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第622話「気が付けば……ストレスがなくなり、 あれだけ悩まされていた身内へのコンプレックスも消えていた」

「やったあ! やりましたわ! リオネル様!」


攻防魔法の発動を完璧にこなし、ローランド達に認められ、

ヒルデガルドは、ランクAの冒険者となった。


そして通常の手順とは逆になるのだが、ランク認定試験の後に、

『冒険者の心得』や『冒険者ギルドの意義』『冒険者ギルドのシステム』について、

説明する簡単な基礎講習が行われた。


講習中に、担当の教官からいくつか質問があったが、

ヒルデガルドはあっさりと答えることが出来た。


冒険者という職業に興味津々なヒルデガルドは、

ワレバッドに来訪するまでにリオネルへ根掘り葉掘り尋ねており、

来訪後もギルドに関しての書物を図書館で、更に部屋でも、

読みふけっていたからである。


そんなこんなで、早速正式な手続きが為され、

ミスリル製の所属登録証が出来上がり、

ヒルデガルドは宝物のようにして受け取った。


心の底から嬉しいらしく、ランクAの所属登録証にほおずりまでしている。


「嬉しいっ! これで私もリオネル様と同じ冒険者ですわっ! ランクB以上をランカーと、言うのでしたっけ?」


「はい、ランクAですから、文句なくランカーですね」


「うふふふ、本当に嬉しいですっ!」


「ええ、これで今後は、いろいろと動きやすくなると思いますよ。ヒルデガルドさんはソウェルという責任ある立場でありながらも、しがらみのない、いち冒険者として振舞う事も可能ですから」


「しがらみのない、いち冒険者ですか?」


「ええ、ヒルデガルドさんが、自分はイエーラのソウェルだと名乗らずとも、ランクAの所属登録証を提示すれば、冒険者ギルドの上級冒険者として、皆が認めてくれると思いますから」


「そうなんですか?」 


「はい。冒険者ギルドは、世界中に支部があるワールドワイドな組織です。所属登録証は身分証明書を兼ねていますし、ヒルデガルドさんは、総マスターのローランド様から直接、魔法の実力を認められてランクAとなりました。一流ランカーとして、誰からも一目も二目も置かれると思います」


「な、成る程!」


「今夜はめでたく、レストランで、ぱ~っとお祝い!……と行きたいところですが、ヒルデガルドさんが身軽な冒険者となった事で、今後の立ち回り方が、ガラリと変わって来ます。部屋へ戻り、ルームサービスで夕食を摂りながら、詳しくその打合せと行きましょう」


「さっすが、リオネル様! 大大、大賛成で~す!」


リオネルとふたりきりで、楽しく食事が摂れると知り、ヒルデガルドは大喜び。


……というわけで、リオネルとヒルデガルドは、ローランドへ礼を述べ、ホテルまでブレーズ達に護衛をして貰い、無事、部屋へ戻った。


現在の時間は既に午後5時過ぎ……

革鎧姿のままのふたりは、相談しながら、メニューを見てチョイスし、

ホテルのレストランへ魔導通話機でオーダーを入れた。


料理等が来るまでしばしの時間を要する。


ふたりは革鎧を脱ぎ捨て、普段着へ。


リオネルは受け取った冒険者ギルドの資料や依頼書のサンプルを取り出し、

改めてヒルデガルドへ説明を始めたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


リオネルの説明開始から、約30分。


「成る程! リオネル様のお話を聞いて、冒険者ギルドのシステムについて、改めて認識と理解が出来ましたわ。私は、ソウェルという立場と、上級冒険者のランカーとしての立場を、臨機応変に使い分ければ宜しいのですよね?」


「ええ、ヒルデガルドさん、その通りです。但し、致命的な失敗をしないよう、必ず事前に状況確認をし、結果を想定の上、慎重に行動する事が必要です」


「了解ですっ!」


ヒルデガルドは飲み込みが早く、記憶力も抜群だ。


前ソウェルのイェレミアスが身内の贔屓目なしに、その才能を見込み、

後継者としただけある。


……本来はヒルデガルドの両親と兄がソウェルとなるべきはずであったが、

その3人は病気と事故で、存命していない。


押し出されるようにソウェルとなったヒルデガルドであったが、

常に亡き3人と比較して、自身の才能の無さをなげき、

大きなストレスとコンプレックスになっていた。


そして両親、兄よりも巨大な存在が居た。


……祖父イェレミアスである。


生まれてから1,700年を超えても、なおかくしゃくとした祖父は、

魔法の実力、知識とも、3人を遥かに超える存在だ。


その祖父はある日、まだまだ半人前の自分へ、


「お前はもう十分にソウェルとしての責務を果たせる。配下達と合力し、イエーラを治め、国民達を導いてみるがよい」


と告げ、更に「見たいものがある」とも言い、あっさりと国外へ出てしまった。


祖父が旅立ち……不安は大きくなるばかりであったが、プレッシャーがなくなり、

ホッとしたのも事実である。


……それから新ソウェルとなった自分に、配下達は良く尽くしてくれた。

こちらから敢えて指示を出さずとも、皆、進んで動いてくれるのだ。

多分、祖父からの『指示』が徹底されているに違いなかった。


それから10年、20年が過ぎ……

オークの害など、長年にわたる諸問題はあったが、

イエーラは祖父がソウェルであった頃と変わらず、無難に治まっていた。


だが、ヒルデガルドには葛藤があった。

ソウェルの自分が居らずとも、国は治まるのではという思いである。


果たして自分は本当に必要なのかというやるせなさは、ず~っと消えなかったのだ。


そんなある日、祖父が人間族の少年を連れ、帰国して来た。


聞けば、その少年――リオネル・ロートレックとは、アクィラ王国フォルミーカ迷宮で知り合い、底知れない才能に圧倒され、イエーラ富国の為、尽力を願い、正式に契約を結んだと言う。


最初は信じられなかった。

アールヴ族に比べ、遥かに劣る年若き人間族の少年が、

1,700年余りを生きる祖父を遥かに凌駕する才能を持つと言うのだから。


しかし……リオネルを加護する4大精霊が降臨、

地界王アマイモンの愛娘ティエラの言葉と、行使した、転移、飛翔の失われし古代魔法を体感。


目の前でオーク2千体を倒されたら、認めざるをえなかったというより、

祖父同様に、リオネルの才能に圧倒されてしまった。


そしてリオネルは性格的にも温厚誠実で、低姿勢、決して驕ったりなどしなかった。

気さくに優しく接し、丁寧で的確なアドバイスをくれ、

難問解決をあっさり実行するリオネルに、

ヒルデガルドは祖父以上の尊敬の念を抱き、

才能に惚れ込み、深く愛してしまっていたのである。


リオネルは言う。


「ヒルデガルドさんにはまだまだ、素晴らしい魔法の才能が眠っています。修行して、更なる上を目指しましょう」


「はい! 頑張ります!」


リオネルの言葉は魔法の言葉。

ヒルデガルドの心身に元気と魔力が満ちあふれて来るのだ。


実際、リオネルと魔法修行を始めてから、魔力量が増大し、

行使もスムーズとなった。

武道、護身術も併せて習い、体力もつき、強くなったと実感している。


気が付けば……ストレスがなくなり、

あれだけ悩まされていた身内へのコンプレックスも消えていた。


代わりに、生きがいと自信、そしてリオネルへのゆるぎない愛が生まれている!


つらつらと回想するヒルデガルド。


と、そこへ、とんとんとんとノックの音が。


どうやらルームサービスが届いたようだ。


念の為、索敵を働かせていたリオネルだが、危険はない。


扉を開け、料理と飲み物を受け取ったリオネルとヒルデガルドは、

担当者へ礼を言い、帰すと、扉を閉め、仲良くテーブル上に並べ始めたのである。

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