第563話「孫娘のヒルデガルドは、一旦決めたら、よほどの事がない限り、納得しないし、頑として意思を曲げない」
翌朝……あてがわれた最上位ランクの客間で、ぐっすり眠ったリオネルは、
起床予定時間30分前の午前3時30分には起き、身支度をし、革鎧を装着。
入念なストレッチを行っていた。
決めた時間よりも早めに、余裕を持って動こうとするリオネルの癖だ。
既に討伐地域のデータは受け取っていた。
イエーラの魔物の害は主に北部に集中している。
この大陸の北部には『魔境』と呼ばれる未開の地があり、
数多の魔物が跋扈していたのだ。
リオネルに課せられた魔物討伐の第一弾は、
アールヴ族が最も忌み嫌う魔物、オークの討伐である。
ヒルデガルドの話はこうだ。
……イェレミアスが旅立ってから、約10年後。
魔境と国境を接する地域にオークが大量発生。
大群を為し、穀物を食い荒らすいなごのようにイエーラへ侵入。
地域の住民へ、乱暴狼藉の限りをつくすという。
勿論、ヒルデガルドは、そのままオークどもの乱暴狼藉を許していたわけではない。
討伐隊を送り、その都度撃退していたのだが、何せ数が多く、一向に減らない。
また、形勢不利になるとオークどもは魔境へ逃げ込んでしまう。
オーク以外にも大量の魔物を相手にする、
アウエーでの戦いは避けたいという事もあり、ヒルデガルドは深追いさせなかった。
その為、決定打を与えられず、ず~っと、いたちごっこの様相を呈していたのだ。
イェレミアスは、何故早く連絡し相談しなったのか?と、
ヒルデガルドをたしなめたが、「祖父の力を借りたら、自立出来ない」と言われ、
愕然としていた。
「自分に頼らず、配下と協力し、事にあたれ」と言い残した事が、
いたずらにヒルデガルドを縛っていたのだ。
現状と経緯等……話を聞き、リオネルはオーク討伐を快諾した。
今やドラゴン、巨人をも圧倒するリオネルにとって、オークなどは雑魚。
以前オークの王オークキング、上位種オークジェネラルを倒したリオネルは、
オークの物理攻撃を全て無効化するギフトスキル、
『オークハンター』の称号を得ていたから、尚更無敵だ。
そこまで詳しくリオネルは、話さなかったが……
いくらオークの数が多くとも、上位種が居ても討伐に何の支障もない。
なので、状況によっては魔境へ攻め入り、奴らの本拠地を突き止め、
オークの群れを統括する上位種が居たら、討ち滅ぼすと告げたのである。
そうこうしているうちに午前4時となり、近づいて来る気配がある。
リオネルは苦笑した。
やはりというか、近づいて来たのは現場への同行をお願いした、
事務官、武官ではなかったからだ。
扉がノックされる。
とんとんとん!
「リオネル様、おはようございます! 午前4時ですよ!」
「はい、おはようございます。もう起きていますよ、ヒルデガルドさん」
「そうですか。ではお仕度をするまで、私は廊下でお待ちします」
「いえ、もう支度は終わっています。すぐに出られますよ」
「分かりました! では、朝食を摂りに、私と一緒に大広間へ参りましょう!」
ヒルデガルドの声は美しく凛としている。
相当、張り切っているようだ。
「分かりました、じゃあ今、出ます」
リオネルは苦笑したまま扉を開け、廊下へと出たのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リオネルが部屋の外、廊下へ出ると、ヒルデガルドがひとり、
満面の笑みを浮かべ、立っていた。
「ヒルデガルドさん」
「はい!」
「本当に貴女が同行するのですか?」
「はい! 私ヒルデガルド・エテラヴオリが単独で、リオネル様のオーク討伐に同行させて頂きます! その方が話が早いと思いますわ!」
真っすぐで、迷いのない意思を表す声。
しかし、リオネルは言う。
「……分かりました。でも事務官も護衛の武官もなしで、同行するのがヒルデガルドさん、ただひとりというのは、いかがなものかと」
そんな懸念を示すリオネルに対し、
「いえ! 再度確認したところ、彼ら彼女たちも、他にたくさん仕事を抱えていて、とても忙しいのです。確認の為の現場立ち合いならば、やはり私ひとりで充分ですわ。ちなみに護衛も不要ですよ。自分の身くらいは自分で守ります」
息をもつかず、一気に、きっぱりとヒルデガルドが言う。
ここまで理詰めで言われたら、リオネルが反論する余地はない。
「そうですか」
「はい! リオネル様がおっしゃる通り、物事は効率的に進めましょう! おじいさまには、リオネル様がご依頼された、開拓用原野のリストアップをして貰いますから」
昨日は、底知れぬリオネルの力に、圧倒されっぱなしのヒルデガルドであったが……
一夜明け、自分のペースを取り戻したようである。
祖父イェレミアスは、イエーラへ来る前、こう言っていた。
「孫娘のヒルデガルドは、一旦決めたら、よほどの事がない限り、納得しないし、頑として意思を曲げない」と……。
確かに……その通りであった。
昨夜、ヒルデガルドがオーク討伐の単独同行を申し出た際、
リオネルは反対したが……
その時も、彼女は全く受け付けてくれなかったのだ。
加えて、リオネルが再び翻意をするよう自分へ告げて来るのも想定し、
いろいろと考え、手を打っていたようである。
ヒルデガルドが、「えいっ!」とばかりに、華奢な拳を突き上げる。
「さあ! リオネル様! 朝のお食事をしながら、現地の地図をもとに、作戦と段取りの相談を致しますよ! 私とともに参りましょう!」
「はあ、分かりました……」
まだ夜が完全に明けぬ早朝なのだが……
異様にテンション、モチベーションの高いヒルデガルドにいざなわれ、
リオネルは朝食が用意されているという、大広間へと向かったのである。
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