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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第19章
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第3部19章『回帰』4

 アルファブラ城の上で成り行きを見守っていた大将にもホルスにも竜巻が迫った。様子がおかしいと気づいた大将は塔から離れて滞空し、竜巻と風の乱舞をどうにか逃れながら事を見極めようとした。天空大隊長ホルスはすっかりおそれをなしてしまっている。臆病なのではないが、鳥人らしい別の基準でこの異変を受け止めているのだ。

 そこへ、もう1人のお目付け役がやって来てこう言った。

「誰かの仕業だ。自然の風ではない」

振り返ると、全身を鱗で覆っている蜥蜴のような男が懐手をしたまま険しい顔で浮かんでいる。何度見ても、大将はこの竜人の姿にドキリとさせられた。

 ホルスはこちらと関係なしに街の上空を飛び回り始めた。自軍のパニックを抑える為であるが、彼自身も相当に取り乱している。それは放っておいて、2人は話を続けた。

「大魔導士が風を操っているのだろう」

「人間にこの級の奴がいるのか?」

「……わからんぞ。今度の天使は術力優勢なのかもしれんし」

お互いの目がキラリと光った。

「……何処かにいるはずだ。探せ」

そう命じて、竜人は城の周囲を旋回し始めた。背の翼で羽ばたくと、この嵐の中では鳥達に同化してあまり目立たない。

 立場上、上役であるはずの大将も、竜人に対しては強く出ることができず、ただ苦虫を噛み潰したような顔をして都を飛び回り始めた。


 少年は、この風がただの自然発生の賜物ではないことに気づいた。炎が原因なら、炎が風を起こし、風が炎を煽って互いに勢力を伸ばしていくものだが、この風はひたすら炎を従えて、何者よりも優位に立っていた。風が主役だ。

 天の助けか? こんな技を使える人間を、自分は知らない。優秀な術者団総出で立ち向かっているのだろうか? だとしたら、20人以上の玄人が結束して、かなりの訓練を積んでやっているとしか思えない。

 少年は度々振り返って様子を確かめながら傾斜を登っていった。竜巻は衰えることなく猛威を振るい、鳥の軍団はこっぴどくやられている。

 吹け! 吹け! もっと吹け! 連中を負かして退散させろ!

 生来の勘で、この風が紛れもなく自分達を味方するものであると理解しているから、少年の顔には徐々に笑みが浮かんだ。


 風を起こすことは、確固たるイメージを描くことに似ていた。しかも息を止めて。

 これまでに自然にそれを行ってきたソニアだったが、こんなに猛り狂わせたのは初めてで、今にも息切れして倒れ込みそうだった。

 この状況を利用してうまく人間が攻撃し、敵を追っ払ってくれるか、敵が風に屈して撤退してくれるまでは風を緩められない。戦士として体力が十分でないから、この戦法が使えることは有り難かったが、心の疲労も影響しており、ここまで強く巻き起こすのにはかなりの精神力を消耗した。

 これ以上、馬鹿げた侵略戦争の為に――――――あんな皇帝の企みの為に、人々の命を失ってはならない! 生活を奪ってはならない!

 ソニアは歯を食い縛り、やがて膝をつき、苦しさに喘いだ。


 少年の頭上を、これまでとは違う影が過ったので、彼は足を止めた。何故違うと気づいたのかと言えば、翼のシルエットが異なっていたのだ。鳥のような流線型ではなく、蝙蝠のように爪を持つ尖った形状の肉質の翼だった。羽ばたき方も違う。

 そして、その姿を見た自分の胸がおそろしく高鳴ったことに少年自身がとても驚いていた。

 あれが何か、自分は知っているのか?


 天性の感覚と勘を持つ竜人は、求める者を探していて、ふと高台の豪邸が気になり、そちらへと向かった。都市の外れにあるので、そこは中心部ほど風の打撃を受けていない。

 鳥達はみっともなくうろたえて散り散りになっており、既に逃げ腰になっていた。中には『天罰だ』と叫んでパニックを起こしている者もいる。大隊長のホルスが部下と懸命にそれを宥めているが、あまり効果はないようだった。

 全く、鳥族という奴はやけに信心深かったりするから厄介なものである。天候の変異は、空を生きる彼らにとって啓示と受けとめるべきものなのだ。

 そもそも天使の出現という現象自体が天意であると捉えており、基本的にそれに逆らおうとはしないから、これまでの歴史の中でも鳥族がヌスフェラートに協力してきた例は数少ない。義理と礼儀の概念がとても強い種族なので、ヌスフェラートに借りのある者が返礼として求めに応じ、助力することがあった程度である。

 実は今回もそんな流れで1大隊を築き上げるに漕ぎつけたのだが、それもこれも皇帝カーンの絶対的な支配力の成せる技だった。200年ほど前に鳥族の一部族が疫病と飢饉に苦しんでいた折、ヌスフェラートの科学力と魔法力を多いに活用して彼らを助けたことがあり、その恩を返そうと、助けられた部族の戦士達が律儀に声かけを待っていたのである。その時から、皇帝は時が満ちて地上に進軍する際の援軍として彼らを考えていた。

 そんなわけで、本心では天罰をおそれている鳥達だから、義の為に己を奮い立たせて進軍してきたものの、このような変異にはすぐ動揺してしまうのだ。

 早くこの異変を止めなければ、やがてこの鳥共は撤退してしまうだろう。竜人は軽く舌打ちをして、再度豪邸に向き直った。やはりあそこが気になる。何かがいるのだ。

 竜人は豪邸上空にさしかかると、何度か旋回して居場所を特定しようとした。白亜の邸宅は敷地面積も広く、屋敷も広い。城に劣らぬほど大理石をふんだんに使用して、ここだけが何処も彼処も白くなっている。全体が白いだけにその他の色が目立ち、衛兵の点在や鳥の死骸や倒れている人の姿が散らばっているのがよく見えた。見えるのだが、どうも目的の人物の特定は難しい。

 だが、ここであることは間違いないとの確信だけは持てた。

 竜人は滑空し、外界の混乱にも関わらず優雅に水を吹き上げている噴水の広場に降り立った。

 現れた敵の所作がとても落ちついて堂々としており、鳥達とは少し違っていたから衛兵達の目に留まり、彼らはそれが鳥とは別の生き物であると知った。顔まで鱗で覆われた蜥蜴のような人物である。

 鳥人ですら殆どの人間が初めて目にする怪物だが、この蜥蜴はそれ以上の危険さを孕んでいた。目で確認できる距離に立っているだけで、ビリビリと伝わってくる特別な波動があるのだ。衛兵達は慄いた。

「――――――何者だぁっ!!」

竜人は人間のすることなど全く気にも止めず、意識すらしていないようで、ただ辺りを見回していた。衛兵には、その仕草は何かを探している様子に見えた。

 襲ってくる徴候がないので、衛兵達は距離を保ったまま竜人を囲み、警戒する。

 竜人は珍しく胸の高鳴りを感じた。

 ここにいる。間違いない。とても強烈だ。常ならぬ者の波が打ち寄せてくる。この街を守ろうという強い意志も伝わってくる。敵方であるのは明白だ。だが、特定できない。何故だろう。

 竜人は歩きながら、鼻で嗅ぎ分け耳で音を拾おうとする者のように顔を四方に向けた。衛兵達は邸内にだけは入れさせまいとして槍を向けつつ、己との距離が縮まるまでは手を出さずにいた。

 この怪物は何を狙って来たのだろう。ご主人やご夫人の命を取りに来たのかと衛兵達は考えるのだが、どうも雰囲気が違っている。もし主達の居場所を探しているのなら、屋敷の中に入ろうとするはずだ。そうなれば、命を賭けて阻止しなければならない。だが今の所は、屋敷の中よりも外にばかり注意を向けているようだった。


 少年は、どうしてもあのシルエットのことが思い出せなかった。必ず繋がりがあり、それもおそろしいほどに関わりの深い過去があるとの確信だけはあるのだが、何のイメージも映像も浮かんでこない。言葉や、シチュエーション、匂い、そんなものも過らない。

 これまでで一番、思い出せないことがもどかしく感じられた。すぐ其処に対象がいるのだ。思い出せるかどうかは、これからの行動を左右する、とても重要なことなのに。

 自分は姿を現さない方が無難であろうが、身を隠しながらあの人物から両親を守ることができるだろうか。自分はきっとあの人物を知っているのだが、思い出すことのできない今、どれほどの強敵かも解らずに、弱点も知らずに、どうやって両親を守ればいいのだろう。逃がすことくらいしかできないのではないだろうか。

 とにもかくにも、少年は姿を隠しつつ斜面を登って、丘の頂上部を目指した。


 肉体の力を失ってはいたが、感覚は鋭くそのまま残っているソニアは、何者か強力な存在がこの高台にやって来たのを感じていた。早くも悟られてしまったようだ。

 できれば風の操作は止めたくない。慣性のお蔭で、今起きている嵐を維持する方が新たに起こすよりは各段に楽だからである。姿を隠しながら操作を続けられればいいのだが、これだけの嵐を起こしつつ、同時に今から身を隠す場所を探すのは非常に難しい。必ずどちらかが疎かになってしまうだろう。

 嵐を止めて逃げるか、見つかることを覚悟で続けるか2つに1つだ。

 見つかれば、この姿形で先日のハイ・エルフの姫とバレてしまうだろう。そうなればあの村に危害が及ぶかもしれない。戦の邪魔をしたことへの返礼として、あの村が攻撃されるおそれがある。そんなことはできない。

 ソニアは、変化術や流星術、飛天術で身を守ることができない己の不便さを呪った。そして嵐が弱まることをおそれつつも、慎重に目を開けて体を動かし、何処かもっと確実に身を隠せる場所がないかを探った。

 場所探しをしながら風の操作をするのとは、何て難しいことなんだろう。全く異なる2つの展開をするイメージを頭の中で思い浮かべ、それを維持するようなものだ。そのせいで、どうしてもソニアの動きは緩慢になり、ゆっくり、ゆっくり、一足ずつ進んで行った。

 邸内は開放感のある作りの為、隠れ場所には恵まれていない。だだっ広い庭園に石の彫像や観賞木が植わっているのみで、整然としていることが売りなのだ。本来防戦を考えれば、ソニアのような遠距離攻撃に長けている戦士は見通しが利く場所の方が戦い易いのだが、今は逃げる側だから、折角の広場も真逆の役割を果たしてしまっている。

 何処かにいい隠れ場所は……?

 風が若干弱まる。竜巻の大きさが細り、威力が減退していく。止まってはならない。

 そうして探すうちに、ソニアはみっしりと葉を生い茂らせている潅木の山に行き当たった。これも観賞用で赤い小ぶりの花を咲かせているが、枝にも葉にも棘が沢山あって、近づき難い。

 トライアにも咲いている、防犯にも使われる植物だ。崖の上など、侵入者を防ぎたい場所に植えていることがある。花の色が赤いのは、棘に刺されて流した美少年の血を吸った為という伝説があるほどだ。隠れ場所向きではないが、今はこれくらいしかないと思われた。

 ソニアはマントで身を守りつつ潅木の中に体を押し入れていき――――枝が柔らかに撓むので、折れずに元に戻る――――棘にマントを引っ掻けながらも、どうにかこうにか奥にまで入り込んで身を屈めた。葉の密生度と枝振りからは想像できないくらい内部には空間があって、長身の体躯であるソニアも楽に身を隠すことができた。幹は太くて、枝分かれの回数が少なく、先端近くになって急に枝分かれを増やしているタイプの植物だ。

 ソニアが入った後は葉が重なり合って目隠しになった。外から見れば、中の様子は判らないだろう。感覚でこちらの居場所を見つけた敵ならば、この場所もすぐに見つけてしまうのかもしれないが、ひとまずの避難先としてこれ以上は望めない。

 隠れ場所を決めたソニアは、改めて目を閉じて集中し、風の勢力を復帰させた。

 去りかけたに見えた嵐が再び猛威を振るい始めたので、鳥達は天の怒りがまだ納まっていないのだと喚いた。


 竜人はまだ力の源を特定できずにいた。常人ならぬ波動が、この敷地の複数箇所から発せられている気がしてならないのだ。しかも離れた所におり、個々に動いている。

 相手は1人ではなく、2人以上なのだろうか? 人間にそんな者が2人以上もいるだろうか?しかも同じ土地に。それとも――――――人間ではないのか?

 竜人は胸を高鳴らせたまま、衛兵達の尖った視線を撥ね退けるようにして整った庭園を歩んだ。

 邸宅内に入る様子がないので、衛兵達の訝りもますます高まっていく。来訪者の目的が何なのか、少しも見えてこない。

 竜人の直感としては、その気配のどれもが彼の来襲を悟って警戒し、身を隠そうと移動しているようだった。

 何だろう。非常に気になる。この嵐や鳥達の撤退よりも、この気配の正体を解明する事の方がずっと重要に思えてくる。こんな国など、何度でも繰り返し攻撃してやればいい。いずれ落ちるのだから。だが、この気配は今後ずっと自分の障害になる可能性を秘めている。もっと、ずっと、手強くて厄介な存在だ。

 天使なのか?

 その考えに行き当たって、竜人は一度立ち止まった。ブルンと肩を震わせる。恐怖ではなく、武者震いに近い。近いというのは、喜びだけでできていない感情だったからだ。

 もしこの気配が『天使』だったならば、先日遭遇したあの人物である可能性がある。が、ここにあるエネルギーは複数だ。となれば、1人だけでなく、2人以上の『天使』が現世に存在していることになるのだ。この自分がそれだと言われており、先の英雄アイアスが同時期に誕生したことすら珍しいことなのに、この上まだこの世にいるとなれば、現代は『天使』の祭りである。

 それとも――――――

 英雄アイアスには天使としての役目があったのに、同じ天使である自分が邪魔をして彼を葬ったことにより欠員ができて、その穴を埋めるべく新たな戦士が天より遣わされたのだろうか。

 複数いるというのは、また簡単にこの堕天使に殺されてしまわぬよう、2人組みでタッグを組んで登場したのだろうか。

 そう考えると、自らの行いに一片の迷いもないとは決して言えぬ竜人の心は、ささやかながら動揺した。

 この自分を戒める為に神の如き存在が現れるのでもなく、天罰を与えるのでもなく、ただ何事もなかったかのように天使だけを増員しているのだとしたら、天とは何と強かで冷淡な存在であろうか。アイアスの敗北などで少しのダメージも被っていないことを示すのに、これ以上効果的なことはない。

 竜人は黄金色の瞳を細め、苦々しい顔をした。

 アイアスには何の恨みも憎しみもなかった。憎いのは、天だ。天への挑戦の為に、彼は同じ宿命の者を陥れた。天が少しも揺らいでいないのだとしたら、それこそ彼にとって腹立たしいことである。どうすれば、憎き天に、神に挑戦できるのだ。

 ふと、竜人は暗い熱から冷めた。まだ何も判明していないのに、先走ったことを考えたと思い、頭を軽く振って探索を再開した。


 少年は、斜面を登り切った所で木陰から辺りを窺っていたところ、誰かがフラフラと屋敷の方からやって来て潅木の中に身を隠すのを見つけた。マントとマスクで身を覆っており、姿はよく見えない。あの存在から身を隠そうとしているのだろう。敵ならあんな行動はしないから、人間のようだ。怪我でもしているのだろうか。

 少年は潅木に近づいていき、そのルートから屋敷に寄ろうとした。

 すると、右側の通路を壁伝いに、ずっと向こうから人間ではないものがやって来るのが見えた。先ほど見かけたあの人物らしい。遠目に見ながらも、それが蜥蜴のような姿をした者であることが判った。

 それでも、まだ何も思い出せない。

 少年は遭遇の危険だけは避けようとして、ルートを変更し左手に曲がって行った。あの人物がそのままやって来れば、潅木に隠れた人間が見つかってしまうかもしれないから、気になって何度か振り返り様子を窺った。

 蜥蜴人間は、何かを気にするように立ち止まったりしては方角を考えている。

 少年は多少の撹乱にはなるかもしれないと思い、大胆に動いた。ここは勝手知ったる自分の家だ。秘密の抜け道まで全て心得ている。南側の壁に伸びている蔦を手掛かりに2階のテラスへ登り、そこから中に入った。窓が割れているので、開く手間もなかった。

 邸内は大混乱だ。衛兵に行き会わぬようすぐに天井に登ったが、それまでの一瞬で見た廊下の有り様は酷いものだった。硝子や陶器が散乱し、壁に亀裂が走り、血が擦れている。隈なく探索すれば、そのうち敵味方双方の死骸に行き当たるだろう。

 彼が入り込んだ天井上は、防音と温度調節を兼ねた空間で、1階と2階の間に子供が這って進める程度の隙間ができているのである。強度を確保し、侵入者の活動を困難にさせる為に迷路状になっているが、彼には何処をどう通ればどの部屋に行きつくか、よく解っていた。ここを通れば、両親がいると思われる避難場所にも行ける。

 少年はスイスイと天井の通路を進み、記憶の中では随分と時間が経っているようなのだが、通路に塵が少ないのを見て取って、定期的に管理者が煤払いを行っているらしいことを知った。自分もその名目で何度かここに入っているのだ。

 ほどなくして、彼は避難場所の真上にまでやって来た。戦う衛兵達の声と、鳥達の金切り声、戦いの衝突音が伝わってくる。部屋の前で攻防が行われているようだ。まだ両親は無事なのだろう。

 侵入を防ぐ為に、避難部屋には天井から入ることはできない構造になっている。小さな穴も、そこから吹き矢でも打ち込まれてはならないから、全く別ルートで換気用の穴が壁に設けられているだけだ。

 だから少年は天井に耳を当てて中の様子を探った。時折話し声が聞こえる。1人きりでなく、何人かでいる証拠だ。両親は無事らしい。あの軍が撤退するまでこの部屋を守ればいいようだ。あの嵐が続いてくれるよう、少年は願った。

 外の混乱のせいで屋敷内に入り込んでいる敵も減ってきたらしく、通路の守りは衛兵達だけで今の所十分なようだ。そのまま天井でジッとしているのも無駄なので、少年は来た道を戻って手近な所から外に出た。


 竜人は、あまり動かなくなった1つの気配より、盛んに動き回るもう1つの方が気になった。そちらの動向を探ろうとして立ち止まってしまい、近い方の気配の正体を確かめるのが遅れてしまう。

 急ぐことより、時間より、もう1つの気配に感じられるものが彼を引きつけていたのである。この感覚に彼は覚えがあったのだ。

 竜人はどの種族よりも、その者が持つエネルギーの特性――――言うなれば「気」や「オーラ」と称される波動から相手を判別する能力に長けている。虫族の場合はフェロモンという一種の香気から相手を記憶したりするが、それと同じくらい細かく分類して、ほぼ間違いのないくらい正確に個人を識別できるのだ。指紋が、誰1人として同じものを持たないように。

 竜族の感性で見ると、もう一方の気配はいるはずのないある人物と酷似していた。2つ目の方にも少し接触した記憶はあるのだが、おそらくすれ違ったり、ほんの少し側にいたことがあったりする程度で、よくは判らない。

 だから、どうしても誰かに似ているこの気配の方が圧倒的に竜人の心を引いた。

 なぜならば、この気配に纏わる事情について竜人は少なからず罪悪感を持っているからである。

 都市を大嵐が襲い、鳥が撤退するかもしれないことなどすっかり忘れて、竜人はもう1つの気配を追った。今は屋敷の中を出入りしている。そして反対側の庭園に移ったようだ。

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