第569話「初めましてえ! ヒルデガルド様あ! おいら、妖精ピクシーのジャン、リオネル様の一の子分さ! よっろしくう!」
リオネルに抱かれ、安心したのだろうか……
ヒルデガルドはアスプ10体をじっと見る、すなわち『凝視』をクリア。
更に20体、そして30体を見てもほぼ平気となった。
アスプ以外、蛇に似た魔物への耐久性は不明だが、
ヒルデガルドの蛇への苦手さはかなり軽減されたと言えよう。
今回のオーク討伐において、直接は関係しない些細な事だが、
リオネルは優しく褒める。
「ヒルデガルドさんは修行の末、蛇が平気となりました。目に見える結果で、昨日よりも大きく成長しましたよ。自信を持ってください」
祖父が認めたリオネルが、自分を認め、褒めてくれた。
ヒルデガルドはそれが凄く嬉しい。
モチベーションが著しく上がって来る。
作戦が横道へそれ、時間も少々かかってしまったが、
リオネルは責めたりはしなかった。
「私の修行の為に、余計な時間とお手間を取らせてしまいました。申し訳ございません」
「いえいえ! 作戦遂行を最優先する時は、ちゃんとそう言いますから。今回は大丈夫です」
と言ってくれたのである。
「リオネル様、次は?」
「はい、ヒルデガルドさんと修行をしながら、オークどもの位置は大体把握しました」
「え? そうなんですか?」
「はい、ヒルデガルドさんを抱きながら、索敵を張り巡らせていましたから」
「わ、私を抱きながら!?」
ヒルデガルドの突っ込み?を聞き、しまったと焦るリオネル。
「あ、ああ、済みません。今更ですが、ヒルデガルドさんを抱いてしまった事を謝罪します。成り行き上とはいえ……」
「いいええ! 私から思い切り! 何度も何度も繰り返し抱きついたのですから! リオネル様が謝る事はありませんわ!」
「でも……」
「それよりも、話を戻してくださいませ」
「分かりました。ではアスプ30体を出撃させ、オークどもをかく乱します。魔境へ追い立て、彼らのスキルで眠らせたりもします。毒を使わないのは、倒したオークをイエーラ領内の肉食獣が食べて死ぬのを避ける為です」
リオネルは、イエーラの動物にまで、細やかに気をつかっている。
ヒルデガルドはとても嬉しくなる。
「うふふ♡ もろもろ了解ですわ。アスプの特性を上手く使い、オークを魔境へ追い、時には、戦闘不能にもするのですね」
「はい! その通りです! ……よし! お前たち、出撃だ。オークを魔境へ追い立て、時には眠らせろ! 毒は絶対に使うな! もしも寒かったら無理をせず、すぐ戻って来いよ」
リオネルの命令は、しっかりとアスプ達へ伝わったようである。
しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!
と音をたてながら、アスプ30体は凄まじい速度で、出撃したから。
やはりリオネルは『テイマー』としても優秀のようだ。
「さて、ここで少し待機ですが……そうだ、作戦を少し変更します。まだ紹介していない仲間を出しましょう」
「もしかして、シルフ様が、私たちへ紹介をお望みになっていた風の従士……でしょうか?」
「はい、1体はそうです」
「え? 1体は?」
「はい! 出でよ! ジズ!」
「ジ、ジズ!!??」
ヒルデガルドはまたも驚いた。
ジズの名は知っている。
鳥の王ジズ。
世界の根幹を為す3つの魔獣の内の1体であり、
とんでもなく巨大な鳥の姿をしているという事も。
官邸の資料室にある古文書には、超巨大なグリフォンのような絵が描かれていた。
「ご安心を。魔獣兄弟や竜達同様、ジズも小さく擬態していますから」
「な、成る程」
「はい、ちなみに大鷲の姿で出ます」
リオネルがそう言った瞬間。
10mほど上空に、いきなり! 体長5mの超大型の大鷲が現れ、
ピィヤアアアーッと鋭く鳴いたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
10m上空を悠々と舞う大鷲は雄々しく美しい……
「あ、あれが……ジズ」
「あはは、さすがに本体は見せませんよ。イエーラ中が大パニックになりますから」
「わ、分かっております!」
笑顔で言うリオネルであったが、冗談ではない事は、ヒルデガルドにも分かる。
魔獣兄弟と竜2体だけで、歴戦の強者たる官邸の護衛までがパニックに陥ったのだ。
天空を全て覆う巨鳥がいきなり出現したら、
イエーラ国民は全員、この世界が終わると絶望に陥ってしまうかもしれない。
それにしても……リオネルの従士はとんでもない猛者ばかりだ。
そしてジズを紹介しない事で、シルフが不機嫌になった気持ちも理解した。
魔獣兄弟、竜と比べても、全く遜色がないどころか、
ジズは大いに自慢出来る存在なのだから。
そんな事をつらつら考えるヒルデガルド。
一方、リオネルは指示を出す。
念話と肉声で同時に。
「よし! ジズ行け! 上空から、アスプたちと協力し、オークどもを魔境へ追い立てるんだ!」
ピィヤアアアーッ
リオネルの指示に対し、ジズは再び鋭く鳴くと、凄まじいスピードで急上昇。
そのまま、放たれた矢のように飛んで行った。
フロストドレイクを出撃させる予定を、ジズに変えた。
作戦内容が少し変更となったが、遂行には何の支障もない。
予定は未定の範疇内だ。
いざとなったら、フロストドレイクも呼べばよい。
「さてと! 後でジズを呼び戻し、こちらで護衛役とします。じゃあヒルデガルドさんに、もう1体を紹介しますね」
「は、はい! もう1体を呼ぶのですね!」
「お~い、ジャン!」
「ジャン?」
ヒルデガルドが、首を傾げると同時に、輝く光の塊が現れた。
すぐ上空を、ぶんぶんぶん!と、うるさい音を立てて、飛び回る。
光は、まばゆく、点滅している。
まるで、何かをアピールするように。
そして、リオネルとヒルデガルドの心に念話が響く。
『リオネル様、や~っと呼んでくれたねえ! おいら、待ちくたびれちゃったよ!』
「だ、誰?」
そんなヒルデガルドの声に応えるよう、光が収まった。
そこには一体の少年妖精が浮いている。
身長は、30㎝あまりしかない。
髪型はカールした短い金髪。
目は切れ長、鼻筋は通っている。
細身の人型の肢体に可愛いシャツを着て、短い半ズボンをはいている。
背中には、薄い透けた昆虫のような羽が2枚生えていた。
再び、ヒルデガルドの心に念話が響く。
『初めましてえ! ヒルデガルド様あ! おいら、妖精ピクシーのジャン、リオネル様の一の子分さ! よっろしくう!』
呆然とするヒルデガルドへ、ジャンは「にかっ」と笑い、
おどけたように派手なポーズで、Vサインを送ったのである。
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