第506話「何でもありなリオネルの能力を目の当たりにして、圧倒されているに違いない」
……やがて、ムラマサを伴ったリオネルは、ヒュドラが居る沼地へ到着した。
密林の奥にあった広大な沼は、真っ黒に濁り、ガスのようなあぶくが噴き出ている。
やはり瘴気と毒を吐き散らしたのだろう。
沼地は、悪しき気配と猛毒に満ちていた。
リオネルとムラマサを見たヒュドラは、
ぐはああああああああああああああ!!!!!
と、威嚇するように咆哮した。
誰もが死に至る大気の中で、ヒュドラは沼地の奥で戦闘態勢を取っている。
巨大なヒュドラを目の当たりにして、ムラマサは大いに驚く。
ちなみにヤマト皇国の古文書によると、ヤマタノオロチは、
谷を八つ渡るほどの大きな体で、その表面にはコケや杉が生えていたと記載されていた。
それは少し大仰過ぎると、ムラマサは考えている。
しかし、リアルな現実としてヒュドラにまみえると、
まさにヤマタノオロチが現れたと感じてしまうのだ。
『おおおおお!! さっきのドラゴンもでかかったが、でかい! 本当にでかい! そして、首こそ1本多いが! まさに、こいつこそっ! 我が聞き及んだ伝説の! ヤマタノオロチだああっっ!』
大興奮のムラマサが言う通り、リオネルが改めて見ても、
さすがにヒュドラは巨大であった。
加えて、以前に遭遇した個体より、ひと回り大きい。
鋼鉄の如く硬い、黒色の鱗に全身が覆われた胴体は、
長さ25m近く、高さは15m弱はある。
……首はこれまた、同じ黒色の鱗に覆われた、
蛇と言うよりも竜に似た頭部を持っている。
ヤマタノオロチが首8本なのに対し、ムラマサの言う通り、
ヒュドラの胴体からは、太く逞しい首が9つ生えていた。
真ん中の首が飛び抜けて大きく、5mは超えており、他の首の倍はある。
この首こそが、古代の英雄さえも殺せず、
仕方なく岩を敷いて封じたとされる、不死の首だ。
そして各々の首には、爬虫類独特の冷徹な目を持つ、殺気に満ちた顔が付いていた。
更に顔の半分以上を支配するような大きな口があり、
鋭い牙の間から、異様に長く真っ赤な舌がうねうねと踊っている。
しかし2度目の遭遇で、既に倒した事もあり、リオネルは全く動じない。
リオネルが落ち着いているので、ムラマサも興奮が収まって来たようである。
『おい、リオネル、あれは、人間の屍か?』
『ああ、そうだな』
……ムラマサの指摘通り、リオネルが戦った時同様、
沼地の手前には、いくつも人間の骸骨が転がっていた。
……いつの時代、どこにでも、自分自身を分かっていない者は居る。
己の力量をわきまえず、命と引き換えにヒュドラへ挑んだ犠牲者達であろう。
ごはああああああああああっっっっっ!!!!!
ヒュドラが、再び轟くように吠えた。
真ん中の首が、大きく息を吐いた後、耳をつんざくような声で咆哮したのだ。
すると、他の首達も続いて、
かああああああああっっっ!!!
かああああああああっっっ!!!
かああああああああっっっ!!!
大きく開いた口から、まるで霧のような、沼と同じ色をした、
黒色の液体を大量に吐き散らした。
これぞ!
ヒュドラが吐き散らす猛毒と瘴気である。
身体を毒と瘴気でおおわれ、息も毒と瘴気、体液も含め、全てが毒と瘴気、
これこそがヒュドラの武器なのだ。
この毒と瘴気は解毒が不可能と言われていた。
近付くだけで、大抵の者は倒れてしまうのである。
しかし、ムラマサを腰へ差したリオネルは、全く平気で、
微笑みながら腕を組み、立っていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ムラマサは破邪の力を持つインテリジェンスソードだ。
刀身は無機物の魔導鉄鋼、さやは強化魔導樹で造られている事もあり、
毒、石化、麻痺、呪い等々、邪悪な力は一切受け付けず、効果はない。
ただ、ヒュドラが放つ、おぞましい瘴気、猛毒の恐ろしさを、
ムラマサは、ひしひしと感じている。
身体を腐らせるだけでなく、即座に死へ至らしめるだろう。
そのムラマサが感じる限り、
新たに主となったリオネルの肉体は生身である。
平気でヒュドラと対峙しているが、大丈夫なのだろうか?
先ほど、リオネルから、既にヒュドラを倒したと聞きながらも、
ムラマサは少し不安となった。
『おい、リオネル』
『何だ?』
『我も感じるぞ……ヒュドラの放つおぞましき瘴気、強烈な毒が辺りにたっぷりと、この辺りに満ちている。お前は生身のようだが、平気なのか?』
ムラマサの問いに対し、リオネルは即座に答える。
『ああ、平気だ。俺は最高位の強力な防御魔法を習得している。以前、故国の迷宮で習得し、様々な魔物の特殊攻撃を実戦で身に受けた』
『ほう!』
『全ての攻撃は無効だった。このヒュドラの瘴気、毒もだ』
リオネルは、究極の防御魔法『破邪霊鎧』を習得していた。
具体的には言わなかったが、ムラマサは納得したようである。
否、何でもありなリオネルの能力を目の当たりにして、圧倒されているに違いない。
『そ、そうか……』
『ああ、俺に特殊攻撃……毒、瘴気、麻痺、混乱、睡眠、石化、呪い等は全て無効だ』
きっぱりと言い切るリオネル。
『ふうむ……やはりお前は恐るべき魔人だ』
しかし、リオネルは魔人という突っ込みを華麗にスルー。
『ムラマサ、それよりも、お前の先ほどの疑問を種明かししよう。ヒュドラを倒すぞ』
そう、ムラマサはリオネルがどうやって不死たるヒュドラを倒したのか、
知りたがった。
『う、うむ! 宜しく頼む!』
修羅の戦いの中で、主のサムライとともに在ったムラマサは、
リオネルの神髄を知るチャンスとばかりに、気合が入ったのである。
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