第三話『お客様は公爵令嬢』
あの事件から、さらに五年。
五歳の誕生日以降、前世の記憶が戻ったイーグルは、王位継承権を双子の兄であるアルバトロスに擦り付ける為に色々と動いた。
前世の記憶が戻った為、どういう行動が跡継ぎに相応しくないかが解るイルは、それはもう問題児のような行動をとる事を増やした。
宿題は適当にし、出さない事も増やし、さぼる。貴族のマナーに関しては前世が多少裕福だったとはいえ平民でそんなマナーなど知らない為、マナーの授業にだけはきちんと出ているが、その他の習い事もさぼる様になり、当初アルバトロスよりも優秀だという評価は徐々にではあるが、確実に落ちていく。そして、それとは対照的に、貴族の模範として愚直に行動していたアルバトロスは皆からの評価が上がっていった。
そして、アルの評価が上がるにつれて、王位を継ぐのはアルバトロスだと判断し甘い汁を啜ろうとアルバトロスに着く臣下も現れ、アルバトロスを神輿として担ぎ上げ自分の立場を良くしようと画策する者が増えた。その為、王位を継ぎたくない為にわざと問題行動を起こしているイルは、そう言った連中にとっては良い反面教師として使う道具となっている為、徐々にではあるが、兄弟の関係は溝が出来つつあった。
そんな中、今日もイーグルは習い事である算術の授業を抜け出して、中庭で寝転がって空を見上げていた。
「アルには悪いけど、優等生でいてくれなきゃな、自分で思うのも嫌味ったらしいけど、俺が本気出しちゃうと十歳のアルが俺にかなうわけないもんなぁ… だって、前世の分も考えると軽く知識チートだ… 見た目は子供! 中身は大人! を地で行くからな… つか、今更、分数だの掛け算割り算だのは無いわ… まぁ、王族だから貴族のマナーはやっぱり必須だし、さぼれないけど… あと、不思議なのが、どう考えても日本じゃないのに文字も言語も前世と一緒なんだよな。和製英語とかカタカナとかも有るけど、それ含めて全部前世で慣れ親しんだモンばっかだし… 時代背景と文明となんか色々がチグハグなんだよなぁ… そう、なんか… ゲームみてぇで気持ち悪い… まぁ、魔法が有るのは普通に嬉しいけど。」
そんな事を考えていると、ふと誰かが近づいてくる気配を感じ、寝ているふりをする為に目を閉じる。すると、光を遮る様に目の前に人影が下りた。
「イル… ダメでしょう? 習い事をさぼっては…。」
「母さんか? よくここが解ったね。」
呆れたように声を掛ける自分の母親に、悪戯が成功した子供のように笑って目を開ける。
「前に父さんに継承権の話を断られたからね、実力行使さ。」
「そんな昔の事を… もぅ… そんなに嫌なの?」
困った様にため息を吐き、寝ているイルの横にそっと腰を下ろすロアンヌ。
王妃であるロアンヌが直接地面に座った為、着いて来ていた侍女が慌てて走り寄り、着いた汚れを魔法で綺麗にすると敷物を引いて下がっていく。
自分の行いに侍女が困ってしまった事を理解したロアンヌはペロッと小さく舌を出し、しかれた敷物の上に腰を下ろした。
当然の様に魔法を使われた事に物心ついたばかりの当時、と言うか前世の記憶が戻った当初は驚いたものだが、そう言う世界なんだろうと納得し、むしろ魔法が有る事にときめいたのは言うまでもない。
「もっとやりようがあるでしょう?」
「父さんや母さんは解ってくれるからいいけどさ、大多数の人間は目に見える事でしか判断しないからね。だったら進んでバカになれば、皆は自然にアルを王位継承権第一位に推すんだよ。」
「もぅ… そんなやり方何処で覚えたの?」
「前世。」
「馬鹿言ってないの。ほら、戻りましょう、今日は二人に紹介したい人がいるって言っていたでしょう?」
ふざけていると取られる返答をしたイルのおでこに、ロアンヌはコツンと軽く握った拳を下ろし。握った手を広げると、そのままイルの頭を撫でながら話を続ける。
「そう言えば言ってたね。父さんや母さんだけじゃなくって俺達もって事は、それなりに大事なお客さんって事か…。」
「そう言う事よ、特に貴方達二人にはね。」
「俺達?」
「兎に角ほら、立ちなさい。」
何やらはぐらかされたと感じつつも、イルはロアンヌに抱き起される。
抱き起されたイルは恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。
「母さん、俺、もう十歳… 自分で立てるよ。」
「あら、何才になっても、私の可愛い子供だわ。」
そう言って照れるイルの手をロアンヌは握ると、手を繋ぎ城の中へと向かって歩き始めた。
その後は、母さん付きの侍女の目もあり、習い事をさぼる事も出来なかったイルはふくれっ面のままアルと一緒に午後の習い事を終える。
「…今日は逃げられなかったようだな。」
「ったく… あの場所… 母さんに教えたのアルだろ? 横になってたら見つからない良い場所だったのに。」
「さぼる貴様が悪い。」
刺々した態度で双子の兄アルバトロスはイルの愚痴を切って捨て、そんなイルは軽く睨みながら恨み言を言い、あの可愛かったアルは何処に行ったんだろうと小さくため息を吐く。
「あ、そう言えばアル。今日くるお客さんの話、何か知ってるか?」
「知らん。父上も母上も会うまでの秘密だと教えて下さらなかった。」
コレで会話は終わりだとでもいう様に真っすぐ無言で歩くアルと、並んで歩き待ち合わせ場所である応接室へ入室する。部屋の中にはすでに父親であるホークと母親のロアンヌがソファに座り仲良く雑談を楽しんでいる様だったが、二人が入ってきたことに気付くとロアンヌは笑顔で自分の隣に座るよう促し、二人はそれに従うと静かにソファに腰かける。
「それで、母さん、今日くるお客さんって? 俺達にも関係あるって言ってたけど。」
「そうねぇ、もうすぐいらっしゃるから、その時まで待ってね。」
「しかし、王族である我々を待たせるというのは感心しないですね。父上。」
「そもそも私達が勝手に速く待っていただけだ、あちら側に落ち度はない。」
アルのそんな言葉に、若干の選民意識が芽生えてきていると感じたイルは顔をしかめる。自分が奔放に振舞っているせいで大臣などがアルにアレコレと吹き込んでいる事は知っているが、まだ自分は一応は10歳の小僧の為、知らないふりをしている。恐らく父も気づいているとは思うので近い内それも含めて相談しようと考えていると部屋のドアをノックする音と共に執事のオウルの声が室内に響いた。
「旦那様、ブルボン公爵家の方がいらっしゃいました。お通ししても宜しいでしょうか?」
「通せ。」
「失礼致します。どうぞ、陛下と王妃殿下、両王子殿下がお待ちです。」
オウルに案内され入ってきたのはブラウンの長い髪の毛を後ろで纏めたポニーテールの似合うダンディーと、長い金の髪を緩くウェーブさせたナイスバディの女性と、その女性をそのまま小さく幼くしたような少女が現れた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。陛下。」
「よい、セピアート。我から無理を言ったのだ、楽にせよ。シルベーヌ公爵夫人も久しいな。息災であったか?」
「はい、陛下。この度は、身に余る栄誉を賜り誠にありがとうございます。」
「あぁ良い良い、それよりも表向きのあいさつはそれ位にして座ってくれ。」
入室したダンディが軽く頭を下げ挨拶をし、隣に立つ女性もカーテシーをし挨拶をすると、間に挟まれていた少女も母親の真似をするように慌ててカーテシーを行う。そんな三人をホークは笑顔で迎え着席を促すとにやにやと笑いつつ髭を弄ぶ。
「で、返事は?」
「ホーク… 私だけの時は良いが妻と娘がいる時は表向きのままで頼む。」
「む? 相変わらず固いなセピアートは、お主と我との間柄であろう?」
「はぁ… 幼馴染でも、公私は分けろ。まぁ良い、娘を連れてきたのがその返事だという事で構わない。」
お互い気安いように話始めアルが唖然としていると隣に座るロアンヌから小声でフォローが飛んできた。
「セピアート公爵は陛下の幼馴染なの、まぁ私の兄でもあるのですけどね。」
そう言うと、ロアンヌも目の前の女性に話しかける。
「久しぶり。」
「お久しぶりです、王妃殿下。」
「私もそう言う堅苦しい事は嫌だわ。昔みたいに呼んでくれないのかしら?」
「もぅ… お義姉さまもお元気そうですわね。」
四人が軽くあいさつを交わすと、お互いが示し合わせたように自分の子供たちを紹介する流れとなった為、挨拶を促されたアルは立ち上がると右手を胸に当て挨拶を始める。
「アルバトロス・プリスです。公爵家の皆様、よろしくお願いいたします。」
なんとも無難な挨拶をし、アルは座る。そんなアルの挨拶に素っ気なさをイルは感じたが、次は自分の番だと立ち上がって挨拶をする。
「イーグル・プリスです。セピアート公爵、シルベーヌ公爵夫人、そして小さな姫君、これからも良くして頂けると嬉しいです。」
まさか自分に向けて迄あいさつをされるとは思わなかったのだろう、公爵夫妻に挟まれた少女はイルの微笑みに頬を染め、その様をアルは面白くなさげに見る。
「(イルめ…、アレでは王族としての威厳も有った物ではないではないか…。)」
そう、アルが内心で毒づいていると目の前に座っていた少女が立ちあがり再びカーテシーをする。
「わ、私、エリーゼ・ブルボンと、も、もうしましゅ、す!」
緊張しているのか嚙みながらも挨拶をする少女に、アルは感情のない表情で、イルは笑顔で答えた。
「よろしくね。」
「あぁ。」
赤面して座ってしまう少女エリーゼを微笑ましく見ていると、その視線に気づいたのかエリーゼはイルに視線を向けニッコリと恥ずかしそうに笑った。
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逆もまた然りなのですが…