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第566話「まるで勉強中の子供が、新しい知識を得たような喜びようなのだ」

リオネルとヒルデガルドは食事が終わった後、移動し、官邸玄関前に居た。


ふたりの周囲には同じく移動したイェレミアス、

そして事務官、武官、使用人たちが控えている。


オーク討伐に出撃する、リオネルとヒルデガルドを見送る為である。


何人かの事務官、武官はヒルデガルドの単独行を再び止めた。


だが、ヒルデガルドは全く聞き入れず、イェレミアスもあっさりと許したので、

それ以上何も言えなかった。


リオネルは先ほど、魔獣兄弟ケルベロス、オルトロスを召喚。

転移魔法で、作戦実施地点、オークの占領地域へ送ったところである。


……しばし経ってから、ケルベロス、オルトロスから念話が来た。


魔獣兄弟からは、一時期、仰々しい敬語を使われていたが、

リオネルは以前通りの言葉遣いを命じていた。


『聞こえるか、(あるじ)よ、転移した先と周辺にオークどもは居ない。まあ、居ても、我とオルトロスが居れば、あちらから逃げるだろうが』


『ああ、リオネル様よお、兄貴の言うとおりだぜ。オークどもは凄く離れた場所から遠巻きにし、こちらを(うかが)っているようだ』


『了解! ふたりともお疲れ様! じゃあ、これから、ヒルデガルドさんとともに転移するよ』


リオネルと魔獣兄弟ケルベロス、オルトロスとの念話のやりとり。


傍から見るヒルデガルドは、リオネルが無言で自問自答し、

ただ頷いているようにしか見えない。


「あ、あの、リオネル様」


「はい」


「先に転移させた魔獣ケルベロス、オルトロスと連絡は取れましたか?」


「はい、取れました。ばっちりです。彼らは誤差なく目的地点へ無事到着し、異常はなく、オークどもは、とても離れた場所から遠巻きにしているそうです」


「な、成る程。念話も見事なのですが、それ以上に凄いのは、リオネル様は本当になんの差し障りなく、荒ぶる魔獣とコミュニケーションが取れる事ですわ」


「はい、ケルベロス、オルトロスとは全く普通に話せますよ」


リオネルが事もなげに言うと、ヒルデガルドの表情が暗くなる。


「……私は念話をおじいさまほど上手く使いこなせませんし、召喚魔法も苦手です。自分の才能のなさに嫌気がさしますわ」


対して、リオネルは柔らかく微笑む。


「ヒルデガルドさん」


「は、はい!」


「そう思ったら、少しづつでも前に進むよう努力しましょう、愚痴るだけで諦めたらそこで終わりです」


「は、はい! リオネル様! 少しづつでも前に進む、愚痴るだけで諦めたらそこで終わりですよね!」


「そうです! 愚痴る暇があったら日々勉強! 千里の道も一歩よりです! 俺もず~っとトライアルアンドエラーで、薬草採集から始まって、試行錯誤しながら、こつこつやって来ましたし、これからもそうですよ、いっしょに頑張りましょう!」


「は、はいっ!! が、頑張りましょう!」


熱く語るリオネルの励ましを聞き、ヒルデガルドの表情が一転、明るくなった。


底知れない力を持つ、全属性魔法使用者(オールラウンダー)のリオネルでさえ、

最初はこつこつ薬草採集に励み、恐る恐るスライムを討伐していたのだ。


そう思うと、ヒルデガルドの気持ちは軽くなるのである。


「さあ! 出発します! イェレミアスさん、ヒルデガルドさんをお預りします。無事にお戻しするよう、精一杯努めますよ」


イェレミアスは、リオネルとヒルデガルドのやりとりを優しく見守っていた。


リオネルならば、愛する孫娘を託す事が出来る。


心からそう思う。


「はい、リオネル様、ウチの孫娘を何卒宜しくお願い致します」


「了解です。事務官、武官の皆さんも、後を宜しくお願い致します。では行きます!」


ぴん!

とリオネルが指を鳴らせば 、その瞬間、ヒルデガルドとともに、

その姿は跡形もなく、消え去っていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


リオネルとヒルデガルドが、官邸から一気に転移したのは、

イエーラにおいて魔境と国境を接する、

オークどもに占拠された地域のとある場所。


ふたりの目に前には、広大な草原が広がり、

大中小、様々な大きさの岩があちこちに点在している原野だ。


遠くを見やれば、とがった形の高い山々が連なっていた。


地図に記載された通りの地形であり、

先に転移したケルベロス、オルトロスの魔獣も警戒しつつ控えている。


どうやら誤差は生じず、ぴったりの位置へ転移が出来たようだ。


魔獣兄弟が報告した通り、安全は確保されているようであり、

付近にオークの姿はない。


ヒルデガルドが昨日経験した転移魔法は、しょせん官邸内。


しかし、今回は都フェフから遥かに離れた場所である。


転移魔法の凄さを改めて感じ、気持ちが(たかぶ)るヒルデガルド。


「わあっ! リオネル様! やはり景色ががらりと変わりました! ほ、本当に! あっという間の一瞬なのですね!」


「はい、使いこなせると転移魔法は本当に便利ですよ」


「お、大いに同意致しますわ。アクィラ王国のフォルミーカから約5,000㎞もの距離なのに、たった1時間ほどで、おじいさまをお連れしていただいたのですものね」


「はい、でも俺は、まだまだ未熟者なので、さすがに5,000㎞を一気には跳べません。何回も何回も転移して、やっとイエーラまで来ましたので」


まだまだ未熟者?


どこが?


と突っ込みたいヒルデガルドであったが、

ここは敢えてリオネルに合わせる。


「な、成る程」


「はい、ただイエーラへ来る際、行使した転移魔法は、これまでの最長移動距離を300㎞ほど延ばし、800㎞にする事が出来ました」


「一気に300㎞ほど延ばし、最長移動距離が800㎞ですか……でもここは官邸から、もっと距離がありますわ」


「はい、そうなんです! ヒルデガルドさんのおっしゃる通りですよ。この場所は、ソウェルの官邸から約1,000㎞の距離ですから、更に200㎞も延ばす事に成功しましたよ」


「す、凄いです! 一気に1,000㎞も転移可能ですか!! おめでとうございます!」


「ありがとうございます。誤差もほぼないようなので、大成功です、やっと1,000 ㎞の大台に乗りました。でも!! 目標はもっともっと大きく10万㎞!! 遥かな先を目指しますよ!!」


満面の笑みを浮かべるリオネルだが、自慢げな態度は一切感じられない。


まるで勉強中の子供が、新しい知識を得たような喜びようなのだ。


リオネルは驕らず、誇らず、低姿勢。

研究熱心で、常に前向き……


地の精霊ティエラの言葉を思い出し、

ヒルデガルドは、「まさにその通りだ」と思ったのである。

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