第657話「久々に兄と楽しく話す事が出来るな……」
アクィラ王国王都リーベルタースは、微妙な雰囲気に包まれていた。
正門から整然と隊列を組み、入って来た一行を見て。
先頭には2体の灰色狼――魔獣兄弟を従え、ヒルデガルドを背負ったリオネル。
リオネル達の後ろには、101の騎馬、アルヴァー・ベルマン侯爵と100名の騎士達。
ちなみにその上空高く、一羽の大鷲――ジズが舞っている。
そう、2週間前に出発したドラゴン討伐隊が戻って来たのだ。
何故、微妙な雰囲気なのかは理由があった。
いつものドラゴン討伐隊であれば、
少なくとも2か月間は王都へ戻って来ないのが通常。
それが半月も経たないうちに戻って来た!?
また出撃した全員が無事に戻って来た!?
犠牲者は勿論、けが人さえ居ない!?
そして帰還時は疲れ果て、どんよりとした顔をしているのに違う。
誰もが皆、笑顔なのだ。
一体、何があったのだろう?と、
リーベルタース市民は訝しんだのである。
「そうか! ドラゴンどもと、ろくに戦えず、無様に逃げ帰って来たんだ」と、
市民達は諦めの眼差しを投げかけた。
体長20mを超え、猛烈な炎の息を吐き散らす巨大な邪竜と、
縦横無尽に飛び回り、人間や家畜を襲う飛竜どもの前では、
いかに強い騎士でも歯が立たない。
ランクSのレジェンド冒険者と魔法に長けたイエーラのソウェルの加勢があっても、
所詮はダメだった。
そもそも、たった100名の騎士では、ドラゴンどもと戦力差がありすぎる。
全く歯が立たなかったのだという醒めた目で見られたのである。
そんな市民の反応は当然と言えば当然である。
これまでアクィラ王国は、何度も何度も精強な討伐隊を派遣してはドラゴンどもに敗れ、数多の犠牲者を出す失敗の連続だったのだから。
しかし!
ここで、隊の長たる侯爵アルヴァーが声を張り上げる。
「皆の者!! ようく聞け!! 長きにわたり!! 我が王国に!! 甚大な被害をもたらしたドラゴンどもは!! 遂に!! 討伐された!! いずれ!! 国王陛下と宰相閣下から!! 正式な発表がある!! 心して待つがよい!!」
はっきりと言葉を区切り言い放つアルヴァーの大音声。
市内に響き渡った物言いに対して、辺りは静寂に包まれた。
あんなに凶悪なドラゴンどもが討伐された!!??
衝撃的な発表を聞き、市民達の思考がついていかない。
しかし、時間は様々な問題を解決する。
今回もじっと考える時間が、市民の思考を「これは現実だ」と認識させてくれた。
そうなると、喜びが心身を満たすのは自然な反応である。
「おおおおおおお!!!!! やったあああ!!!!! アクィラ王国ばんざ~いい!!!!!」
湧き上がる大歓声。
そんな大歓声に包まれながら、リオネル達はゆっくりと行進、
王宮へ向かったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王宮への道すがら、途中でヒルデガルドがリオネルの背から降り、
ふたりは先頭をゆっくりと歩いていた。
リオネル達が正門から市内へ入った時点で先に帰還報告が入っていたのだろう。
王宮正門前に到着すると、王国宰相ベルンハルド・アクィラが、
配下、護衛とともにすっとんで来た。
元々、ベルンハルドは勘が鋭いタイプである。
さすがにアルヴァーの大音声は聞こえなかったが、市民達の大歓声が聞こえたので、
『吉報』だと察したらしい。
「おお!! ヒルデガルド様!! よくぞご無事で!! リオネル殿!! アルヴァー!! 騎士達!! 全員、ご苦労だったな!!」
アルヴァー同様、声を張り上げ、一行をねぎらうベルンハルド。
対して、アルヴァーは直立不動。
びしっと敬礼、こちらも声を張り上げる。
「宰相閣下!! ヒルデガルド・エテラヴオリ様とリオネル・ロートレック殿が!!
見事ドラゴンども全てを討伐されました!!」
貴族は自分のメンツを最も大事にする。
ドラゴンどもを倒したのは、リオネルとヒルデガルドではあるが、
ベルンハルドへの第一報はアルヴァーから。
今回見守り役に徹したアルヴァーには、花を持たせようと、
ふたりは気を遣っていた。
名も大事ではあるが、今後の事もあり実を取ったのである。
そのアルヴァーもさすがに、ドラゴン討伐を自分の手柄にするほど愚かではない。
こんなに短期間であっさり討伐出来たなど、すぐ偽りはバレる。
それゆえ、正直に報告をしたのだ。
そもそも騎士隊は、戦闘に参加せず待機命令が出ているという事もある。
さてさて!
アルヴァーの報告を聞き、ベルンハルドも満面の笑みを浮かべる。
「おお!! アルヴァー!! そうか!! そうか!! それは待ち望んだ吉報だ!! 王宮へも市民達の大歓声が聞こえたから、そうではないかと思っていたぞ!!」
「はいっ!! 討伐の証となるドラゴンどもの死骸は!! リオネル殿の空間魔法で保管しつつ、持ち帰っております!!」
「うむ!! すぐに私から国王陛下へご報告する!! 一旦、解散し、とりあえずは休んでくれ!! その間に王立闘技場でドラゴンどもの展示が出来るよう、私の方で用意をしておこう」
「は!! かしこまりました!!」
大きく頷いたベルンハルドは、ヒルデガルドとリオネルへ向き直る。
「うむ!! そしてヒルデガルド様とリオネル殿!! よくぞドラゴンどもを倒してくれました!! 国王陛下に成り代わり、深く深く感謝致しますぞ!!」
ふたりは見つめ合い、互いに小さく頷き、
「はい、宰相様。リオネル様と協力し、スムーズに倒せました」
「従士達も良く働いてくれましたし、けが人もなく、全員無事帰還出来て良かったと思います」
ヒルデガルドもリオネルも自分自身を誇らない。
ドラゴンどもを倒したというのに、驕らず、控えめである。
そんなふたりを見て、ベルンハルドは、大いに好感を持った。
ちらと部下のアルヴァーを見れば、柔らかく微笑んでいる。
どうやら彼も同じくふたりに対し、とても好意的なようだ。
そもそもベルンハルドから見て、
アルヴァーは貴族特有というか、結構気難しい性格だという評価をしていた。
そのアルヴァーがここまで「にこやか」なのはあまり見ない。
ヒルデガルドはイエーラの長であるから、笑顔で接するのはありかもしれないが、
平民の冒険者であるリオネルに対しても笑顔なのは相当なもの。
では、騎士達はどうか?と見れば、同じく皆が笑顔である。
隣国イエーラとの交易ではどのような条件を出されるのか不明だが、
ふたりが窓口ならば前向きに好意的に取り組んでも良いのではと、
ベルンハルドには思えて来た。
これから、兄である国王ヨルゲンへ、報告をしなければならない。
話す内容は、明るいものばかりだ。
ドラゴンが王国内を荒らすようになってから、明るい話題は少なかったから、
最近苦渋の表情が多かった兄は、一転、大喜びするに違いない。
久々に兄と楽しく話す事が出来るな……
そう考えたベルンハルドは、ますます笑顔になったのである。
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