第626話「はい、いろいろ考えてください。3人で相談すれば、ベストに限りなく近い良い方法が実行出来るはずです。知恵を絞って考えましょう」
……3人一緒に摂った朝の食事が終わった。
給仕を担当する使用人達も興味津々に3人の話を聞いていた。
当然、口をはさむ事などせず無言で聞いていた。
リオネルは検問所と同様、官邸の武官、事務官、使用人達へのおみやげだと、
大量のお茶と焼き菓子を、厨房の使用人達へ渡した。
午後のお茶の際、各所へ、官邸に勤める全員へ配布するようにと。
また「ヒルデガルドが皆の為に選んだおみやげだ」と強調しておく。
……その後、リオネルとヒルデガルド、イェレミアスは執務室へ。
ヒルデガルドが旅先で経験した更に詳しい話を、イェレミアスへする為だ。
配下達にはまだ告げられない内容の話も含まれているとの懸念から、
執務室は、3人だけである。
扉を閉めると、ヒルデガルドは、
「では、早速、おじいさまにご報告をさせて頂きます」
と、話を切り出した。
対して、イェレミアスは期待に満ちた笑顔で、
愛孫の話を聞こうとスタンバイ状態である。
旅行中、リオネルは、ヒルデガルドへ、何度か5W2Hを教えていた。
イェレミアスへ、今回の旅の報告をする際、分かりやすいと理由を話して。
補足しよう。
5W2Hとは……
「When」「Where」「Who」「What」「Why」「How」「How Much」という言葉で、情報整理・伝達において活用できるフレームワークだ。
イェレミアスへ伝えたい事は膨大であり、分かりにくい事もあるやもしれない。
と、ヒルデガルドが悩み相談をしたのが、この教授をしたきっかけである。
報告する順番もリオネルとともに整理し、順位をつけてある。
基本的にはヒルデガルドが、出発してから、イエーラの都フェフへ戻るまでを、
時系列で話すという形だ。
「足りない部分や何かあれば、リオネルがフォローする」と、
言われているヒルデガルドには何の不安もない。
またリオネルが、簡単だが、報告内容を箇条書きにした書類も作成していたので、
話すべき何かが漏れる心配もなかった。
ふうと軽く息を吐いたヒルデガルドは、報告を開始した。
随時リオネルがフォローしながら、ヒルデガルドは報告を続けて行く。
内容は全般的に、生活、経済、文化等々、
人間族の社会に触れたカルチャーショック。
良い部分と悪い部分、アールヴ族の社会へ取り入れた方が良いものを、
私見として述べる。
そして、ヒルデガルドが冒険者ギルドから認められ、
ランクAの正式な所属冒険者となった事、
更に、公社設立の準備と仕入れて国内販売する商品の購入、
逆に人間族の社会へ売るイエーラ産の商品を検討する必要がある事、
リオネルの発案で、冒険者ギルドを使い、
隣国のアクィラ王国との交易を開始する為のあしがかりなども話した。
報告を受けたイェレミアスは、満面の笑みを浮かべていた。
「うむ、ご苦労様。本当に分かりやすい報告だったぞ、ヒルデガルド」
「はい! ありがとうございます! リオネル様に助けて頂いたお陰ですわ」
「ふむ、帰ってきた時からずっと感じていたが、相当に楽しい旅だったようだ。今回はとても良き視察となったな!」
「はいっ! でも、ソウェルとして、これからやる事が多すぎて大変ですわ」
「うむ、そうだな」
「はい! でも良きものはどんどん取り入れて行きたいですわ! 人間族の国に負けないよう早くイエーラを豊かにし、国民を幸せにしたい!」
「ふむ、ヒルデガルドが人間族の社会に大きな感銘を受け、良いと思った部分を取り入れる事には賛成だ。……しかし、決して焦ってはいけないぞ」
「え? おじいさま、決して焦っては……いけないとは?」
「新たな事を行う決断には、特に慎重さが求められる」
「慎重さが?」
「ああ、なぜなら、イエーラは長年にわたり鎖国をして来た保守的な国だ。国民は冒険的な事を避け、手堅く無難さを好むだろう。いきなり新しい事をしようとしたら無理が生じ、混乱が起こる可能性もある。」
「な、成る程。国内が混乱するのは困ります……リオネル様はどうお考えでしょうか?」
祖父にいさめられたヒルデガルドは、リオネルへアドバイスを求めた。
対して、リオネルも笑顔で言葉を発する。
「基本的にはイェレミアスさんの言う事に賛成です」
「賛成ですか? 慎重に事を運べと?」
「はい、ただあまり拙速過ぎてもいけないですし、状況を確認しつつ、出来る限り反動が来ないように進めましょう」
「わ、分かりました。難しいですわね」
「はい、ですが、新しい事を始める場合には、まずは相手へメリットを提示する事が重要だと思います。現に農地開拓がそうだったでしょう? 新たな農地を開拓する意義に付随して、好条件と予測した未来の結果を説明したら、皆、飛びついて来ましたから」
「た、確かに! 良い話であれば、私でもまず前向きに考えますもの」
ここで、イェレミアスが挙手。
何か伝えたい事があるようだ。
「リオネル様! ヒルデガルド! 新規の農地開拓の件で思い出しました。話を中断して、申し訳ありませんが、こちらからもご報告がありますぞ!」
「はい、お聞きします」
「お聞きしますわ、おじいさま!」
「実は、ちょっと困った事がおきましてな」
顔をしかめたイェレミアスは言い、ふうと息を吐く。
「ふたりが旅行中、例の新規開拓農地は、国からの大きな援助に加え、リオネル様がお与えになられた地のご加護もあり、順調に作業が進んでおります。ですが、対象外となった既存の農地を持つ農場主達が、こちらに援助はないのかと、大勢、不満を申し立てておりましてな。私は、いくつか対策を考えておりましたが、ふたりが戻ってから、相談しようと思っておりました」
「な、成る程! おじいさまは実際に起こった事象を踏まえ、先ほどのアドバイスをしてくだされたのですね」
「うむ、そうだ。このように新たな事を行うとメリットを受けた方は万々歳だが、ない方から不満が出たりするものさ」
「な、成る程!」
と、ここでリオネルが挙手。
「既存の農場主達からの不満噴出ですか。大丈夫、想定内です」
「おお、想定内ですか!」
「リオネル様はこうなる事を予測していらしたのですか?」
「はい、俺もいくつか対策を考えていました。ですが、イェレミアスさんの意見、俺の意見、ヒルデガルドさんにも考えて頂いて、最良の策で対応しましょう」
「おお、最良の策ですか、リオネル様」
「私ヒルデガルドの意見も取り入れて頂けるのですね?」
「はい、いろいろ考えてください。3人で相談すれば、ベストに限りなく近い良い方法が実行出来るはずです。知恵を絞って考えましょう」
「「はいっ!」」
リオネルの言葉を聞き、ヒルデガルドとイェレミアスは、
大きな声で返事をし、力強く頷いたのである。
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