第525話「いえいえ、どういたしまして」
地上へ戻るより、このフォルミーカ迷宮で暮らす方が、断然面白い……
そう、問いかけ、話し終えたリオネルは、ゴーレム……イェレミアスに対し、
「……どうでしょうか?」
と、問いかけた。
「………………………………」
対して、イェレミアスは答えず、しばし、無言であった。
「………………………………」
同じく、リオネルも話を打ち切り、無言。
これはイェレミアスへ『答え』を催促する『沈黙』であった。
「………………………………」
「………………………………」
更に無言の応酬が続いたが……
先にしびれを切らしたのは、イェレミアスである。
「……なあ、リオネル君」
「はあ……」
「質問に質問で返し、申し訳ないが……」
イェレミアスは、リオネルの問いかけに答えず、尋ねて来る。
「君は……これからどうするつもりだね?」
対して、リオネルの答えは決まっていた。
ここでリオネルの記憶も甦る。
今回は、151階層から300階層の依頼と地図の作成という依頼を受けていた。
しかし、人間族未踏フロアの探索という超高難度の依頼であり、
完遂のリミット、未達成に対してのペナルティはない。
そんな事を思いながら、リオネルは言う。
「はい、イェレミアスさん、先に申し上げた通り、この先の151階層へ降りるべく探索します」
「ふうむ……」
「但し、ひとつだけ、いやふたつお約束します」
「何? 約束? ふたつ?」
「はい、イェレミアスさんの生活を脅かすような行為は絶対にしませんし、探索で得た秘密も基本的には厳秘とし、やたら明かさず、どうしてもという際、難儀する人達を助ける為に使います」
「むうう……」
「……ついてはイェレミアスさんには、ご協力いただけたらとは思いますが、もしも無理であれば、自分のキャパ内で探します。結果、ダメならダメで、地上へ戻りますから」
「………………………………」
「……という事で、今夜は俺、ここでキャンプを張り、食事をして寝ます。今、答えが出せないのなら、明日の朝7時までお待ちします。時間までに回答を頂けない場合は、探索を再開します」
「………………………………」
「俺からの話は以上ですが、……イェレミアスさんからは、何かありますか?」
質問に対しての回答はなかったが、敢えてリオネルはこだわらない。
会話中、ず~っと微笑みを絶やさなかったリオネルがそう言うと……
「……くくく、ははは、あはははははは!」
ゴーレムを介し、イェレミアスは大笑いしたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どうやら、イェレミアスは覚悟を決めたというか、
開き直り、腹を括ったようである。
「分かったよ、リオネル君。君を我が家へ招待しよう」
『我が家』というのは、フォルミーカ迷宮の管理機能があるイェレミアスの住居であろう。
「それはどうも……ありがとうございます」
「うむ、もし私が協力せずとも、底知れぬ術者の君は自力で、この迷宮の秘密と真実に迫るに違いない」
「……はあ、イェレミアスさんにお褒めいただくのは光栄です」
「ふむ……」
「まあ、探索が上手くいかない可能性もありますが、その場合は、単に地上へ戻れば良いと思っていますがね。このフォルミーカ迷宮の探索ではレベルも十分に上がり、得たものも多いですから」
「うむむ、割り切っているなあ……君には完全に負けた」
「はあ」
「淡々と話す落ち着き払った君を見ていると、必要以上の警戒心にかられ、ひとりで力んでいる私が愚か者のように思えて来るよ」
「………………………………」
自身をひどく卑下するイェレミアスに同調し、その通りですよね?などと馬鹿な事をのたまうほど、リオネルは空気読み人知らずではない。
無言をしばし戻した後、
「いやいや、イェレミアスさん。ご警戒されるのは当たり前で、ご心配は尤もですから。そんなに悲観されない方が良いと思います」
リオネルはそう言うが、
片や、1,000年以上は生きていると思われる経験豊富なアールヴ族。
こなた、たった18年しか生きていない人生経験未熟な人間族。
両者は生きた時間と経験は比べ物にならない。
だが……関係なき第三者がはたから見れば、
泰然自若とした人間族の小僧たるリオネルが、
遥かに格上の術者『大物』『大器』に見えてしまう……
イェレミアスは、自分と相手を客観的に比べて見て、そう実感したのである。
ひどく落ち込むのも無理はない。
「ふうう……では、リオネル君はこれから、我が家へ来るのかな?」
そんなイェレミアスの問いかけに対し、
「ありがとうございます。でも今日の今日はいきなりでご迷惑だし、明日以降で伺おうと思います」
きっぱりと言い切るリオネルは、ちらと転移装置のストーンサークルを見た。
「ちなみに……ここで、キャンプを張り、このままお待ちすれば宜しいでしょうか?」
「う、うむ……この場で待っていてくれ。午前8時頃、迎えに行こう。いろいろ気遣って貰い、本当に済まないな」
「いえいえ、どういたしまして。それと明日はこんなに護衛をつけません。……そうですね。せいぜい3者くらいにしておきます」
「分かった。何から何まで、気遣い痛み入る……」
こうして……
余裕しゃくしゃくのリオネルは、最後まで自分のペースで話をし、
イェレミアスの協力を取り付けたのである。
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