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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第16章
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第3部16章『孤島の宮殿』7

 扉の向こうは小部屋で、床も壁も天井も火成岩をタイル状に張った造りになっていた。温泉の熱がここにまで伝わってくるのか、素足で歩いても温かさを感じる。

 奥にあるもう1つの扉を越えると、嵐とは異なる種類の水音が耳に入る。源泉が滝となって流れ落ちるドボドボという音のようだ。そこは手前の小部屋よりやや広い部屋で棚が片方の壁に設けられており、その上に籐篭が3つある。その1つにタオルが積まれていた。

 ソニアは棚の前でドレスの紐を解き、水色のシルク生地を滑らせて足下に降ろした。完全に濡れてしまっているドレスはクタリと一塊になる。それを拾い上げて空きの籐篭の中に入れ、形見を入れた巾着は濡れないように別の篭に入れ、戦士仕様の下着も脱いで同じ篭に入れ、全裸となった。

 こうして自分の足がよく見えるようになると、思いの外、ほんの短時間で足が少し細くなったように見えた。腕も、今更ながら気づいて見れば、二の腕と肘から先の隆起が少なくなっている。本当に筋肉が萎縮してしまっているようだ。

 触って確かめている仕草を見て、ポピアンも気づいたようだった。

「……驚いた。ちょっと見ない間に痩せちゃってる。あいつのせいなのかしら……?」

このままではいけない。自分は戦士なのだ。剣を握る手を、力を、失ってはならない。

 ソニアは相変わらず不完全な足取りでゆっくりと進み、奥の扉を開けて中に入った。

 浴室内部は、この状況にあっても彼女の関心を引き、驚かせるほどの造りになっていた。空間中が湯煙に覆われているので見通しがきかないが、流れ落ちる水の響きだけでも、その奥行きの広さが窺える。普通の部屋よりは確実に広くて、食事をしたあのダイニングくらいは軽くありそうな様子だ。

 扉の先はまず石の階段で、ソニアは一段一段を慎重に下りながら辺りを見回していった。一番下も一面火成岩の床で、脱衣場より温かくてポカポカとしている。どちらが奥なのか判らないので、壁伝いにぐるりと周ってみた。

 壁からは魔獣の彫像が何体も首から上を突き出して、口から源泉を吐き出している。それが小さな滝となって贅沢に床に落ち、飛沫を上げていた。落ちた源泉はそのまま流れて、浅くて緩い川のようになっていた。

 ソニアは魔獣の真下まで行き、そっと小滝の中に腕を入れてみた。熱くて気持ちのいい湯が、雨風で冷えた腕を温めてくれる。水圧の刺激も心地良かった。彼女はそのまま身体も入れて、肩や背を滝に打たせた。ベッドでの眠りよりお茶より、今はこれが一番気持ちいいようだ。体にも良いような気がする。

 ソニアは頭からも源泉を浴び、全身を洗い流した。

 トライアでも湯浴みをすることはあるが、それは数日に一度のことで、大抵の日は川や湖、或いは兵舎の水場で汚れを落とすのが殆どだった。水を汲んで大量の薪で湯を沸かさなければならないので、数日に一度でも多いくらいであり、それは職業柄高級取りの彼女だからこそできることなのだ。平民ともなれば、もっと稀である。他のことでは贅沢をしない彼女も湯浴みだけは大好きで、本当は毎日したいところなのだが、平民の暮らしを考え、抑えて数日に一度にしているのだ。だから、こんなに大量の湯がある風呂など、夢に見たこともない。アイアスとの旅の期間や、その後の生活の中で温泉が湧く火山地帯に関りを持つ機会が全くなかったので、これが初めてなのである。

 相変わらず不安と切迫感はあるのだが、心の一部はこの設備にときめいていた。ただの川水を温めたのとは少し違う、独特の匂いがする。これが話に聞いたことのある温泉というものなのだろう。ソニアは両手に湯を溜めて、じっくりと見てみた。ほんの少しだけ白濁している。

 今度はもう少し壁伝いに回ってみると、小さな噴水のようなものがあった。腰掛けられる構造の縁に座ると、細かな飛沫が体に降りかかるようになっている。魔獣の小滝とは違った刺激で体を温められそうだった。

 そして、2つの壁の長さから大体の空間の広さが判ったところで中央に向かって進んでみると、とても浅い波が足下に打ち寄せてきた。その先に浴槽があって何処からでも入ることができ、そこから溢れているのだ。階段状に深みに行けるようになっているらしい。

 対になっている翼獣像が正面の階段脇に控えて、ルビーの瞳を輝かせていた。一番の深みは白濁によって見通せず、どのくらいの深さがあるのか定かではない。どうやら立式の浴槽のようである。こんなに大きくて見事な浴槽はこれまで見たことがなかった。これなら馬だって象だって楽々入れるのではないだろうか。

 浴槽中央には島があり、台座の上で四足の魔獣が実に勇壮なポーズで足を広げて咆哮している。その口からは滾々と源泉が吐き出されていた。

 ここなら、水音のお蔭で小声くらいは掻き消えそうだ。それに、水が薄く濁っているのは都合がいい。

「…………ここ、いいわ」

ソニアが初めて囁いた独り言を、ポピアンは聞き逃さなかった。

「ここで入れ替わるのね? 確かに巧くいきそうだわ」

ソニアはゆっくりと段を下り、浴槽の中に体を沈めていった。奥に進むほどに深さが増していく。これ以上下がらない、という所にまで来た時、長身の彼女でも胸まで湯の中に浸かっていた。普通の人間の娘だったら足がつかないだろう。この深さは有り難い。

「……思いがけずここに案内されて、ラッキーだったかもね。それじゃ、このお湯の中で入れ替わりましょう。これだけ濁ってるから、中で何かしても監視役には分からないと思うわ。ソニアが潜ったら、まず雲隠れの帯を手渡すから、それを体に巻き付けてね。それを見届けてから、あたしは変身するわ。その時、できるだけ同時にソニアも姿を消して。やり方は簡単よ。ソニアは呪文が使えるから、要領はすぐ掴めるはず。《姿を消したい》《透明になりたい》って念じるだけでいいから。一度姿が消えれば、後は《姿を現したい》《見せたい》って思わない限り、効果は持続するわ」

ソニアは魔獣像の下にまで進み、口から溢れ出る滝の下に立った。目を閉じて湯を浴びる。源泉は熱いが、耐えられないほどではない。こんなに大量の湯の中で立っているなんて夢のようで、腕を大きく掻いて手触りを楽しんだ。こうしてみると、温度以外の刺激は少ないまろやかな肌触りの湯だ。そして、一度滝から離れて顔の水気を手で拭った。

「変身したら、あたしはすぐにこの浴槽を出るわ。ソニアは暫くその像の下で隠れててね。いくら透明でも、水に大きな穴ボコができてたら怪しまれちゃうから。あたしが着替えて外に出て行くまでは、ここで待っているのよ。監視があたしにくっついて来るまで動かない方が無難だからね。監視が騙されてあたしにくっついて来たら……後は見つからないように、なるだけ早くこの宮殿の外を目指して。暫くはその姿でいることになるけれど、落ち合う時には着替えを持って行くから、それまで辛抱して頂戴。ソニアが宮殿を出たことが判ったら、私も行動に移るわ」

ソニアは淡く白濁した湯を両手に掬い上げ、指の隙間からキラキラと零れ落ちていくのを、目を薄くして見つめた。手の中の湯が全て無くなると、ふと、その手に僅かな重みを感じる。見えない小鳥を載せているような感覚だ。

 ソニアは微笑み、ほんの一瞬、時が止まったような感覚に包まれた。湯煙が漂い、水面がゆったりと煌く。水飛沫はまるで真珠のように弾け、あらゆる音は遠ざかっていった。

 ソニアは両手をそうして広げたまま、大きく息を吸い込んで膝を折り、湯の中に一気に体を沈めていった。湯の中は白濁の為に見通しが利かない。熱さで顔が痺れる中、ソニアは片手で湯を掻いて体を沈め続けた。上から見ても彼女の姿はほんの少ししか判らず、しかも水の揺らぎで、ますます水底の像は歪んでいた。

 ポピアンを感じていたもう片方の手に何かが触れ、その後、数回叩かれるのを感じる。帯を渡してくれたらしい。ソニアはその感触をそっと握り、自らの手の中でそれが大きくなって帯が現れたのを確かめた。

 すぐに帯を腰に巻きつけ、手前で二度結んだ。

 これまでのポピアンより、ずっと大きな影が目の前に膨らんでいくのが判る。ソニアは急いで姿を消すよう念じた。姿を見せ巨大化したポピアンは、逆にソニアの影が水中から掻き消えたのを認めた。

それは、揺らぐ水面下での、ほんの一瞬の出来事だった。

 ポピアンは勢いよく顔を出して息を吐いた。胸から上の姿は、紛うことなき濡れたエルフの姿だった。見事にソニアに成り変わっている。

 ポピアンがざっと見渡した限りでは、ソニアの姿は何処にも見当たらない。指示通り魔獣像の下で滝の裏に隠れているらしい。

 ソニアの方は滝を通して、そこに自分とそっくりそのままの人が出現しているのを見て、仰天していた。アイアスやゲオルグが本性を隠す為に魔法で姿を偽るのを見てきたが、よく知る誰かの姿に似せるのは見たことがない。何て凄い技なんだろうと、改めて心底感心させられた。

 ポピアンはくるりと向きを変えて浴槽から出て行き、一番上まで段を昇った所で、頭を左右に振って軽く水気を払った。ルピナス色の長い髪は、濡れて艶めかしく体に纏わりついた。

 そのまま振り返りもせずに、ポピアンは脱衣場を目指してスタスタと歩き、石階段を昇って湯煙に姿を薄らせながら扉を開いた。そして、後から来るソニアの為に扉をわざと半開きにして、その向こうに消えていった。


「――――――あっ……こ……これはソニア様! 随分とお早いお上がりでございますね! 失礼致しました!」

脱衣場には着替えを用意しているガルデロンがいて、突然やって来た女主人に大層驚いて、すぐに出て行こうとした。

「いいのよ。ごめんなさい、驚かせて。すぐに温まったから、もう十分なの」

 ソニア姿のポピアンは、用意された大きなバスタオルを手に取って体を巻き、もう1枚で腕や頭を拭いた。ガルデロンは自分もタオルを手にして彼女を拭くのを手伝い、特に髪を念入りに包んで水気を切った。

 そして粗方済んだ後で、「外でお待ちします」と言って退出して行った。その様は、後でゲオルグにお叱りを受けるのではないかとハラハラおそれているように見えた。

 ポピアンは、籐篭に用意された新しいドレスを品定めした。朝ソニアが注文した通りの、裾丈が短くて軽いドレスだ。白いワンピースの上に、空色やライラック色の薄布が幾枚か重ねられ、釣鐘草の花を上から被っているかのようなスタイルだ。それを手早く着用して腰の所でゆったりと細紐を巻き、形見の巾着を首に下げると、まだ髪が濡れたままで外に出た。

 またもやガルデロンが慌てた。

「こちらでは、御髪を乾かされないのですか?」

「えぇ。私、風で乾かすのが好きなの。何処かいい所はないかしら」

「はぁ、かしこまりました。それではお部屋に戻られて、そこで如何でしょう。外は嵐ですから、魔法で温かな風をご用意致しますので」

「えぇ、それはいいわね」

ポピアンは少々笑って見せた。彼女が先程より落ちついているらしいので、ガルデロンは徐々に安心していった。

 彼も、道々の番人も誰も、2人が入れ替わったことに気がついていない。ポピアンはそうして、少しでも早く浴場から離れようと通路を進んで行った。あまり急に元気になってもおかしいので、急ぐなりに少々頼りなげな足取りを演出しながら。


 魔獣像の下で滝に隠れたままのソニアは、もうそろそろいい頃だろうかと思いつつも、慎重に行動するべく浴槽の中に留まっていた。たった今の入れ替わりの儀式で興奮した余韻を味わい、また、本当に行動に移せた安堵感で落ちつきが甦ってくる。

 そして、透明になった自分の観察に夢中になった。ポピアンは自分が透明になったと判断して出て行ったが、果たして本当に周りから姿が見えないのかは判らない。何故なら、自分には今も自分の姿が見えているからだ。

 だが、よく見てみれば体の表面をうっすらと青い光が覆っていることに気が付いた。これが証拠なのかもしれない。エルフや妖精の魔法は大変に便利なようだから、自分で簡単に確認できる術を設けているはずなので、これがきっとそうなのだろう。

 試してみるまで解らないから心配していたのだが、もし自分自身のことさえ見えなくなっていたら、どの辺りに自分の手があるのかなどは感覚でしか解らなかっただろう。そこにあるはずの自分の体が見えなかったら、とても奇妙だったに違いない。本当に、自分が生きて存在して実体のある者なのかさえ疑わしく思えてくるはずだ。そんなことを数日もやっていたら、おかしくなりそうだ。だから、こうして自分のことを視覚的に確認できることは有り難かった。

 そうして透明効果の証拠でもないかと確かめているうちに、ふと、ポピアンが出て行った扉に目が行き、ソニアはギョッとして固まってしまった。扉のすぐ上の天井から、何か黒いものが姿を覗かせているのだ。湯煙でくっきりとは見えないが、目を凝らしてよく見れば、間違いなく魔物のようだった。

 黒いものは、ゆらゆら蠢くチューブ状のものを幾本となく髪の毛のように纏わりつかせており、全体像がもし球状ならば、その半分を天井の向こうに残したままで顔を覗かせている。

 まだ動かずここに留まっていて良かったとソニアは思い、早鐘を打つ心臓の鼓動を感じながら、その黒いものを凝視した。

 塊の中心には巨大な目のようなものが1つあり、それがグリグリと盛んに動いて、そこら中を見回している。その動きの速さといったらない。その虹彩は動脈血のような、鮮やかで毒々しい真紅に輝いている。

 チューブ状のものも、ずっと見ているうちに、それが蛇であることに気づいた。何百という蛇が、黒い球体から生えているらしい。どのように生えているのかまでは判らなかった。何ておそろしい姿なのだろうとソニアは思った。

 いつかアイアスに教えてもらった魔物のうち、視線の魔力で相手を石に変えることができるというものにとても似ていたから、これがそうなのだろう。

 その魔物は辺りに注意を払った後で、天井から更に下がって残る体全てを曝け出した。やはり球状だ。そして宙に浮かんだ状態で蛇の数本を腕のように伸ばし、ポピアンが半開きにしておいた扉をゆっくりと押し閉めた。そしてカチリとかみ合う音がすると、すぐに浮かび上がってまた天井の中に姿を埋め、通り抜けて何処かに消えてしまったのだった。

 ソニアは長いこと硬直したまま、そこから動き出すことを心身共に躊躇った。あれが、ポピアンの言っていた《監視》なのかと驚き、ゾッとする。ゲオルグがあんなものを自分に付けていたなんて、おぞましく感じられて胸がむかついた。彼が愛によってそれらを行っているのだとは理解しているが、自分の意思に反して陰で行われているあらゆる事が、彼女には許せなかった。

 この束縛と萎縮から逃れなければ……!

 筋肉は萎えてしまっているが、感覚だけは鋭く残っている。ソニアはそのアンテナで、魔物がここから遠ざかって行ったことを感じて、ようやくその場から動いた。

 ソニアにはそう見えないが、彼女の姿は完璧に消えており、彼女がゆっくりと歩くと、水中に空いた無の空洞が移動して、その後に水の尾が引き、広がっていった。空洞が浴槽の階段に達すると、尾の波紋も更に広がって後に続く。

 空洞が浴槽から完全に消えると、今度は足の形に水溜りができて、ペタ、ペタ、と左右交互に連なり、真直ぐ階段にまで伸びた。そして階段には、ポピアンが先につけた足跡が段の1つ1つに残っていたので、それとなるべく重なるようにしながら、ソニアは上へと移動していった。

 脱衣場まで来ても、特に何も騒ぎは起きない。どうやら本当に巧く入れ替わって、監視やガルデロン達の目を誤魔化せたようだ。

 脱衣場の扉まで辿り着き、ソニアは念の為に耳を扉につけて中の物音を確かめた。何も動き回る音はしない。そっと扉を開けて中に入り、手を添えて音静かに閉めた。

 ソニアは体を乾かそうと、そこに残されていたタオルを手に取り、急いで体中を拭った。ポピアンが使った後のものだから湿ってはいるが、何もないよりはずっといい。物がなくなっていると怪しまれるかもしれないから、ソニアは使い終えたバスタオルは篭に戻して、後は自分の起こす風に任せた。穏やかに体だけを取り巻かせれば音も少ないし、この部屋はとても温かいから体が冷えず、心地いい。火成岩の熱で、タイルに落ちた水も比較的早く乾いていく。このタイルが脱衣場に使用されている理由がこれでよく解った。

 脱衣場の外には今も2人の番人がいるはずだから、どうやってそこを突破しようかと、ソニアは風を浴びながら考えた。

 そうしているうちに、やがて番人の方から扉を開けてこちらに入って来た。ソニアは息を潜めてジッとした。扉を開け放ったまま、2人共が中に入って色々とチェックをしている。どうやら、使用後にはいつもこうして点検をしているらしい。管理に神経を遣う繊細な設備なのか、或いは曲者が潜り込んでいないかを確かめるのだろう。

「オレは中を見て来る」

片方の番人がそう言って、武器を手にしたまま浴場の中へと入って行った。

 もう1人の方は脱衣場の至る所を見回して、乱れがないか調べている。残されたずぶ濡れのドレスとタオルはそのままにしていた。それらの回収は担当が違うか、触るなと言われているのかもしれない。

 そうしていると、急にその番人が動きを止めて鼻を鳴らした。そして、ソニアの立つ片隅に目をやった、匂いを嗅ぎつけたのだ。人間より嗅覚が鋭いらしい。濡れたのを乾かしている途中だから、肌や髪の香りが立ち易いせいもあるのだろう。

 ソニアはギクリと身構え、どんどん近づいて来る悪魔を睨んだ。この体調で戦うのは望ましくないが、必要があればそうするしかない。だが、ここで半端なことをすれば、すぐに騒ぎが起きるから、中の番人と合わせて2人共を静かに始末しなければならないだろう。

 ソニアは覚悟を決めて指先を揃え、いつでも手刀を食らわせられるよう身を沈め、胸に番えた。

 すると、悪魔はすぐ傍らの濡れたドレスとタオルの所で立ち止まった。人間より鼻が鋭いとは言っても、獣ほどではないらしい。ドレスとタオルから漂ってくる残り香と判断したようで、篭の中に顔を近づけて、もっと鼻を鳴らし、何だ、という顔をした。普段嗅ぎ慣れていない人種の体臭だから、気になりやすかったのだろう。

 そして特に問題なしと見て、その悪魔は浴場の様子を見に行った。

「――――――そっちはどうだ?」

2人共が湯煙の中に消えて行ったので、ソニアはホッとして構えを解き、手を下ろした。今がチャンスだ。ソニアは開け放たれた扉から外に出て行った。

 完全に体が乾いた訳ではないので、動くと髪も肌も冷えて体温を奪われたが、構っている暇はない。足跡がつくほどは濡れていないので、それで十分だった。まずはこの地下から出ようと、元来た通路を逆に辿って階段を昇った。

 ポピアンが何処へ行ったのかは判らない。兎にも角にも、外へ出る窓か扉を探すことが先決だ。ソニアは薄暗い通路を、足音に気を付けながら密偵の如く進んで行った。

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