第624話「何度経験しても不思議に感じます……ほんの1時間前までは、私達、1万キロも遠く離れたソヴァール王国のワレバッドに居たのですものね」
時刻は午前6時過ぎ、予定通りワレバッドの街を出発したリオネルとヒルデガルドは、まだひとけのない早朝の街道を凄まじい速度で進んでいた。
リオネルの現在の走行速度は巡航速度といえる時速70㎞。
動物達の所作を丹念に観察し、スキル『見よう見まね』で得た、
リオネルの怖ろしいほどの身体能力。
その身体能力は更に進化し、師匠となった動物達を軽く凌駕していた。
例えば馬の最高走行速度は約時速70㎞だが、
リオネルの最高走行速度は倍以上の150㎞を誇り、
狼は時速30㎞で5時間以上走り続けられるが、
リオネルは時速100㎞で5時間以上走行可能という凄まじい持久力も有する。
さてさて!
……ふたりは既にワレバッドの街から、約50㎞離れていた。
途中、何人もの通行人とすれちがったが、
猛スピードで疾走するリオネルと背負われたヒルデガルドを見て唖然とするか、
絶句するだけ。
びっくりしすぎて、言葉をかける暇もない。
……そのうち、人通りが途切れた。
ここで、頃合いと見たのだろう。
ず~っとMAX状態たるリオネルの索敵にも、人間の反応はないし、
感じるのは遠巻きにする動物の気配だけだ。
ヒルデガルドを背負ったまま、リオネルは徐々に速度を落とし、
遂にはジョギングレベルで、たったったっと走る。
「あの、ヒルデガルドさん」
「はい、何でしょうか、リオネル様」
「俺達の周囲には誰も居ませんし、危険も皆無です。そろそろ、転移魔法で跳びます。連続で10回も繰り返せば、イエーラへ到着するでしょう」
「分かりました」
「では行きますよ。……カウントダウンします、5,4,3,2,1,転移!」
リオネルが魔法を発動した瞬間、ふたりの姿は煙のように消え去った。
……そんな事を10度ほど繰り返し、あっという間に1万キロの距離をクリア。
出発して、約1時間後、リオネルとヒルデガルドは、
イエーラへの街道に立ち、歩いていた。
転移先のポイントに関しては、地図と来た時のデータを基本にし、
ひと目につかない場所を選びながら転移するのがリオネルのやり方だ。
時間を少しかけたのは、転移先の安全確認をする為である。
ちなみに、転移魔法は発動の際、大量の魔力を消費するが、
膨大な体内魔力量を有するリオネルには、減少分は、ほんの少しの割合でしかない。
またどんなに消費しても、リオネルの体内魔力は約10分で満タンになるので、
もしも魔力切れを狙う敵が居ても徒労に終わるに違いない。
リオネルは、「そろそろ背から降りるように」と、優しくヒルデガルドへ告げ、
『背負い搬送具』のハーネスを外した。
対して、少し名残惜しそうにしたヒルデガルドだったが、
ゆっくりと地面に降り立った。
降りて微笑んだヒルデガルドはすぐぴったりとリオネルに寄り添う。
しっかりとリオネルの手を握った。
……少し歩くと検問所である。
もうまもなくしたら、特別地区の街と一体化すべく、
検問所を建設中の新たな建物に移す予定である。
リオネルは改めて索敵による確認を行う。
……危険はない。
しかし念の為、リオネルは擬態したケルベロスとオルトロスの魔獣兄弟を召喚、
ふたりの前に先行させた。
シルバーグレイと漆黒の灰色狼風の巨大犬2体を連れたリオネルとヒルデガルド。
そんな一行の姿を認め、検問所のアールヴ族武官が数人出て来た。
リオネルとヒルデガルドの姿を見て、「おお!」と歓声を上げる。
彼ら、彼女達には先日、訪問した際、散々やりとりし、武術指導もしたので、
リオネルの顔を見知っており、ヒルデガルドを連れ、旅へ出た事も共有していた。
武官達に帰還を認識されたリオネルは、大きく手を打ち振り、声を張り上げる。
「お~い!! リオネル・ロートレックで~す!! ただいま、ヒルデガルド様と、ともに戻りましたあ!!」
リオネルの声を聞いた武官達はふたりへ駆け寄り、
全員、直立不動で、「お疲れ様です!」とばかりに、びしっと敬礼したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リオネルは国境の警備を担う武官達をねぎらい、
ワレバッドの街で購入したお茶と焼き菓子を差し入れした。
官邸へ直接転移せず、わざわざ検問所経由で入国したのは、
理由があった。
旅立っていたヒルデガルドの帰国を、門番役の武官達へ、
しっかりと認識して貰う為である。
また、建設中の特別区の街へ寄り、進行状況を確認する為でもあった。
但し、長居をするつもりはない。
街の完成には、まだまだ時間がかかるからだ。
というわけで、リオネルとヒルデガルドは、工事現場へ。
案の定、進行は、完成までまだ半ばといったところ。
ふたりで職人達を励まし、これまたお茶と焼き菓子の差し入れをし、
工事現場を後にする……
「じゃあ、ヒルデガルド様と俺は官邸に戻ります。何かあれば、魔法鳩便で連絡を」
「は! 検問所の警備はお任せください!」
リオネルとヒルデガルドは、武官の返事に応え、軽く手を振り、
かき消すように居なくなった。
転移魔法を発動したのである。
ぱっと周囲の景色が変わり、ふたりの目の前には、
高く長い石壁と巨大な正門が現れた。
その壁から奥には、ソウェル官邸の本館がそびえたっているのが見える。
正門に詰める警護の武官達が、いきなり現れたリオネルとヒルデガルドを見つけ、
検問所の武官同様、脱兎の如く駆け寄って来る。
そんな武官達を見て、ヒルデガルドは目を細め、微笑む。
リオネルの手をぎゅ!と握る。
「うふふふ♡ リオネル様」
「はい、ヒルデガルドさん」
「……とうとう私達、帰って来ましたね、イエーラへ。国境の検問所を見て、そう感じましたが、官邸の正門を見て、改めて実感致しましたわ」
「ですね!」
「振り返れば、長いようで、あっという間に時間が経った旅でしたわ」
「ええ、そんな感じです」
「私、リオネル様の思し召しにより、人間族社会で、いろいろと貴重な経験をさせて頂き、面白おかしく様々なものを学ぶ事が出来ました」
「それは本当に良かったです」
「はい! 本当にありがとうございました! おみやげもい~っぱい買えましたし、とても楽しい旅でした。でも私、もっともっとこの広い世界を見て回りたいです。他の国の他の街へも、ぜひぜひ連れて行ってくださいませ」
「ええ、ぜひ機会を作り、一緒に旅をしましょう」
「はい! ちなみに今は、何時でしょうか? まだ午前中ですよね?」
「はい、まだ、出発して1時間経っていません。午前7時にもなっていないと思います」
「ふうう……」
リオネルが時間を告げると、ヒルデガルドは大きくため息を吐き、
「何度経験しても不思議に感じます……ほんの1時間前までは、私達、1万キロも遠く離れたソヴァール王国のワレバッドに居たのですものね」
「はい、そうです」
「時間と距離を制する転移魔法は、本当に素晴らしいですわ! ……私もいつか習得してみたい……」
リオネルの手を再び、ぎゅ!と握り、ヒルデガルドは嬉しそうに告げたのである。
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