第594話「ウチの箱入り孫娘に、この広い世界を存分に見せてやってください!」
特別地区の基礎工事を終え、今回の意図を告げ、商人達に協力を要請した。
だが、賛同は得られなかった。
去るは追わずというわけでもないが、いつまでも残念がっていても仕方がない。
リオネルは、次の段階へ進む事にした。
その旨を告げると、商人の不甲斐なさに怒っていたヒルデガルドは一転。
機嫌がすぐ直り、いつものように、期待と希望に満ち溢れ、
キラキラと目を輝かせる。
「では、リオネル様! 次は何をするのでしょう?」
「先ほど商人達には申し伝えましたが、以前ヒルデガルドさんへもお話しした通り、公社を作ります」
補足しよう。
公社とは、国の全額出資によって設立される特殊法人である。
基本的には私的利益を求める組織ではないが、円滑に運営する為には、
当然ながら黒字が好ましいと言える。
そもそもイエーラに存在するのは、規模こそ大きいものもあるが、
全てが昔からある個人商店なのだ。
また長年鎖国政策を取り続けた為、国内でのみ商取引を行う。
人間族社会において、運営されている、世界間をまたにかけ商売をする商会はない。
そんな彼ら彼女達は、「国外との交易をしたい」という、
リオネルとヒルデガルドの協力要請を断った。
それゆえリオネルは、人間族の商社に近いものをイエーラの公社として立ち上げ、
国が直接、交易を行い、利益を得ようと考えたのである。
「とりあえず、打合せをしましょう。官邸に詰める経理に明るい事務官の方を若干名呼んで貰えますか?」
「うふふ♡ 了解です! すぐに呼びますわ!」
……という事で、早速事務官達が招集され、打合せが行われる。
リオネルは公社設立の話と交易の意義を伝え、
事務官達へ、実務担当者になってくれるように頼んだ。
これから行う業務を記載したマニュアルも渡す。
ず~っと鎖国政策を行って来たから、開国まではいかない緩和の話さえ、
先の商人同様、事務官達にも不安がる者が居た。
しかし、リオネル主導で、新たな事に次々とチャレンジする主ヒルデガルドを信じ、
忠誠心を示して、「ぜひやってみたい!という者が殆どであった。
実際、これまで行っている事業が全て上手く行っている影響も大きい。
「交易が始まれば、すぐ人手が足りなくなります。在野にも埋もれた人材が居ると思いますし、事務官さん達以外にも、商人の希望者を一般から募りましょう」
そう、リオネルの言う通り、これから業務規模が拡大すれば、
邸の事務官達だけでは、実務担当者が足りなくなるのは必至。
かといって、既存の商人達へ再度頭を下げ、
無理やり協力をお願いするのは今更感がいっぱい。
やる気がない保守的な既存の商人達より、未経験でもやる気のある者を、
リオネルは、在野から見出そうとも考えたのである。
ここでヒルデガルドが、リオネルをフォロー。
「リオネル様のご指示に従い、大至急、国民から商人希望者の募集をかけてください。期限を切り、近日中の面接の準備をしておいてください」
「は! かしこまりました! ヒルデガルド様! もろもろ、急ぎ手配致します!」
事務官達がマニュアルを読み込んで理解し、商人希望の者が集まるまで、
しばしの時間がかかる。
他の仕事も山積みだが、その間、リオネルとヒルデガルドには、
この案件で別の仕事がある。
「さて、イェレミアスさんの了承ありきという条件付きで、俺とヒルデガルドさんは、2週間以上の国外出張です。販売と仕入れに出かけましょう。もし了承が取れなければ、俺が単独で行って来ます」
リオネルはそう言うと、ヒルデガルドへ柔らかく微笑んだのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
武官達、魔法使い達へそれぞれ指導、
農地開拓、特別地区建設のフォローもしながら、
リオネルとヒルデガルドは、『国外出張』の準備を進めて行った。
行先は、まずリオネルの故国であるソヴァール王国、
慣れ親しんだ冒険者の町ワレバッド。
そしてイェレミアスと出会ったアクィラ王国の迷宮都市フォルミーカの予定だ。
ハーブを始めとしたイエーラ名産品を、
販売用として結構な数で購入し、収納の腕輪へイン。
またこの出張で、ペンディングとなっているオーク宝箱の中身も売却する事にした。
こちらも収納の腕輪へ搬入済みであった。
当然、合わせて旅支度も整える。
護衛がつくと、目立つし仰々しくなるので、リオネルとふたりきり。
であれば、当然ながら、本人は行く気満々。
10日間以上の、泊りがけの国外出張ともなるので、
最初にリオネルが告げた通り、祖父のイェレミアスへもお伺いを立てる。
「おじいさま、お願いがあります。現在建設中の特別地区で国外の商人と交易をする勉強と準備の為に、しばしの間、リオネル様と研修旅行へ出る事をお許しください。行き先はソヴァール王国のワレバッド、アクィラ王国のフォルミーカの予定ですわ」
元々迷宮でともに暮らしたイェレミアスの、リオネルへ対する信頼はゆるぎない。
イエーラの命運を託すほどに。
そして先日、魔境のオーク討伐へ、リオネルと行き……
かすり傷ひとつなく帰還したヒルデガルド。
若き男女ふたりきりのシチュエーションなのに、
不埒な事など全く皆無。
清く正しく優しく接した、紳士的なリオネルの振舞い。
そして、リオネルが魔境のオークを討伐する間も、
「待機していた私は、屈強な従士の護衛付きで、安全過ぎるくらいの扱い。まるでお姫様のように大事にされた」
言葉と態度の端々から、ヒルデガルドは、リオネルをとても慕い、
全幅の信頼を置いている事も分かる。
もし、ふたりの間に何かあっても……構わないと思っている。
反対する理由など何もない。
「うむ、国外への旅は良い経験になる思う。構わないぞ」
と笑顔のイェレミアスはヒルデガルドへ頷き、そしてリオネルを見つめて更に、
「ははははは! どうぞ! どうぞ! 行ってらしてください! リオネル様ならばヒルデガルドを任せて安心です! ウチの箱入り孫娘に、この広い世界を存分に見せてやってください!」
祖父の文句なしのOKを貰い、ヒルデガルドは超が付く大歓喜。
「うふふふふ♡♡ やったああ!! ありがとうございますうう!! おじいさまああ!!」
満面の笑みを浮かべ、手を突き上げ、はしゃぎにはしゃぐヒルデガルド。
放っておけば、踊り出しかねない勢いである。
そんな孫娘を見て、イェレミアスも心の底から嬉しそうだ。
「うむうむ、リオネル様のご指示を守り、気を付けて行って来るのだぞ。広い世界を見れば、確実にお前の糧となろう」
「はああい!! ヒルデガルドは、リオネル様の言いつけを守り!! 良い子に致しますうう!!」
……という事で、リオネルとヒルデガルドは、出張の準備を進め、
事前の打合せをたっぷりした上、万全の態勢で、旅立ったのである。
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