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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第16章
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第3部16章『孤島の宮殿』5

 案内されたサン・ルームは天井の半分と三方の壁が硝子張りの造りで、広過ぎず狭すぎず、寛ぐのに適した大きさだった。晴れた穏やかな天候の日なら、実に落ち着く明るい空間なのだろうが、今は時折目も眩む青い閃光に見まわれる滝の中にいるようだった。リラックスはできないが、これはこれで趣がある。

 ソニアはソファーに凭れ、用意された茶と軽食のうち茶だけを口にして、目を瞑ったまま体を休めた。その様子をガルデロンが心配そうに見守る。

「お疲れでしょうか……? あまりお加減が優れないようであれば、ゲオルグ様に診て頂いた方がよろしいかもしれませんね」

「……そうしようかしら。すぐでなくてもいいから。他の部屋でもいいし。お願いするわ、ガルデロン」

彼はお辞儀をして直ちに退室していき、後の世話を別の暗鬼に頼んだ。

 すると、目を閉じているソニアの耳元でポピアンの声がした。

「……心配ね。それに、なかなか1人きりになれない……。私、ちょっとこの宮殿の偵察してくるから、暫く離れてるわ。戻ってきたら教えるわね。頑張って、ソニア」

体調がこのままでは、いざ戦闘が必要な場面になったら、とても対処し切れない。兄は自分の戦士としての能力を十分心得ているから、反抗できないように何か他の薬や術でも使っているのではないだろうか? ソニアはそう思った。

 だとしたら、なるべく飲んだり食べたりはしない方がいのかもしれない。でも、それは返って怪しまれるだろうか。どうすれば……。

 とにかく、彼の反応を見るしかない。そして、できる限りの説得を……。

 ソニアは薄っすらと目を開けて硝子窓の滝を見た。こうしていれば、突然の強光に目を痛めることもない。

 すると雷光がまた閃き、部屋の薄暗がりに立つ誰かの姿がパッと照らし出された。

 ソニアが驚き眼を見開いてそちらを向くと、そこにはもう誰もいなかった。

 目の錯覚だろうか? 薬のせいで? 一瞬のことだったが、そこに立って見えたのは、さっきの白い影と同じような姿をしていた。自分がガルデロンにうまく説明できなかっただけで、本当はこの宮殿にいる魔物の1人なのではないだろうか? それなら神出鬼没であっても納得がいく。

 だが、明確に姿を見ていないとは言え、ソニアは、あれは魔物のようではなかったと思った。自分のように長い髪を垂らしている娘だ。そんな気がした。でも、誰だろう?

 そんなことを考えているうちに、早くもゲオルグが現れた。ソファーに凭れている彼女の側へ急ぎ足でやって来ると膝をつき、目線を近くして顔を覗き込んだ。そして彼女の手をそっと取った。

「どんな具合だい?」

「……すぐ疲れるの。体がずっとだるいわ」

ゲオルグはソニアの頬に手を当て、それから首筋も触った。

「熱はないようだが……服作用がまだ続いているのかもしれない。ヌスフェラートや魔物を規準に作られた誘眠薬だから、お前には効き過ぎてしまったのかもしれないね。可哀想なことをした。軽い解毒剤を調合するから、それを服用して、早く残った薬を体の外に出してしまおう。今日はもう出歩くのを止めて、後はゆっくり休むといい」

そう言って、ゲオルグはソニアを腕に抱き上げた。彼女に震動を与えないよう、彼自身も僅かだけ宙に浮いて滑るように移動する。

「あそこでは休めんからな。ちゃんと横になれる所にしよう。部屋が用意できていればいいが、まだだったな」

「……ねぇ、お兄様。今、お忙しい?」

「仕事はあるが、それは後でもいい。どうしてだい?」

「……お母様やお父様のこととか……もっと話が聞きたいの。どうして皆、別々で暮らしているのかも」

「そうか……。そうだね、わかった。では、お前が横になって休む間、聞かせてあげるよ」

そうしてゲオルグは、南側のとある一室にソニアを連れて行った。カーテンが引かれ、雷光に目を刺されることなく過ごせる広い寝室だ。客用なのか普段は使われていないようで、家具類が少なく小ざっぱりとしている。だが埃を被っているようなことはなく、手入れが行き届いて清潔だった。

 広いベッドの上にソニアは横たえられ、彼の指示で部下が道具箱と薬品一式を持ってくると、その場で2、3種類の液体を混ぜ合わせて調合し、それを更に水の中に垂らした。そして、その水をグラスに入れて、ソニアに手渡した。全くの無色透明だ。

「さぁ、お飲み。ゆっくりでいいから」

彼への信頼を示さねばならないから、ソニアは仕方なくその水を口に含んだ。軽い苦味があるが、それほど抵抗なく飲めたので、3回の息継ぎで彼女はグラスを空にした。これが本当に解毒作用を持つことを切に願った。

 ゲオルグはグラスを受け取ると、道具箱と薬品を合わせて部下に下げさせ、戸も閉めて2人きりになった。そしてベッドに腰掛け、横になるソニアの額を撫で、髪を撫でた。

 ソニアは目を閉じ、深く息をつく。今の薬に軽い催眠効果でもあるのか、疲労した後で体を横たえるような心地良さがあった。

「……オレ達の両親のことは、本当のところはオレにもよくわからない。父上から聞かされていることを、ただ受け入れているだけだ。確かめようがないんでな。だから……オレが聞かされている話を、そのままお前に教えるよ」

ゲオルグは、眠りの妨げとならぬ程度の優しい力で、彼女の額や頬、髪を撫で続けてやりながら、同じように密やかな声で語り始めた。

「……父上は、ずっと昔にこの地上に仕事で来ていて、長期間滞在していたらしい。そこで、エルフの村の結界に近い森で母上と出会ったらしい。結界の中にはさすがに入れないから、母上が結界の外にいなかったら出会うこともなかったろう。普通のエルフはなかなか結界の外には出ない臆病な性格なんだが、母上は地下世界にも頻繁に旅する活発な方だったらしいから、そのせいなんだろうね。

 そうして出会った父上は、一目で母上に恋焦がれたんだそうだよ。そしてやがて、オレとお前が誕生した。

 だが、ちょうど母上のお腹の中にオレ達がいる時に、父上はおそろしいことに気づいてしまったんだ。母上は、異種族のエルフでありながら、皇帝カーンが密かに王妃にと求め続けていた相手だったんだ。その頃はまだ、ごく身近な側近達しかそのことを知らなかったから、父上は知るのが遅かった。

 この事を知れば、皇帝がどんな反応を見せるかは全く予想ができなかったらしい。最悪の場合は、母上諸共殺され、エングレゴール家も潰されてしまうのではないかと、危惧したそうだよ。だから、母上はもっと人目につかない所で暮らし、父上は地下世界に戻って、なるべく会わないようにしたんだ。

 そしてオレ達が生まれてみると、オレは生まれた時からこの通り、全くのヌスフェラート姿で……お前の方は未熟な状態ながらエルフの姿をしていたから、それぞれが暮らすのに自然な環境に連れて行ったんだよ。それでオレは地下世界で成長し、お前は母上の側でずっと見守られていたんだ。

 ……でも、何十年かしてオレのことが怪しまれ始めたから、やがて父上に連れられて、この地上世界にやって来た。それ以来、この宮殿でオレは暮らしている。

 オレはずっと母上が死んだと聞かされていて、双子がいることなんか全く知らなかった。本当は母上が生きていて、つい最近死んだと知らされたのは、ほんの十数年前なんだ。その時、お前のことも初めて知った。お前が見失われたから、探さなくてはならないと父上に聞かされたんだ。

 オレは……やっと見つけた家族だと思って、お前のことを探しに探したよ。そして……ようやくナマクア大陸で見つかったんだ。デルフィーで初めてお前に会った時、どんなに嬉しかったことか……」

ソニアはまどろみと現実の境を漂いながら彼の話を聞き、幼少期を過ごした地を懐かしく思いながら、潮の香りと海風を甦えらせていた。人伝に聞かされる話は美化に美化を重ね、眠りの国の作用もあって、どこまでも優しく穏やかに流れていく。

「……オレは、本当は、もっと頻繁にお前に会いたかったんだよ。叶うことなら毎日一緒にいたいと思っていた。父上は殆ど地下で暮らしているから、この世界でオレは、ずっと1人なんだ。地下に戻るのでもなく、父上と暮らすのでもなく、オレはこの地上でお前と暮らしたかった。

 だが……何処に皇帝の偵察の目があるか知れないから、お前の近くにいることは危険だったんだよ。特に父上に固く止められていた。それがなかったら……オレは我慢できず、もっと会いに行っていたかもしれないね。

 今……こうしてお前がこの宮殿いるのは……まるで夢のようだ。お前が望んだことではないのが心苦しいが…………どうか……解っておくれ」

彼女がどこまで話を聞けたかは分からず、もう静かな寝息をたてていた。

 ゲオルグは愛おしさに細めていた目をもっと薄くして、身を屈め、そっと頬に口付けした。ずっとここで彼女の寝姿を見ていたいが、すべき事があるので、彼は静かに部屋を後にした。

 ガルデロンはすぐ隣の部屋で待機しているだけで、部屋には他に誰もいない。その、嵐の音だけが伝わってくる静けさの中で、ソニアは深く霧の世界に入っていった。


 何かの夢を見た鮮明な記憶は特になかったが、ソニアはずっと霧で見通しの悪い道を歩き続けていたような感覚だけを覚えていた。ストーリーも脈絡もない、永遠の繰り返し。

 そこから目覚めかけ半覚醒の状態にある時、彼女は何者かの気配に気づいた。これ自体が夢なのではないかと思うほど、あやふやな意識の中ではあったが、誰かがベッドの周りを歩き回っている。そんな様子の衣擦れの音がした。ガルデロンか誰かが、仕事の為に立ち働いているのだろうとソニアは思った。

 だが、それとは違うことに徐々に気づいていく。

 その人はシクシク泣いているのだ。悲しげに、苦しげに、絶望的な呻きを押し殺すようにして、当て所もなく部屋中を徘徊している。

 瞼が重くて開けられないソニアは、その啜り泣きをただ聴き続け、ボンヤリと考えた。この声は女性だ。でも、この宮殿に女性がいるのだろうか? この人は、チラとだけ見かけたあの白い娘なのかもしれない。この人は、一体何がこんなに悲しいのだろう?

 口を開いて訊いてみようかと思うが、唇もまだ重くて、少しも動かすことができなかった。

 そのうちに覚醒は進み、体も動かせるようになり、ソニアは目を開けたが、その時にはもう衣擦れの音も啜り泣きもしなくなっていて、案の定、誰の姿も認められなかった。

 嵐の音が相変わらず外で続いている。風の悲鳴を、人の叫びと取り違えたのだろうか?でも、そうではないという確信が何故かにあった。誰かがここにいたのだ。

 そんな事があったせいか、体はまだ重かった。確かめたくてベッドから起き上がり立ってみるが、やはり、とても完全体とは言えない。彼女は寝起きのいい性質なので、いつもならベッドから出れば、すぐに戦える程に頭がスッキリとして、体も解れた。

 あの解毒剤のせいだか何だか知らないが、これは明らかにおかしかった。体の中で、何かが起きている。これが長く続くのは、きっと良くない。

「……具合、良くなさそうね。早く入れ替われるといいんだけど……」

耳元でポピアンの声がした。彼女の声もだんだんと沈んできている。まさか、彼女が泣いていた訳ではないだろう。

「色々調べたけど、あいつがソニアに何をしているのかは、よく解んないわ。使ってる毒とか薬のことまでは、あたしには確かめられなかった。でも、首を刺された時と食事と飲み物以外に、知らぬ間に盛られてることはないはずよ。あたしが見張ってたから。でも……何か良くないものが混ぜられてるのかもね」

ポピアンも同じように考えて、それなりに気をつけてくれていたらしい。姿を消して動き回っても、何かを掴むのは難しいことだろう。

「とにかく、ここは本当に広いわよ。戻って来れなくなると困るから、途中で調べるのを止めて引き返して来ちゃったくらい。警備が厳重で先に進めない所も幾つかあったわ。あの地下の城も凄かったけど、ここも大したモンね」

 その時、ソニアの目覚めを察したらしいガルデロンが、扉の向こうから呼びかけるのが聞こえた。ソニアはすぐに入室を許可した。彼は頼まれる前から水と茶を用意し、トレーに乗せて手にしていた。まだ眩暈のするソニアは、ベッドに腰掛けて彼を迎えた。

「……私、どのくらい休んでいた?」

「2刻ほどでございますよ。お加減は如何でございますか?」

「……あまり良くないわ」

「それは、よろしくありませんね……」

ガルデロンは心配そうにソニアの様子を見て、トレーの飲み物を勧めた。ソニアは少し考えてから、水のグラスを手に取り、口に含んだ。

「……ねぇ、ガルデロン、この近くに誰か女の人はいるの?」

「いえ? この宮殿にはソニア様以外の女性の方はおりませんよ」

「本当に? ……髪の長い白っぽい人も、誰もいないの?」

「さぁ……先程仰っていたことですね。そのような者は、ここにはおりませんよ」

ソニアは首を傾いで溜め息をついた。

「そう……おかしいわね。なら……気のせいかしら」

「……何か、ございましたでしょうか?」

「……ううん、いいの」

 ずっとこうしてもいられないので、ソニアは少しでもこの宮殿のことを把握しておく為に部屋を出た。いざ脱出という時に、宮殿外に出るルートが解らないのでは手間取るかもしれないからだ。姿を消して行動する予定とは言え、狭い通路で鼻の利きそうな魔物とすれ違うような危険は極力冒したくないものである。

「もう少しお休みになられては……?」

ガルデロンは慌てて後から追うようにやって来て、ソニアを気遣った。

「あまり横にばかりなり過ぎているのも嫌なのよ。体が鈍っちゃう。気分が悪くなったら、また途中で休ませてもらうわ」

「左様でございますか……。あまりご無理はなさいませんように。お休みになられたい時には、すぐにお申しつけ下さいませ」

 ソニアは次に、宮殿や島の全景が確かめられる地図のようなものはないか尋ねた。ガルデロンは島全体を表現した模型があると言い、模型のある部屋に彼女を案内した。南側から中心部に近い方へ移動し、また通路と広場を何度か通り過ぎる。

 トライア城では、暫く歩いていれば同じ所を廻るものだが、この宮殿内では通った覚えのある所に出たことは、まだ一度もなかった。通路の作りは何処も同じだから見分けがつき難いのだが、広場にはそれぞれ若干の特徴があるので、通れば彼女には判るつもりだった。だが、形状の違う噴水や小滝があったり、彫像があったり植物が生えていたり、階段の配置や形が違っていたり、柱の材質が異なっていたりと、2つとして同じ物を目にしていない。

 これでは尚のこと、脱出に手間取ることが予想されるから、内部構造を知っておかなければならないと思った。地図を見せろなんて、間違いなく怪しまれそうなお願いだが、相手が教えてくれるのならば拘っている場合ではない。

 程なくして2人は、水晶玉のオブジェが中央を飾る広場に面した部屋に到着し、ソニアはその中に招き入れられた。小振りの会議室風で、中央に大きな長卓が伸びている。その真ん中に半球状の硝子ケースに入ったミニチュアが据え付けられており、卓を海に見立てて、そこから浮き上がるようにして島の形がそのまま精巧に再現されていた。

 ようやく、今の自分はこんな所にいるのかとソニアは解った。島全体は、上から見ると台形の片側の角を歪に伸ばしたような形をしており、北側に小さな山がそそり立っている。形状からして火山らしい。そして、その山の麓より海岸に至るまで、宮殿や湖を除く地表部分のほぼ全域は緑で覆われていた。森の豊かな所のようだ。

 ガルデロンが言っていた通り、面積の4分の1ほどを宮殿が占めている。ヴィア・セラーゴとは違い、建物を目立たせぬことが目標であるように外観は案外シンプルなデザインで、尖塔の類は見当たらず、ブロックの積み重ねだけで構成されている形状だ。

 最上の部分で8階建てだと言うから、それらしき高さのある所を8階建てと考えると、相対的にこの宮殿の大きさが掴めてきた。一見、高い建物とは思えない平板な作りで、よくよく見てようやく一番高いところが判るくらいなのだ。島の表面からそれほど競り上がっているように見えないから、それだけこのミニチュアの縮尺が大きいということになる。どうやらトライア城の全敷地面積よりは軽く大きそうだ。宮殿の大きさが解れば、おのずと島の大きさも解るようになる。

湖はちょうど山と宮殿の間に広がっており、トライア城都のミラル湖ほどはないようだが、《池》ではなく《湖》と呼んで差し支えない規模ではあるようだ。

 そして島の南側の一部と西側に幾つか砂浜があり、その白さが鮮やかに浮き立って見えていた。

 この島が絶海の孤島だとしたら、これだけの石材と木材を何処から集めてきたのだろうか? その調達方法からして、ヌスフェラートの高度な技術によるものなのだろうか?

 ソニアの求めに応じて、ガルデロンは宮殿の見取り図も用意した。長卓の下が棚になっており、そこには何本もの図表が丸めて収納されているのだ。広い上に複雑なので、とても今この場で覚えることなどできそうにない。これこそ正に迷宮である。

 そんなソニアはまず、これまで通って来た所だけ教えてもらった。植物園と動物園は、この図で見れば何の変哲もない広場と部屋の連続だった。実際にその場所に行ってみないと、何なのかよく解らない施設も多いということだ。施工当初の青写真をそのままに保存しているだけで、変更部分には一切手を加えていないそうなので、その羊皮紙自体がこの宮殿と同じ歴史を持っていることになる。

 これだけ古い建物なら、幽霊というものもいるのかもしれない。あの白い影はそうなのではないだろうか。

 ソニアはなるべく沢山歩いて、少しでも通路や広場を覚えておこうと試みた。見取り図の大まかな配置を覚え、感覚で現在位置をある程度掴めるようになれば、いざ脱出という時に外周部へと早く辿り着くことができる。そうすれば窓のある場所を見つけて、そこから外に飛び出せるのだ。

 ガルデロンは心配したが、体調の許す限り、ソニアはいろんな階層を歩き回った。1箇所1箇所をじっくり見学はしないで、歩くことが目的のようにひたすら宮殿内を廻る。

 すると、これまでとは少し雰囲気の違う、警備の堅い場所に行き当たった。ある広場に面した通路の両脇に一番強そうな悪魔が大鎌を手に控えており、チラリと見た限りでは、その先の曲がり角にも同じく悪魔が番をしているのだ。今まで見てきた場所の平均的な警備体制からすると、ここはかなり厳重である。

「……ねぇ、ガルデロン。この先には何があるの?」

「こちらには倉庫がございます。宝物や重要な資材を貯蔵している場所になります。他にも食料貯蔵庫や燃料庫など、この宮殿内には幾つもの倉庫がございます」

「へぇ……私、この中が見てみたいわ」

よくできた執事らしく普段は淡々と仕事をこなすガルデロンにしては、珍しく一瞬ギクリとしたのがソニアには判った。

「申し訳ございませんが……倉庫のような重要な場所には、ゲオルグ様か旦那様のお許しがないと入れないのでございます。ソニア様も今後は自由に出入りできるようになられるかと思われますが、今はまだ許しを頂いておりませんので、よろしければ、後ほどゲオルグ様にお話し下さいませ。きっと許可して下さいますでしょう」

「……そう、じゃ、いいわ、別に」

ソニアは、それほど強い関心がある訳ではないように振るまい、散策を続けた。ガルデロンはホッとして案内を再開する。

 彼のこれまでの積極的な態度からすれば、今すぐゲオルグの許可を取りに部下を走らせないのが不自然なのだが、ソニアはそれに気づかないフリをした。自分の目から隠そうとしている様々な秘密のうちの1つが、そこにはあるのだろう。

 後どれだけ、この宮殿が秘密を抱えているのかはわからない。機会があれば探ってみたいものだが、脱出が最優先だから難しいだろうと思われた。  

 きっと、皇帝軍に関係した生活の場が何処かにあるのだろう。そんなものは極力自分の目から遠ざけておこうとするはずだ。

ソニアはなるべく無関心を装い、警戒を高められぬよう注意を払った。これ以上、自分を取り巻く環境が堅固で困難なものになられてはかなわない。

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