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第623話「俺、修行の結果、時速70㎞で、5時間以上走れますので、途中、休憩すれば、1日1,000㎞以上の移動が可能です」

……ヒルデガルドがランクAの冒険者になってから1週間が過ぎた。


その間、リオネルとヒルデガルドは、ほとんど冒険者ギルド総本部内で過ごした。


基本的には、ギルドの各講座を受講。

ヒルデガルドは様々な知識を学んだ。

講座料金の割引を始め、様々な優遇措置も経験し、冒険者としての特権を、

特にランカー以上のメリットを享受したのである。

ちなみにオーダーしていたヒルデガルドの革鎧も仕上がり、

無事、受け取る事が出来た。


時たま、護衛付きでワレバッドの街中へ出た時は、

いろいろな商品、食料、資材など物資の買い物に費やした。

それらは主に公社で扱うものであり、国内外の販売用であった。

当然、魔境における魔物との戦いにも備え、

武器防具、魔道具、魔法薬等々も買いそろえた。

大中小の馬車も買った。

ヒルデガルドはといえば、大好きな書物を更に買い込んだ。


また仕事のみではなく、美味しい食事を楽しんだり、

健全に遊べるような場所へ出かけたりもした。


そんなある日、ヒルデガルドへリオネルは告げる。


「ヒルデガルドさんは充分、人間族の社会を体験したと思いますし、買い物も終わりましたから、そろそろイエーラへ帰国しましょうか」と、リオネルは告げた。


「残して来た、たくさんの仕事を進行させなければならない」とも。


「アクィラ王国のフォルミーカへも寄ろうと思いましたが、またの機会にしますね。

予定以上に、ワレバッドへ滞在しましたから。イエーラへ戻ったら、ソウェルの仕事を引き継いで貰っているイェレミアスさんと、早速打合せをしましょう」


そんなリオネルの提案に、


「分かりました! おじいさまも私達の帰りを待ちわびているでしょう」


日々を楽しみ、大満足のヒルデガルドは文句なく納得し、了解した。


ただ……彼女の本音として、

リオネルとのふたりきりの生活が終わってしまのうは、正直、さびしい。


しかし、このワレバッドで得た数多の知識と貴重な経験を、

国を担うソウェルとして、これからの仕事に活かしたいという意気込みも強かった。


初めて訪れた人間族の社会は、面白く楽しい事がたくさんあった。


アールヴ族にはすぐに馴染まないという慣習や、

不謹慎だと感じる出来事もあったが、良いものは失敗を怖れずに、

改良やリカバリー策を講じつつ、どんどん取り入れて行きたいと考える。


リオネルの言葉、トライアルアンドエラーが思い出されるのだ。


つらつらと考えるヒルデガルドへ、再びリオネルが告げる。


「では、俺から、秘書のクローディーヌさん経由で、ブレーズ様へ帰国の連絡を入れておきます。ブレーズ様からローランド様へ報告が為されるでしょう」


「宜しくお願い致します」


……という事で、リオネルは早速、魔導通話機で秘書室のクローディーヌへ、

連絡を入れた。


幸い、クローディーヌは、在室していた。


リオネルの話を聞き、クローディーヌは、


「成る程、了解致しました。おふたりは、数日中に、イエーラへご帰国されるのですね。ブレーズ様へお伝えしておきますわ」


と、伝言を預かってくれた。


それから、しばらく、リオネルとヒルデガルドは部屋の片づけをしていると、


るるるるる、と魔導通話機が鳴った。


リオネルが出てみれば、ブレーズからの連絡であった。

速攻でクローディーヌから、報告を受けたらしい。


「おう、リオネル君か。たった今、クローディーヌから聞いたが、ヒルデガルド様が、近いうちにご帰国をされるんだって?」


「はい、急ですが、明後日の早朝、出発したいと思います」


「明後日の早朝か! 分かった! では急ぎ護衛を100名手配し、アクィラ王国との国境まで、私自身が送ろう」


「いえ、そんなお手数をおかけせずとも、正門前で見送って頂ければ充分です」


「いやいや、国賓に対して、そういうわけには……」


「いえ、おかまいなく。気楽に街道を歩いて行きますから」


「え!? 気楽に街道を歩くって!? ああ、そういえば、ヒルデガルド様と君は、馬車にも馬にも乗らず、徒歩で正門に現れたと報告があったな。ここからイエーラまでは、アクィラ王国経由で、1万キロ近くもあるぞ」


「まあ、そうですね」


「おいおいおい! まあ、そうですねって! 何だい? それは!」


ブレーズは更に言う。


「今更だが、旅の手段に関し、いろいろ秘密もあるだろうと、敢えて根掘り葉掘り聞かずにいたけど、ここまでどうやって来たのだい? 1万キロだぞ! 気楽にしれっと歩いて来れる距離じゃないぞ! リオネル君だけならともかく、ヒルデガルド様も、ご一緒じゃないか?」


「はい、分かっています。でも大丈夫ですよ。論より証拠で、問題なく旅をして来ましたから。種明かしは、明後日の朝6時、出発する際にします」


「しゅ、出発する際に種明かし? だ、だが!」


食い下がるブレーズであったが、


「まあ、後のお楽しみですよ、ブレーズ様。では作業中なので、失礼致します」


リオネルはそう言い、通話を切ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


……それから、リオネルとブレーズの間で何回かやりとりがあり、

ヒルデガルド出立の段取りが組まれた。


道義上、ブレーズは国境まで送ろうとしたが、リオネルが断り、

困ったブレーズはローランドへ泣きついたが、鶴のひと声。


リオネルに任せようという話になったらしい。


その話を聞き、リオネルとヒルデガルドは、ローランドとブレーズへ、

別れのあいさつと礼を告げに、総ギルドマスター室へ赴いた。


総ギルドマスター室には、ローランド以下、ブレーズ、ゴーチェ、

クローディーヌ、エステルが居り、語り合い、別れを惜しんだのである。


……という事で、出発の日が来た。


ワレバッドの街中散策のように、

ゴーチェ以下10名の護衛で正門へ進む革鎧姿のリオネルとヒルデガルド。


まだ早朝だというのに、開門前の正門の広場では、ローランドとブレーズが、

数十人の護衛をつけて待っていた。

クロディーヌとエステルも、見送りに来ている。


「「皆様、おはようございます!」」


大きな声でふたりはあいさつを告げ、続いてリオネルが、


「ここまで旅をして来た種明かしパートワンです」


と言い、まずは8名乗りの馬車を1台、収納の腕輪から、搬出して見せた。


「この馬車を、忠実な従士2名に曳いて貰います」


続いて、リオネルは灰色狼風に擬態したケルベロスとオルトロスを呼び出した。

護衛を刺激しないよう、いつもと違い体長1mほどのサイズにしてある。


「おおお!」


いきなり出現した馬車と魔獣に驚くローランド達。


そんな中、リオネルは淡々と説明を続ける。


「馬車を曳く際には、馬ぐらいの大きさになって貰います。速度は通常の馬車の数倍で疲れ知らず、また有事の際、彼らは強靭な護衛役になります」


……リオネルとヒルデガルドは、魔獣兄弟に曳かせた馬車に乗り、

旅をした事などない。


実はこの説明、ブレーズ達の追求を(かわ)す為の方便である。

今の時点で、転移、飛翔の魔法をオープンにするわけにはいかないから。

事前にヒルデガルド、魔獣兄弟へ説明してあるのは当然だ。


これで種明かしパートワンは終了。


リオネルは魔獣兄弟を異界へ帰還させ、馬車は収納の腕輪へ収納した。


「おお!」


手品のように現れ消えた馬車と魔獣に、ローランド達は再び、どよめいた。


「さて、次に種明かしパートツーです」


リオネルはそう言うと、救護者を運ぶ『背負い搬送具』を

収納の腕輪から、搬出した。


背負い搬送具は、ハーネスで人間を振り落とされないよう固定して、

救護者の背中へ背負い、運搬出来る器具だ。


いつの日か、けが人や病人を運ぶ際に必要だとリオネルが想定。

ワレバッドやフォルミーカでいくつも購入しており、更に耐久度を、

魔法で強化してあった。


実際にヒルデガルドを背負ってみて、一番ぴったりくるものを選んである。


なので、ヒルデガルドを背中に背負う手順はスムーズである。


背負われたヒルデガルドは、愛するリオネルの体温を感じ、感極まったのか、

しっかりとしがみついた。


「こうやって、ヒルデガルドさんを背負い、俺が走ります」


にっこり笑うリオネルは、とんでもない事を告げる。


「俺、修行の結果、時速70㎞で、5時間以上走れますので、途中、休憩すれば、1日1,000㎞以上の移動が可能です。10日間と少し走れば、イエーラへ到達出来ますから、無理なく帰還出来ますよ」


……リオネルの話は嘘ではない。

以前、修行の際、既に試していた。


それからしばし経って、更に鍛えているので、

現在は時速100㎞以上で、ぶっとおし12時間以上、

一度に1,200㎞は楽勝で走れるはずだ。


あまりにも人間離れしたリオネルの身体能力にローランド達は絶句。


だが、この話が(ちまた)へ伝わり、広まれば、

転移、飛翔を行使するリオネルの驚異的な移動も、

怪しまれないですむという計算もある。


「今まで、本当にありがとうございました。ワレバッドの街で暮らした事は、私ヒルデガルドの一生の思い出です。皆様、お元気で!」


「皆様、では、そろそろ失礼します。いろいろお世話になりました。いずれお願い事が出来ると思いますので、またご相談に伺いますね」


背負われたヒルデガルド、そしてリオネルは、深くお辞儀をし、正門を出ると、

まずはゆっくり、徐々に速度をあげ、ついには脱兎の如く走り、

あっという間に、ワレバッドの街を後にしたのである。

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