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第640話「リオネルはまるでチェスゲームの達人のようである」

ギルドマスター、マウリシオとの話、打合せが終了。


冒険者ギルドリーベルタース支部の特別応接室で待っていると、

馬車と護衛の手配が終わり……


リオネルとヒルデガルドは、宿泊するホテル・リーベルタースへ送って貰った。


ホテルまで案内したのは、マウリシオに命じられた、

サブマスターのエベリナ、レミヒオである。

また護衛についたのはアクィラ王国王家の騎士ではなく、

ギルド所属のランカー冒険者10名だ。


国賓の案内、護衛が王国の人間ではなく、ギルドの人間。


王家から会食を兼ねた懇親会の提案もない。


王国最上級のホテルをリザーヴしてくれたものの、

この扱いは、最上級の国賓に対するものではない。

多分ワレバッドにおけるヒルデガルドへの対応に準じたものだろう。


マウリシオから、アクィラ王国へ、

ヒルデガルド来訪の連絡はされているはずなのだが、

王国も王家も、長きにわたり鎖国状態を続けて来た異種族国家への対応をどうするのか、手探り状態で迷っているのかもしれない。


そんなこんなで、入り口で出迎えたホテルの担当者とともに、

部屋の前まで同行して来た全員が一礼して引き下がる。


全員が直立不動で敬礼する中で、エベリナが言う。


「では私達は一旦、失礼致します。警備は万全に対応しますので、本日はごゆっくりご安心してお休みください。ちなみにお食事他、何か御用があれば、魔導通話機でお気軽に、こちらのホテルの担当者へお申し付けくださいませ」


どうやらホテルの担当者は別室で待機、

護衛の冒険者10名は、そのままホテルの周囲で警戒態勢へ入るようだ。


「もろもろ、ありがとうございます」


とリオネルとヒルデガルドが礼を告げ、用意された部屋へ入れば、

さすがアクィラ王国でナンバーワンとうたわれるホテル・リーベルタース。

その最上級たるロイヤルスイートルームのデザインは、

ワレバッドで宿泊したギルドのホテルのスイートルームより豪華というか、

部屋の配色はきらびやか、造りも派手派手であった。


少しそわそわするヒルデガルド。


渋くてスタンダードな傾向であるギルドのホテル仕様に慣れているヒルデガルド。

元々堅実な暮らしを好むアールヴ族という事もあり、居心地が悪いようだ。


「落ち着きませんか? ヒルデガルドさん」


「は、はい。私の好みとは少し違うかと……ですが、マウリシオ様に一番良い部屋を手配して頂いたので、ぜいたくは言えませんね」


「ははは、ヒルデガルドさんは、ワレバッドの質実剛健な部屋の方が好みなのですね」


「はい、正直そうです」


という他愛のない会話の後、ヒルデガルドは柔らかく微笑んだのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


微笑んだヒルデガルドは、リオネルをじっと見つめる。


「それにしても……さすがですわ、リオネル様」


「何がですか?」


「当然、先ほどのギルドマスター、マウリシオ様とのやりとりですよ。主導権を握った上、こちらの知りたい情報を引き出し、要望も入れてしまいましたから」


「はい、そうですね。パーフェクトとは思いませんが、現時点でこちらから伝えるべき事はほぼ伝えたと思います」


「それで今回訪問した一番大事な本題、交易の話についてはその次……なのですね?」


「はい、主要目的である交易に関しては、焦ってはいけないと思います。いきなり話をせず、まずは王家、上級貴族とのつながりを持つ事、そして信頼関係を構築しつつ、こちらの実力を見せ、相手に『貸し』を作る事が先だと考えています」


「王家、上級貴族とのつながりを持ち、信頼関係を構築しつつ、こちらの実力を見せ、相手に貸しを作るのが先……ですか」


「ええ、このドラゴン討伐案件の窓口は宰相閣下ですから、仲良くなりつつ、アクィラ王国に貸しを作り、交易の交渉を有利に進めるのです」


「アクィラ王国と仲良くなりつつ、貸しを作り、交易の交渉を有利に……成る程」


「はい、アクィラ王国宰相閣下の人となりが不明ですから、交渉がどうなるのか、やってみないと何とも言えません。ですが、いきなり交易を持ち掛け、お願いをしても、こちらにメリットがなく、不利な条件を提示される可能性が高いと思います」


「成る程、こちらから一方的に、交易をぜひにとお願いするのならそうでしょうね、商取引ですし」


「はい、ですが、ギルドマスターがおっしゃったドラゴン討伐の案件は結構な期間、未解決でアクィラ王国国民へ甚大なる被害をもたらし、討伐も犠牲者が増えるばかり。収束に難儀しているとの事ではないですか」


「ええ、そうですね。あの場では言えませんでしたが、私もオークの被害を思い出し、凄く大変だと思いました」


「ですよね? であれば王国が難儀している問題をこちらで解決し、恩を売るのです。一気に仲良くなれるし、こちらの実力も知らしめる事が出来ます」


「問題をこちらで解決し、恩を売る……一気に仲良くなれるし、こちらの実力も知らしめる事が出来る……」


「はい、仲良くはなりつつも、交渉の主導権をこちらが握り、金額的な事を筆頭に、条件面全てにおいて、なるべくこちらに有利な内容で交易の契約を締結するのです」


「つまり先ほどのマウリシオ様と同じように、宰相閣下とも話を進めるという事ですね」


「そうです。但し、相手は誇り高い王族の宰相閣下ですし、言葉を選びつつ、慎重に交渉して行きたいですね」


リオネルはまるでチェスゲームの達人のようである。

魔法、体術、スキル、知識だけでなく、智略も抜群に優れている。

一体、何手先まで読み、相手と話をしているのだろう。


そんなリオネルが、イエーラの為に働いてくれている事に、

ヒルデガルドは大きな喜びを感じた。


「さて、ワレバッドとは少し勝手や作法が違うと思いますが、今夜の食事を考えましょうか? 先ほど言われた通り、このホテルの担当者さんにいろいろと聞いてみましょう」


リオネルはそう言うと、魔導通話機に手をかけたのである。

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