第575話「そんなヒルデガルドの懸念など、感じないようリオネルは笑顔である」
黙って聞いていたヒルデガルドが、微笑んで頷くと同時に、
リオネルは彼女を抱いたまま、ゆっくりと降下を始めた。
す~っと落ちて行く独特の感覚。
当然ながら、生まれて初めて体感するのだが、
ヒルデガルドはこの感覚が嫌いではない。
もしかして、恋に落ちるって、こういう感覚?
と思い、ヒルデガルドは苦笑。
それにしても不思議である。
リオネルと過ごしていると、常に夢の中に居るよう。
次から次へと想定外といえる、不可思議でありえない事が起こるからだ。
やがて、リオネルとヒルデガルドは、すたっと地上へ降り立った。
独特な葉の形をした広葉樹林の中、少し開けた広場になったような場所だ。
ふたりの前には、魔獣ケルベロスと、10体のアスプたちが静かに控えている。
何かあれば、すぐ命令してくれと言わんばかりに。
別動隊のアスプ20体は、オークどもの巣を囲んでいるはずだ。
リオネルは、ヒルデガルドを抱いたまま話しかける。
「ヒルデガルドさん」
「はい、リオネル様」
「ここは魔境の真っただ中ですが、体調はいかがですか?」
「はい! 大丈夫です! リオネル様に行使して頂いた防御魔法と回復魔法の効果で全然元気です!」
「成る程。それは何よりです。では万全を期して、護衛を増やします」
リオネルはそう言うと、魔獣オルトロスを異界から召喚、
ミスリル製、銀製のゴーレムを各10体ずつ、計20体を、
収納の腕輪から『搬出』した。
これで2体の灰色狼擬態の魔獣兄弟が揃い、
フットワークが軽いアスプ10体で攻撃力は充分、
ずらりと並んだゴーレム20体は頑強な防護壁となる。
ジズもやや降下し、地上から50mほど上空をゆうゆうと舞っている。
これでヒルデガルドを守る護衛の数は万全だろう。
ケルベロスを攻撃役に振り当てたとしても、充分だ。
そもそも巣にこもったオークどもを、ここまで来させないからな。
とリオネルは思い、
「ヒルデガルドさん」
「はい」
「ここに『陣』を置きます。一番最初に転移した時と同じです」
「成る程」
「じゃあ、とりあえず攻略すべきオークどもの本拠地、『巣』を確認しておきましょう。ここから500mほど離れた洞窟のようです」
「分かりました」
「ケルベロスを先行させ、俺とヒルデガルドさんは、飛翔魔法でついて行きますから、このまま飛んで行きますよ」
「お願い致します」
ハーネスでリオネルと身体をつないだままのヒルデガルドはそう言うと、
改めてひしっとしがみつく。
リオネルは肉声、念話を同時に発する。
「ケルベロス! オークどもの巣へ先導してくれ」
うおおん!
心得た!とばかりにケルベロスは吠え、ゆっくりと走り出す。
同時に飛翔魔法が行使され、柔らかな風がリオネルとヒルデガルドを包み込み、
ふたりの身体は、ふわっと、浮き上がった。
既に少し先をケルベロスは駆けている。
「ヒルデガルドさん、ケルベロスを追います」
「はいっ!」
地上からわずか上を、ふたりは、すいすい~っと、滑るように飛び、
後を追ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リオネルとヒルデガルドが後をついて来るのを知り、
ケルベロスは一気に駆ける速度を上げた。
広葉樹が所々生い茂る原野という場所を進む3者。
行く手を阻む者は誰も居ない。
アスプたちが追い立て、先導するケルベロスが威嚇しているせいか、
全てのオークどもは巣へ逃げ込んだまま。
他の魔物や肉食獣なども近寄っては来ない。
ケルベロスにならい、リオネルも速度を上げ、
3者はあっという間にオークどもの巣の前へ到着した。
ケルベロスとアスプが突き止めた、
オークどもの『巣』は広葉樹林が途切れた岩場にある巨大な洞窟だ。
ふわふわと宙に浮いたまま、リオネルとヒルデガルドは洞窟を見据える。
左右10m、高さ5mほどある出入り口が、ぽっかりと開いていた。
巣の周囲にも、出入り口付近にも、オークどもは見当たらない。
リオネルの索敵には、洞窟の中に多くのオークどもの気配は感じるから、
やはりというか、巣の中へ逃げ込んだ残党が立てこもっているようだ。
「ヒルデガルドさん」
「は、はい!」
「中に逃げ込んだオークどもの総数は、残っていたであろうものと合わせ、大まかですが、ざっと2千体。倒したものが、100と少しですから、そう大きな群れではないです」
2千体以上のオークが大きな群れではない!!??
事も無げに、しれっと言い放つリオネル。
驚きっ放しのヒルデガルドだが、またも驚愕してしまう。
「え!!?? えええええ!!?? そ、そ、そうですか!!???」
驚愕すると同時に、ヒルデガルドには疑問が湧く。
逃げ込み、立てこもる2千体以上のオークどもをどうやって倒すのだろうかと?
まさか、洞窟へ入る?
いや、それはとんでもなく危険だ!
このような洞窟は内部が複雑でとても入り組んでいる。
当然灯りもなく、真っ暗である。
勝手も知らず、うかつに入ると、本道、支道が分からず、迷ってしまう事も多いと、祖父や部下たちから聞いた事がある。
対して、住み慣れた2千体以上のオークどもは、
地の利を活かし、猛反撃してくるはず。
これは相当、難儀する。
魔獣兄弟とアスプを洞窟内へ突っ込ませるのだろうか?
果たして、リオネルの作戦は?
そんなヒルデガルドの懸念など、感じないようリオネルは笑顔である。
「……巣の形態はいくつか予想していましたが、こういう洞窟なら、これを使います」
片手でヒルデガルドを抱いたまま、空いたもう片方のリオネルの手に、
ぱっと、いきなりひとつの筒が現れた。
筒は直径10㎝、長さは30㎝ほど。
リオネルが収納の腕輪へ仕舞っておいたものを、「搬出した」のである。
「そ、それは!? な、何でしょうか!? リオネル様!!」
「はい、魔導発煙筒です。冒険者ギルド特製の新型品で、一番強力な奴です。唐辛子、玉ねぎなど自然素材を使用してしますし、火事にもなりません。これでオークどもを燻し、洞窟の外へ追い出します」
「な、成る程」
「オークどもの中には上位種も居るみたいですが、問題なく倒せると思います」
「分かりました」
「という事で、作戦はシンプルです。では『陣』へ戻りましょう」
「は、はい!」
リオネルは先導して来たケルベロスへこの場へ残るように告げ、
無詠唱、神速で転移魔法を発動。
ヒルデガルドを抱いたまま、陣へ戻ったのである。
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