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第610話「恋愛関係となっても、お似合いで素敵なふたりだとエステルは思う」

翌朝、リオネルとヒルデガルドはホテルのレストランで朝食を摂り、

部屋へ戻ると、午前9時30分にエステルが来て合流。

ショッピングモールの食材店探訪へ出発した。


相変わらずリオネルとヒルデガルドは寄り添い、仲良く手をつないでいる。

ぱっと見、いつもの光景である。


しかし、ふたりの内面は昨日までとは全く違っていた。


…………ふたりは昨夜、互いの気持ちを確かめ合った。

いわゆる、「腹を割って話した」のである。

いろいろと秘めた心の内、考え方を互いに正直に話したのだ。


ヒルデガルドは一途に真摯に、リオネルを愛していると告げた。


対してリオネルは、

「ヒルデガルドを好ましく魅力的な女子とは思ってはいるが、

依頼された仕事の責任を果たす為、一緒に行動している部分がまずあって、

恋愛感情を持つまでには至っていない」と返した。


そう言われても当然、ヒルデガルドは、ひたむきな恋をあきらめたりはしない。


「リオネルに将来の伴侶として認められるべく、全身全霊で努力する」


と、きっぱり宣言したのだ。


対してリオネルも、


「俺を想ってくれる気持ちは素直に嬉しい。お互いをもっと良く分かり合い、人生を共に歩んで行けると実感したら、その時には、ご相談の上で結論を出しましょう」


裏表のない心の内をはっきりと告げた。


そんなやりとりをした後、リオネルは更に言う。

自身の学んだ、そしてヒルデガルドの祖父イェレミアスから学んだ知識から、


「ヒルデガルドさん」


「はい、何でしょう? リオネル様」


「俺と貴女が結婚し、一緒に人生を歩む事となった場合、俺にはふたつ、懸念があります」


懸念とは、心配事。

それもふたつあるとは……一体、何だろう?


真剣な表情のリオネルへ、ヒルデガルドも顔を引き締めて尋ねる。


「あの、私と結婚して、一緒に人生を歩む事となった場合、リオネル様には、ふたつのご懸念がおありなのですか?」


「ええ、あります。まずひとつめは、人間族とアールヴ族の寿命の問題です」


「人間族とアールヴ族の寿命ですか……」


「はい、アールヴ族は病気や事故などのイレギュラーがなければ、確実に1,000年以上は生きられます。その数倍の可能性もあります」


「確かにそうです」


「一方、人間族の寿命は最大レベルで約100年くらい、アールヴ族とは最低でも10倍以上もの開きがある」


「………………………………」


「もしも俺とヒルデガルドさんが結婚しても、『別れのタイムリミット』はすぐ訪れます。アールヴ族の同族同士の婚姻のように、1,000年もの間ずっと一緒に居られるというわけではありません」


そう言われ、ヒルデガルドは思い、考える。


リオネルの言う事は良く分かる。


1,000年、2,000年という時を生きるアールヴ族にとって、

100年はあっという間だろうと。


これから100年が経ち、伴侶の自分が死んだ後、気が遠くなるような長きにわたり、

残された妻ヒルデガルドが寂しい思いをするのではという気配りなのだ。


……リオネルが亡くなり、ひとりぼっちになる事を考えれば、確かに寂しい。

とてつもなく寂しい。

そんな事は考えたくないが、誰もがいつかはこの世から去る。

この世界の曲げられない、ことわりであり、突きつけられたリアルな現実だ。


しかし、今、そんな事は考えられない。

許される限り、愛するリオネルと一緒に居たい……

ヒルデガルドにはそうとしか考えられない。


淡々と告げるリオネルだが、

逆にヒルデガルドを思いやる温かさ、深い優しさも伝わって来るのだ。


「成る程、おっしゃる事は凄く良く分かりますわ…………ではリオネル様、もうひとつのご懸念とは?」


「はい、もうひとつは妖精族の末裔たるアールヴ族の民族的な価値観、純血主義です」


「成る程、純血主義ですか」


補足しよう。

純血とは、異種の動物または異民族の血が混じらない純粋の血統である。

同品種のもの同士で作られた血統の事を言う。

そして純血主義とは、純血である事にこだわりを持ち、

純血を上位と考える思想の事である。


自身を世界最高の種族だと確信し、基本的に鎖国政策を取るアールヴ族達は、

(いにしえ)から、他種族とは交わろうとしなかったのだ。


リオネルは話を続ける。


「はい、わけあって故国イエーラを出て、冒険者など人間社会で生きて行くアールヴ族は、行った先で知り合い、恋仲となった人間族と結ばれ、故国へ戻らず、そのまま生活する場合も多いといいます」


「………………………………」


「ですが、ヒルデガルドさんの生家エテラヴオリ家は、歴代のソウェルを輩出する特に歴史が長い旧家です。伝統を重んじ、他種族たる人間族の血が入る事を良しとしないのではと思いました」


「……それもリオネル様のおっしゃる通りですわ。おじいさまとちゃんと話し、相談した上で解決しないといけない問題です」


「イェレミアスさんと話し、相談した上で解決する……確かにそうですね」


「はい、リオネル様。困難な道のりになると思いますが、私は絶対にあきらめません」


「分かりました。ヒルデガルドさんにそこまで想って貰えるのは本当に嬉しいし、俺も全力で問題の解決に向け、頑張ります」


リオネルはそう言うと、更に話を続ける。


「そもそも、アールヴ族だけでなく、人間族の結婚も、身分、立場、血、人間関係などいろいろなしがらみが原因で阻害される場合があります。恋人同士のうちは許されても、結婚ともなれば周囲への影響も大きく問題になるケースもありますから」


「はい、いちいち、ごもっともですね」


ヒルデガルドが納得、同意するのを聞き、リオネルは言う。


「ヒルデガルドさん」


「は、はい」


「俺は想い人――共に人生を歩む伴侶となる方には、絶対幸せになって欲しいと願っています。ふたりでお互いに支え合い、地に足をつけて、しっかりと生きて行こう。これはず~っと変わらない考えです」


「リオネル様……」


「俺とヒルデガルドさんがもし結婚するとなれば、今、俺が言った事以外にも問題はいろいろ起こりうると思います」


「私もそう思いますわ」


「はい、だから俺とヒルデガルドさんが結ばれても、極力問題が起きないように対応したいと思います。ヒルデガルドさんの事をもっと良く知り、俺の事もいろいろ分かって貰いつつ、気持ちをすり合わせながら、そういった問題の解決方法を考え、実行して行きましょう」


「はい!」


「軽々しい事は言えませんし、今の俺には貴女の想いに対し、そう返すしかありません。申し訳ありませんが、宜しくお願いします」


やはりリオネルは、裏表なく誠実。

そしてとんでもなく優しく、強くて頼もしい。


……昨夜の会話を思い出しながら、

ヒルデガルドは、リオネルとつないだ手を、ぎゅ!ぎゅ!と強く握ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


迎えに行き、部屋にて合流し、出発後……

リオネルとヒルデガルドの前を歩き、先導するエステルは、

ふたりの雰囲気が変わったのをはっきりと感じていた。


一見、ふたりが仲睦まじく手をつないで寄り添い歩くのは変わらない。


しかし、身体の距離感は同じでも、心の距離感がぐっと縮まったと感じるのだ。


またヒルデガルドは、自信に満ちあふれ、堂々としていた。

芯が一本入り、しっかりしたという雰囲気も醸し出している。


たださすがに、その事を口に出し、尋ねてみるなど出来はしない。

いくら気安くなった間柄でも、

相手は国賓とランクSのレジェンドランカーなのだから。


案内を任されたギルドの職員として失礼な事は絶対に出来ないから。


……そういえばとエステルは思い出す。


リオネルがまだ、このワレバッドに滞在していた頃。


サブマスターのブレーズや、副官のゴーチェがリオネルの実力を見込み、

入り婿前提で貴族家との見合い話を組んだらしい。


加えて、領主で総マスターのローランド・コルドウェル伯爵の下へも、

王国中の貴族家からひっきりなしにリオネルの問い合わせが来ていたという。


平民の冒険者からすれば夢のような話であり、いわゆる逆玉。


婿入りした貴族家との折り合い等、一種の賭けではあるが、

成り上がり、身分地位金、そして美しい貴族令嬢の妻を得る特大チャンスだ。


だが、「全ての提示をあっさり断った」と、エステルは耳にした。


リオネルにはそういった野心や欲がほとんどないのは確かである。

基本的には仕事に徹し、必要以上に相手へ取り入ったりしないのだと。


イエーラに貴族制はないが、

ソウェルたるヒルデガルドの家柄は、王族に匹敵する最高レベルな上位家であろう。


リオネルに甘えるヒルデガルドは「触れなば落ちん」という風情だが、

彼女と手をつなぐのは警護の一環であり、

リオネルには嫌らしさが全く感じられない。


またリオネルからヒルデガルドへかける言葉に、

愛をささやく内容は一切なかったのに。


距離が縮まった感のあるこの変化は……ふたりの間に一体何があったのだろうか……


恋愛関係となっても、お似合いで素敵なふたりだとエステルは思う。


正直、とても、うらやましい……


今までよりも更に幸せそうなヒルデガルドを見て、

「もう少しして、仕事にめどがついたら、私も恋愛をしてみようかな」と、

エステルは柔らかく微笑んだのである。

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