第464話「ありがとう! 充分気を付けるし、絶対に油断はしない」
六つの足と甲羅を持つワニのようなドラゴン、タラスクスの口へ、
貫通撃付きの強力な岩弾を撃ち込み、一蹴したリオネル。
……引き続き、地下121階層の探索を続ける。
リオネルは、道がなく倒木等でまっすぐ進めない複雑な地形の密林、
ごつごつした巨石だらけの岩場、砂漠、あらゆる地形の踏破にも完全に慣れ、
次々とクリアしていく。
そして、ある方角から異様な『瘴気』を感じたリオネルは、慎重な足取りとなり、
ゆっくりと当該地区へ接近した。
補足しよう。
瘴気とは……
病気や体調不良を引き起こす『悪しき大気』の事をいう。
あるいは、汚染された土地から生まれた『悪しき水』だとも。
またある魔法学者、歴史研究者、術者等は、
冥界もしくは異界から漏れ出た、人間に害為す邪悪な大気や水だと主張するのだ。
瘴気……悪しき大気を吸った者、悪しき水を飲んだ者は身体のバランスを崩し、
病気や体調不良をもたらすと考えられている。
また瘴気を吸って病気を患った人間も、瘴気の発生源になるらしい。
このように人間や普通の動物にとっては有害な瘴気だが、
魔族や魔物は体内へ吸収しても害を及ぼす事は少ないという。
却って瘴気の無い人間界よりも、異界に棲む魔族や魔物がパワーアップする傾向が多く見られる。
そして瘴気は、人間を操る、人間を魔物化する、人間を不死化する、などの悪しき作用を合わせ持つこともあるらしい。
ちなみに、破邪霊鎧の効果効能により、
リオネルには悪影響を及ぼさない事は、実戦を兼ねた修行により、既に何度も実証済みである。
さてさて!
リオネルが気になり……近づいた地区は、
常人あらば反吐が出そうな物凄い悪臭を発する、広大な湿地帯であった。
こういった悪臭もリオネルは、破邪霊鎧の効能効果で耐性が生じるのも実証済み。
しかし、鼻孔に忍び込む悪臭はけして心地良いものではない……
……この周囲に立ち込める瘴気はそこから発生しているようだ。
また、その湿地帯には、大きな岩と砂の原野が隣接しているという、
不可思議な地形でもあった。
飛翔魔法で湿地帯を飛び越えたリオネルは、原野へ向かう……
その原野でリオネルが目撃したのは…………
完全に白骨化した、おびただしい竜の死骸であった。
「おいおい、ここって……いろいろ話を聞いたり、本や資料で読んだ事はあるけど、もしかして……竜――ドラゴンの墓場か!」
誰も目にした事はないという伝説、この世界のどこかにあると伝えられる、
竜――ドラゴンの墓場。
誰も知らない世界のどこかに、無数の骨が散らばる無情な風景の境地があると、
これまた魔法学者、歴史研究者、術者等は言うのだ。
自身の死期を悟った竜は自身で墓場に向かい、死に際を見せないと言われていた。
その伝説の境地が今、リオネルの目の前に広がっていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
長居はしようとは思わない。
しかし、後学の為、記憶に留めておこうと、リオネルは荒涼とした竜の墓場を、
ゆっくりと探索する。
いつものように肉声の独り言で、自問自答する癖が出る。
「う~ん。竜の墓場って、人間の造った整然とした墓地とは、やはり違うなあ……」
「……あちこちに無造作に死骸がある。でも墓場って、弔う者が居なければこういうものなのか」
「もし俺が死んだら、弔ってくれる家族は居るのか? まあ、俺には、新たな人間の家族が出来るのかさえ、分からないからなあ……」
「仲間になってくれたケルベロス、オルトロスの魔獣兄弟は冥界の住人だ。もしかしたら、俺は死んでも彼らと、こうやって冥界を旅するのかもしれないぞ」
そのケルベロス、オルトロスの魔獣兄弟、火の精霊サラマンダーに擬態したファイアドレイク、1mの鷹に擬態した鳥の王ジズ、そしてアスプ20体は……
この竜の墓場を含め、近辺を巡回していた。
ケルベロス、オルトロスの魔獣兄弟が、念話で話しかけて来る。
『主よ。この辺りは濃い瘴気が立ち込め、人間を害そうとする邪悪な念がこもる。不死者や亡霊が好む場所だ。充分に気を付ける事だな』
『ああ、兄貴の言った通り、ここはまるで冥界の僻地のような場所だぞ。まあ、油断さえしなければ、主には全く問題ないぜ』
ファイアドレイク、ジズ、アスプも「注意するよう」念話で思念を伝えて来た。
対して、
『ありがとう! 充分気を付けるし、絶対に油断はしない』
とリオネルは返事を戻した。
……冒険者になる前のリオネルなら、この竜の墓場は勿論、人間の墓地でさえ、
怯えて身体がすくみ、足を踏み入れるなど不可能だったに違いない。
しかし、冒険者となってから数多の経験を積んだ。
仕事の一環として、墓地の夜間警備、様々な不死者討伐等も、
何度となく経験し、クリアした。
……それらの経験則が裏打ちされ、自信となっている。
だから今のリオネルは泰然自若且つ全く隙が無い。
加えて『隠形』『忍び足』で、すっ、すっ、すっ、と空気の如く進む完璧な探索だ。
それまで全く異常はなかった。
と、ここで突如。
リオネルの行く手、少し先に横たわる白骨化した巨大な竜の死骸が、
ぎしぎしぎし!と音を立て、ゆっくりと起き上がったのである。
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