼だと、無理やりフォルミーカの案内を申し出た帰り、20人もの暴漢に襲われ、あっさりと助けて貰った事も凄い衝撃でした……」


「………………………………」


途中からリオネルは無言。

とりあえずは過去の記憶をたぐるブレンダの話を聞く事にしたようだ。


「……私はリオネルさんのとんでもない強さに驚き、その頼もしさと優しさに惚れ込んでしまいました」


「………………………………」


「そんな凄いリオネルさん。なのに、出会った時とず~っと変わらなかった。穏やかで控えめで、助けた事を恩に着せて私を口説きもせず、母と私が働きづめなのを見かねて、笑顔でまめまめしく宿の仕事を手伝ってくれ、朝早く一緒に市場へ買い出しにも行ってくれました」


「………………………………」


「そばにリオネルさんが居て、優しくいたわり、励ましてくれる。仕事は相変わらず忙しかったけれど、私……そんな毎日がとても楽しかった。そして、リオネルさんの誠実な人柄へもどんどん魅かれて行ったのです」


「………………………………」


「気が付けば、私は……リオネルさんの事を大好きになっていました」


「………………………………」


「今までの人生の中で、男性を好きになった事のない私の初恋でした……」


「………………………………」


「その時はまだ18歳だったのにまるで大人のような包容力。強くて頼もしく、誠実で優しく、その上とても博識。人間として尊敬出来て仕事熱心、プロレベルの料理まで作れてしまう」


「………………………………」


「私が思い描く理想の男性として、リオネルさんは本当に完璧でした」


「………………………………」


「でもリオネルさんは、あっさりとウチを出てしまった。まあ、最初から迷宮を探索すると決めていたから、初志貫徹で当然の事ですよね」


「………………………………」


「リオネルさんがフォルミーカ迷宮へ入られてから3か月。私、安否を心配すると同時に、とても寂しい思いもしていました。ぽっかりと心に穴が空いたようになっていたのです」


「………………………………」


「3か月後、リオネルさんが無事に迷宮から戻って来てくれ……安心した私は本当に嬉しかった。そして、今度こそ、素直に自分の想いを伝えようと決心しました」


「………………………………」


「だけど……いざという時、リオネルさんは、私を単なる宿泊先の娘だとしか思っていないのではと、チキンな小心者になってしまい……告白出来ず……」


「………………………………」


「ぐずぐずしているうち、リオネルさんは、遥か彼方にあるイエーラへ旅立ってしまいました」


「………………………………」


「後悔して、後悔して、後悔して、後悔して……ひどく落ち込みました。しばらくどん底状態でした」


「………………………………」


「……でも、このままじゃいけない! 落ち込んでいるだけではダメだ! この恋を諦めたくない! リオネルさんへ会って自分の想いを伝えたい! 何とかしてリオネルさんへ会おう! ……私はそう思い、とりあえずイエーラへ行く為の旅費を貯める事にしたんです」


「………………………………」 


「でも……よくよく考えたら、イエーラは遠くて旅路は危険、無事にたどりつくかも分からないし、そもそも鎖国をしているから入国は不可能。事前に入国をお願いするリオネルさん宛ての魔法鳩の手紙も届くとは限らない」


「………………………………」 


「どうしたらと、思い悩んでいたら……ドラゴン討伐の話が伝わって来たのです」


「………………………………」


「リオネルさんの近況が聞けて凄く嬉しかったのですが……ともに行動するヒルデガルドさんの存在がとても気になりました」 


「………………………………」


「ふたりは、どういう間柄なんだろうと、もやもやしているうち……リオネルさんが、また訪ねて来てくれました」


「………………………………」


「私との再会がフォルミーカ訪問の目的ではないとしても、万にひとつの幸運が舞い込んでくれたと思いました。もうこの機会を逃すわけにはいきません!!」


「………………………………」


「イェレミアスさんのお話で、ヒルデガルドさんが、リオネルさんに一方的に惚れ込んでいらっしゃるというのも、良~く分かります。全てとは言いませんが、私と同じ理由もあると思いますから……」


「………………………………」


ここでブレンダは、「はあ」と息を吐き、


「わ、私!! け、決心しました!!」


と嚙みながらも言い切った。


「………………………………」


「い、いきなりのお願いですが!! ど、どうか私を!! イエーラへ連れて行ってくださいっ!!」


「………………………………」


「大好きなリオネルさんのお役に立てるよう一生懸命働きます!! そんな私を見て返事をくださいっ!! そ、そして!! ヒルデガルドさんともお話しし、自分の初恋に 決着をつけたいのですっ!!」


真剣な眼差しで、熱くリオネルを見つめるブレンダは、

身を乗り出し、リオネルへ迫ったのである。

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