第636話「落ち着き払ったヒルデガルドは、馬車の窓から物珍しそうに、街の光景を眺める」
1か月後……リオネルとヒルデガルドは、革兜、革鎧の冒険者的ないで立ちで、
手をつなぎ、アクィラ王国王都リーベルタース近くの街道を歩いていた。
魔法鳩便で、冒険者ギルドリーベルタース支部宛へ手紙を送ったら、
いつでも訪問して構わないと、ギルドマスターから即座に返事が来たのである。
……この1か月で、各施策は更に進捗した。
農業支援は全50か所のうち40か所が終わっていたし、
ハーブだけではなく、各所の余剰食料品を買い取り、公社販売用に確保した。
魔物や賊の討伐も進み、肉食獣の害も減り、
イエーラ国内の治安は著しく向上した。
アクィラ王国との国境付近に建設中の特別地区の工事も順調に進み、
約8割が完成。
堅固で高い石壁に囲まれた特別地区は、
数多の商館、商店、ホテル、広大な市場、公園などが造られ、
併設する国境の検問所も広くて頑丈なものが完成しつつある。
フェフの公社直営店は、絶好調の為、2号店の出店が決定。
公社職員を新たに募集したところ、既存の大手商店からの転職組が続出。
いくつかの商店からは、経営困難の泣きが入り、統合する計画も出ている。
特別地区もまだまだ人手が足りないから、職員は大幅に増えるだろう。
フェフの市場の拡張、露店の増設工事は完成。
広くなった市場には、便利になった街道から行商人は勿論、
客も大挙して押し寄せた。
そしてフードコート付きの露店も大盛況。
新鮮な食材を使用したアールヴ族の料理だけでなく、
人間族の料理も味わえるとあって、フェフの新たな名所となった。
ヒルデガルドの人間族のベッド普及作戦も順調である。
サンプルを基に、職人達が頑張り、いくつかの試作品が完成。
作った職人自身のテスト、合格を経て、フェフに専用の店舗を構え、
とりあえずオーダーメードの商品を販売する事に。
オーダーメイド品の為、値段はまだまだ高いが、コスト、手間の効率化をはかり、
廉価品の生産を目指している。
話を戻そう。
街道を歩くリオネルとヒルデガルドだが、
ワレバッドを訪れた時同様、転移魔法でリーベルタース付近まで移動。
そこからリーベルタース正門まで歩いているのだ。
人間族の革兜をかぶっているので、顔立ち、そして特徴のある耳が見えず、
ぱっと見、ヒルデガルドはアールヴ族だとは分からない。
お陰で、変な男などに絡まれて時間を取られる事無く、ふたりは正門前に到着した。
見やれば、ワレバット同様、入場希望の人々が大勢並び、手続きを待っている。
ヒルデガルドが『国賓』なので、申し入れをすれば、
行列をスキップ出来るだろうが、ふたりは普通に並んだ。
……やがて順番が来た。
冒険者ギルド所属登録証の威力がここで発揮された。
ランクSのレジェンド、ランクAの超腕利きなら尚更だ。
ふたりは、名乗って所属登録証の提示のみで、
問題なくリーベルタースへ入場したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お待ちくださ~~いい!!」
正門をくぐったリオネルとヒルデガルドの後方から、
血相を変えた門番が声を張り上げ、追って来た。
リオネルとヒルデガルドが振り返ると、はあはあはあと息を切らした門番が、
「ヒルデガルド様! リオネル様! ギルドマスターにより、冒険者ギルドの方で馬車を手配しておりますから、リーベルタース支部までお送り致します! どうぞお乗りくださいませっ!」
対して、リオネルは真っすぐに、門番を見据えた。
ヒルデガルドを連れている事もあり、尚更用心深いリオネルは、
初めての国、場所である事から、無防備に、ほいほいと相手を信じる事はしない。
かといって、あからさまに疑うのは失礼だ。
それゆえリオネルは、相手の心の波動をチェックした。
発する心の波動で判断すると、必死な表情の門番は嘘を言ってはいない。
ソヴァール王国のローランド・コルドウェル伯爵から、ギルドマスターへ紹介の連絡が行っている事が、アクィラ王国側にも周知されていたに違いない。
チラ見すれば、馬車の傍らに御者が居た。
チェックしたが、彼にも悪意はない。
冒険者ギルドリーベルタース支部へ行くという波動が発せられている。
「……分かりました。お気遣い頂きありがとうございます。お言葉に甘えます」
リオネルは門番に、了解の答えを戻し、ヒルデガルドへ、
「問題ありません。さあ、行きましょう」
その短い言葉だけで、リオネルが自分の為に、
チェックを入れた事を察したヒルデガルド。
「分かりました。門番さん、ありがとうございます」
微笑むヒルデガルドは、リオネルとともに、
御者が待つギルド手配の馬車へ乗り込んだ。
ふたりが完全に乗り込んだのを確かめ、馬車の扉は閉められ、発進した。
がたがたがたと音を立て、石畳を馬車は走る。
リオネルのアクィラ王国訪問は、フォルミーカ以来であった。
フォルミーカでも感じていたが、建築様式が故国ソヴァール王国とは若干異なる。
一方、ヒルデガルドは当然ながら、アクィラ王国は初めての訪問。
少しだけ緊張はしているが、不安は皆無であった。
落ち着き払ったヒルデガルドは、馬車の窓から物珍しそうに、街の光景を眺める。
先ほどの警戒対応を見ても、分かる。
ヒルデガルドの全てをしっかり理解したリオネルが、
最適な対応をしてくれる事を心の底から信じているのだ。
しばし走ると……
ヒルデガルドが練習中の念話で話しかけて来る。
『リオネル様』
『はい、何でしょう、ヒルデガルドさん』
『門番さん、凄く焦って追いかけて来ましたね』
『ええ、あの門番は知らなかったようですが、事前にこちらから訪問予定日を魔法鳩便で伝えていましたから、我々の来訪に備え、対応するよう周知していたのでしょう』
『成る程。今日はどのような話になるでしょうかね?』
『行ってみないと分かりませんが、今日は顔合わせレベルだと思いますよ』
『顔合わせ……では、あいさつとか、ですか』
『はい、話の流れによると思いますが。とりあえず今夜泊まる宿は確保したいですね』
屈託のない笑顔を見せるリオネルに、
『はい! ワレバッドの時同様、良い宿だと宜しいですね!』
と、ヒルデガルドは元気よく返事をしていたのである。
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