第568話「ここで、ハッとヒルデガルドは気付いた」
魔獣アスプを見て、大の苦手である蛇に慣れる。
そんなヒルデガルドの『修行』が始まった。
修行を始め、恐る恐るアスプを見ると、生理的な嫌悪感から、
悲鳴をあげ、身震いしてしまったが……
すぐにリオネルが鎮静効果もある回復魔法を行使、気分を落ち着かせるどころか、
高揚させてくれた。
それを数回繰り返すと、どうにかアスプを見れるようになり、
更に数回繰り返すと、じっと見ても全く平気となってしまった。
始める前はどうなる事かと思ったが……
やってみたら、その心配は杞憂に過ぎなかった。
ヒルデガルドは何よりも、リオネルに抱かれていると安心するのだ。
その様子を見てリオネルは、ヒルデガルドへ話しかける。
「どうやら、上手く行ったようですね」
「はい、何とか……アスプを見れるようになりました」
「では、俺から離れて、ひとりでアスプと正対してみましょうか」
リオネルがそう言っても、今度はヒルデガルドが離れなかった。
「……あの」
「はい?」
「お、お願い致します、もう少し、このままで……私を抱いていてください」
ヒルデガルドは、離れがたいという雰囲気で、
リオネルの胸に顔を埋めた。
……ヒルデガルドの心の波動が伝わって来る。
私はまだ半人前以下……なのに、おじいさまは、旅立たれてしまった。
独り立ちせよ。
配下と力を合わせ、私の跡を継ぎ、ソウェルとしてイエーラをまとめてみせよと……
そう言い残して。
祖父の命令は絶対……
だから私は、不安を持ちつつ、ここまでやって来た。
イエーラの民を絶対に、絶対に! 幸せにしないといけない。
偉大な祖父を、私は超えなければならない。
問題は数多あり、山積している。
上手く行かない事の方が多く、プレッシャーに押しつぶされそうになる。
配下たちも、そんな私を、頼りないと思っているのではないだろうか……
でも、甘えは許されない。
弱音を吐くのも厳禁だ。
そう思い、一生懸命に頑張って来た。
旅立った祖父に甘える事は出来ない……でも、たまに癒して欲しくなる。
誰かに褒めて欲しい……お前は良くやっていると……
そんなヒルデガルドの気持ちに応えるように、
「今まで、本当に良く頑張りましたね。ヒルデガルドさん、いつでも一生懸命な貴女はとても素敵ですよ」
リオネルの優しい声が耳から入り、そっとヒルデガルドの心へ触れた。
その瞬間、ヒルデガルドの心の堰が切れた。
ぶわわっと、涙があふれる。
「わああああああああんんんんん!!!!!」
リオネルに抱かれたまま、ヒルデガルドは思い切り、号泣していたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「わああああああああんんんんん!!!!!」
オークが跋扈する原野の真ん中で、アールヴ族の長たるソウェル、
ヒルデガルドは号泣していた。
今まで溜めて来たプレッシャーとストレスを、一気に吐き出すが如く。
号泣するヒルデガルドを優しく抱きしめ、
リオネルはそっと背中をさすり続けている。
……それから30分ほど、ヒルデガルドは泣き続けた。
リオネルも抱擁を解かず、背中をさすっていた。
思い切り泣いて、すっきりしたのだろうか、ヒルデガルドはようやく顔を上げ、
泣きはらした菫色の瞳で、リオネルを見つめる。
「リオネル様……申し訳ありません」
対してリオネルは、柔らかく微笑む。
「いえ! 全然、構いません。少しは気が晴れましたか?」
リオネルの問いに対し、ヒルデガルドは明るく答える。
「はい! おかげさまで、凄くすっきりしました!」
「それは良かった。じゃあ、俺から離れ、アスプを見てみましょうか」
微笑むリオネルの言葉を聞き、ヒルデガルドは戸惑う。
「はい?」
「いえ、まだ修行の最中ですから、仕上げをしてしまいましょう」
「修行の最中? 仕上げを? ……あ、ああ! そうですね!」
リオネルに言われ、思い出した。
思い切り泣いて、ストレスを発散したから、ヒルデガルドは忘れていた。
まだ蛇に慣れる修行は終わっていなかったのだと。
微笑んだヒルデガルドは頷くと、「失礼致します」と言い、リオネルから離れた。
そして2体のアスプと正対した。
大好き!……とはいかないが、今までのような大きい嫌悪感はない。
普通に見る事は出来る。
念の為、アスプたちを、じ~っと凝視もしてみる。
何とか、平気である。
身体は強張らず、震えもない。
修行は上手く行った!
大成功だ!
「リオネル様! だ、大丈夫です!」
「OK! じゃあ、第二段階へ行きますよ、ヒルデガルドさん」
「だ、第二段階?」
「アスプの数を増やします」
「え!? アスプの数を増やす!?」
「はい! 更に8体出して、計10体にします」
「えええ!? じゅ、10体!?」
いきなり難易度ア~ップ!
10体もの蛇に、果たして自分は耐えられるのだろうか?
大いに心配である。
ここで、ハッとヒルデガルドは気付いた。
全く同じ方法で、改めて修行をすれば良いのだと。
「分かりましたわ! ……リオネル様、再び失礼致しまあす!」
笑顔のヒルデガルドはそう言うと、リオネルに思い切り飛びつき、
ぎゅ!ぎゅ!っと、抱きしめていたのである。
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