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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第14章
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第3部14章『伏魔殿』1

 運搬甲虫は虫軍専用の発着台に降り立った。静かな着陸の後、腹部が開いてスロープとなる。ソニア達は左右を蜂人に守られながらゆっくりと外に出て行った。とても、とても広い所だ。甲虫から離れれば全景が見渡せた。

 盆地になっており、360度全周を切り立った山脈が囲んでいる。峰の向こうに峰が見え、まるで群衆が頂の高さを競い合ってこちらに見せているかのようだった。どれも標高がとても高そうで、雪を被って白く化粧をしている。これで空が青ければ美しい景色なのかもしれないが、空は重く陰鬱な雲で満たされ、覆われていた。最も標高のありそうな頂は、全てその雲の中に飲み込まれてしまっている。

 何処にも山の切れ目がないし、全てが高くそそり立っているから、とても徒歩では外に出られないだろうとソニアは思った。そして、その地形からある場所のことを思い出し、蜂人に尋ねた。

「……ここはヴィア・セラーゴですか?」

「そうです。ここが皇帝軍の地上における本部です」

ソニアはゾクリとして鳥肌が立った。何年か前、誘拐されてここに連れて来られた時のことは鮮明に覚えている。城の内部以外のことは殆ど見られなかったが、あの時、城はとても閑散としていた。外はどうだったのだろうか? こんなに魔物達で活気づいていたのだろうか?

 この発着台は建物の屋上にあるので、盆地全体を見ることができる。他にも建物が林立しており、あらゆる魔物があちらからそちらへ、そちらからあちらへと動き、物を運んだり隊列を組んだり、ただ歩いていたりしながら往来している。

 建物の形は人間世界のものとは少し異なっていた。以前地下城にいた時に見た、重々しく華美な装飾が至る所に施されている。柱台は波型を描き幾本もの筋を走らせ、柱そのものにも細かな彫刻が成されており、そのモチーフがヌスフェラートや魔物だったりするものだから、人間の都市でないことは一目瞭然だった。

 道は材質不明の、石のように明るい灰色をしていながら、継ぎ目のパターンがとても大きくて1枚岩から切り取ってきたとは思えない真っ平らなもので舗装されている。舗装が完璧だから、台車で物を運ぶ者の動きはとてもスムーズで、台車が激しく上下左右に揺れることはなかった。音も静かだ。

 塔や建物は先の尖った形状が多い。聖堂のような大きい建造物の中には、10本も20本も尖塔を持つものがあり、さながら針の山だった。これがヌスフェラートの心なのだろうか?

 遠目ながら、ヌスフェラートらしき者が物々しく歩いているのも見え、ソニアは目を薄くして眉を顰めた。カリストやリヴェイラのことが思い出される。吐き気がしてきた。

 もしかしたら……ここにはゲオルグや、彼の父がいるのかもしれない。もし自分が彼の妹であるとしたら、父であるかもしれない人だ。

 ここに来ることを決めた理由は、他に方法がないことと、機会を持てるのなら、あの皇帝に陳情したいからであったが、いざ向かうことになってからは、幾つもの可能性が彼女の頭を過って考えさせていた。

 ここに来れば、もう少し解るのではないだろうか。自分が何者なのかを。だが、自分の存在をソニアとして見せることはできない。ハイ・エルフの姫として振る舞わなければならないだろう。

 そして、それに関してソニアはある試みを考えていた。

 蜂人の案内でまずは階下に降り、豪奢な部屋で待機することになった。ヌスフェラート仕様の部屋だから、虫人達にはどうもしっくりといかないようだ。落ちつかない様子でウロウロと室内を歩き回り、外のことばかり気にしている。

 フィンデリアとカルバックスもマントの下では体を震わせていた。キル・キル・カンとは別種の恐怖がここには満ち溢れている。力と戦意と欲望が渦巻いているのだ。

 今のうちにしか伝えられないだろう思い、ソニアは3人に向かって言った。

「紹介されて前に出ることになったら……まずは私が喋ることになるだろうけど、その時、私が何を言おうと黙って聞いていてもらえないかしら。意味がわからなくても」

「……どういうこと?」

「ちょっと……ね、試してみたいことがあるのよ。あなた達に危険なことではないから」

ポピアンは何とも気になる様子でソニアに訊き迫ったが、ソニアはそれ以上の詳細を一切語らなかった。

 そのうちに別の虫人がやって来て、護衛者2人と触角で話し合い、それからこう伝えた。

「会合の開始が遅れているようです。何やら集まりが悪いらしい」

「フン……またヴォルトと大将殿ではないのか? あの者達は時間というものをまるで守らぬからな」

「あぁ、横柄な連中だ。皇帝がお咎めにならぬのをいいことに」

皇帝軍の内部事情が見えてくるようで、ソニアもフィンデリアも耳が離せなかった。そして、彼女達の目の前で実名を挙げて零すくらいだから、色々と教えてもらえるかもしれないと思い、ソニアは尋ねた。

「あの……私が発言する時に、ある程度出席者のことを知っていておいた方がいいかと思うのですが……どんな方がいらっしゃるのか教えて下さいます?」

蜂人達は一度口を閉ざして触角だけで相談し合い、やがて始めた。

「今回の定例会には各大隊全ての代表者が出席する。都合で大隊長が来られぬ所は、少なくともそのすぐ下の幹部を寄越すだろう。その他に皇帝と参謀、大将だ。それぞれの成果について報告をすることになっている」

「総勢で……何人くらいがいるのです?」

「皆、部下や側近を従えて入って来るから30名くらいにはなるだろう」

おそらく、この世で最も強力、凶悪で残忍な者ばかりが揃っているのだろうとソニアは思った。ヴィヒレア1人だって極力戦いたくないレベルの相手なのだ。それ程の面子の中に踏み込んで行くのだから、余程気をつけなければならない。

「誰が誰なのかは、実際に会場で教えます」

これから戦う相手として、その軍構成を詳しく知っておくことはきっと役に立つに違いない。ソニアは「お願いします」と頼んで、その時を待った。


 ポピアンはヴィア・セラーゴに着いてから、何度か連絡魔法の施術を試みていた。しかし困ったことに、発動はとても鈍い。定められた場所からの発信でなければ外に情報が出ないよう、何らかの秘策が取られて都市全体を覆っているらしい。

 エリア・ベルのリュシルやエアルダインにこの状況を伝え、もしもの時には救援を頼みたいところであったが、とても届きそうになかった。さすがヌスフェラートの都市だと思う反面、その力の使い方がポピアンは気に入らなかった。

 エリア・ベルも外界から遮断する為に結界を張り、中からも魔法が漏れないようにはなっているのだが、結界壁が跳ね返すだけで、ここのように上から押し付けられるように術が萎んで消えてしまうことはない。

「……ふん、だからヌスフェラートは嫌いなのよ」

ポピアンのささやかなボヤきは誰の耳にも聞こえなかった。

 幸い、元々かけてきた術に異変はないし、炎や蝶は簡単に出せた。どうやら情報に関するものだけが反対呪文で否定されているようだ。移動関連の呪文は使えるのかどうか不安になったが、先程発着台で見た限りでは二度ほど流星の出入りを目撃できたので、使えないことはないだろうと思っていた。だが、特定の場所で行わなければ使えない可能性もある。

 それとなくポピーは虫人に訊いてみた。

「……ここの地形は、あなた達みたいに翅があって飛べる人でないと出入りが難しそうね。他の人はどうしているの?」

「魔法が使える者は魔法で行き来している。他の者は、魔法が出来る者の力を借りているのだろう」

虫人はあっさりと答えた。特に機密事項ではないらしい。

「流星術や飛天術でなけりゃ難しそうよね」

「さぁな、我等は魔法のことはよく知らぬ」

どうやらこの都市のことはそれほど詳しくないらしい。報告の為にこうして参内することが主な訪問の機会で、特に他の者のことになど関心を持っていないのだろう。

 何かあった時の為に、脱出方法を確保できるよう独自に調べておかなければならないとポピアンは思った。彼女の技に3人の命がかかっている。


 小一時間待たされ、一同はようやく部屋から出ることになった。虫王大隊専用の宿舎から出ると、そこには宙に浮く絨毯が現れており一同を出迎えた。それに全員が立ったまま乗り上がると、滑るように動き出して運ばれて行く。地面から膝の高さほどしか浮き上がっておらず、見えない床が絨毯ごと移動しているような感覚で飛んで行く。どう見てもただの敷物なのに、どれほど重い者が乗っても撓むことはなかった。それでいて、硬い感触ではない。

「彼等お得意のキリムね。派手好みだから」

ソニアもフィンデリアもカルバックスも目を見張った。虫の乗り物も驚きであったが、これもまた、とても稀有で珍妙で高度な乗り物だった。この技術を見るだけで、ますます皇帝軍との戦いに勝つ気持ちが萎えてくる。

 皇帝軍以外の種族がいると騒ぎになっても面倒なので、できるだけ往来の少ない裏道や通路を使って、都市中央の大きな聖堂に向かう。背の大きな虫人達の陰になるように言われ、皆はそうした。

 聖堂までは大きな通りを三度横切り、数え切れぬほどの魔物達とすれ違い、五度門をくぐって、流れの緩やかな川を越えてようやく辿り着き、キリムはそのまま正面入口から中へと入って行った。

 中に入ると一瞬暗かったが、すぐに目が慣れ、そこが壮大なホールであることが判った。青い篝火が列をなして焚かれ、ホール内を照らして明暗の抑揚をつけている。天井はとても高くて氷柱状のオブジェが幾本も垂れ下がり、その他はモザイクタイルや彫刻でビッシリと飾られていた。左右10本ずつの巨大な柱には人物彫刻が立ち、誰だか知らないが、ふてぶてしいなりのヌスフェラートがずらりと並んでいる。おそらく歴代皇帝や将だろう。

 キリムはそのまま中央階段を進み、スルスルと段を下りて階下へと向かった。通り過ぎ様、虫人の陰に隠れてよく見えない者達の姿を、ヌスフェラートの衛兵が何人もおや、といった様子で振り返り見ていく。

 1つ下の階は、上程ではないが、それでも天井の高い煌びやかなフロアーだった。真っ赤な篝火が空間を照らし、黄金色の照明球も数個フワフワと浮かんでいる。あれが何なのかソニア達にはさっぱり解らなかった。屋内に滝があり、小さいもの、大きいもの、長いもの、流れ伝うものと様々な種類が壁面を彩っている。

 キリムはクルリと向きを変えて迂回し、このフロアーの中央に来て、そこから更に階段を下って行った。滝は形を変えてここでも流れ落ちている。ライトアップされた水は幻想的な紫色の光を放っている。少しずつ天井は低くなってきているようだ。ここには2つの対になった噴水があり、竜の彫刻が霧状の水を鼻から吹き出し、口からは水を溢れさせていた。

 下がるにつれ、徐々に魔物の数が増えてくる。皆、鎧甲冑を着ていたり武器を手にしていたりで、それぞれに軍での役目を負い、忙しく立ち働いている様子だ。

 ここが以前訪れた場所なのか、ソニアには判らなくなってきた。あまりにも差があり過ぎて、同じものとは思えないのだ。あの時より内部の光量も増しているし、埃を被っている所は何処にもなく磨き上げられている。時折、その輝きを保つ役目らしき清掃係が手摺りや壁を磨いているのを目にした。敵地にいるのに、毛むくじゃらの者がそうして働いているのを見ると、ついソニアの顔は緩んでしまう。

 キル・キル・カン内部に入っていく時もおそろしかったが、ここでまた地下へ、地下へと潜って行くのは、地獄に足を踏み入れて行く心地だ。

 フィンデリアもカルバックスもずっと体を強張らせている。ポピアンはソニアの肩でずっと感嘆の言葉を上げていた。おそろしいことはおそろしいが、凄いものであることは確かなのだ。

「しかしまぁ……派手よねぇ」

「……うん」

会話をする余裕のあるソニアとポピアンだけで、こうしてたまに言葉を交わし、地下城の絢爛ぶりに対する感想を述べ合った。

 次第に天井は下がり、フロアーも全体的に狭まっていくようで、通路と部屋の入り口が増えてくる。

 そして数えること19層目でキリムは下降を止めた。正面に大きな入口があり、それは今きちりと扉で閉ざされて4人のヌスフェラート兵が守っていた。

 全身真っ黒い装束で、その上に黒光りする鎧を身に着けている。金装飾や胸中央の赤いワンポイントがなかったら、まるで死神のようだとソニアは思った。

 黒いマントの彼等は、キリムから降りた虫人達の陰にいる者に注目し、顔の見えるソニアとポピアンを凝視した。非常に驚き、目を丸くしている。

 虫人達はそのままソニア達を連れて、右側に回り込む曲線の廊下を進もうとした。すると4人の兵士が前に出て来て皆を呼び止めた。

「――――――エルーカ! ディアナ! ザマ!」

「――――――アグラ ビスタ ドルール!」

蜂人2人も足を止め、ヌスフェラート語で対応した。ソニア達にはさっぱりだ。

「メアマ バーズ ラ セルト デア ドリオル」

「セタマ」

「……ドリオル? メナム ヘイル・アールヴ オラ?」

兵士達はますますソニアをしげしげと見つめた。何となく、ソニアはお辞儀してみる。

「メナ ヘイル・アールヴ ドラ ジェナルニン」

戸惑いがちながら、兵士達も軽くお辞儀した。

「メアマ ソリトル ドラ」

「……さぁ、行きましょう」

兵士達はまだ納得しかねているようだったが止めることもできず、蜂人達に誘導されてソニア達はそのまま進み始めた。

 湾曲した広い廊下を進むにつれ、左手に何度か扉が現れる。3つ目の扉の所で虫人達は立ち止まり、戸を開けて中に入った。中は暗い。まずは目の前に幕が垂れ下がって、行く手を塞いだ。

それを押し分けて進むと、そこはテラスのようになっていた。シルエットだけで虫人がそこにいるのがわかる。触角がユラユラと揺れ踊っていた。ヴィヒレアだ。他2人の虫人もその脇に控えている。

 どうやら歌劇場の造りに近いらしいとソニアは思い、辺りを見回した。天井の高い空間だ。これまでに見たこともない大きさのシャンデリアが頭上で輝いている。その他にも無数の燭台と篝火が灯って、まるで星空の下の焚火だった。

「……参られましたな。さぁ、ここへ」

こちらを振り返り見たヴィヒレアの促しに従い、ソニアはすぐ後ろの暗がりに立った。

「あなたはまだ姿を見られない方がよろしい。時が来たらお呼びします」

「……わかりました」

 暗がりから、もっとよく空間を眺めてみる。ここは1つのブースとなっており、他にも幾つかブースがあるようだった。ここが虫軍専用らしきことから、大隊毎に1つブースずつあてがわれているのだろう。

 真正面にある、天幕で囲まれてその先が見えない領域がどのブースからも見える構造になっているから、そこが首長の席であろう。つまり皇帝の座だ。

 全体的には円形状にブースが配置されている。中央は少し下がって広く場が取られており、今は無人だが立ち台らしき物も見て取れる。ブースからの発言では足りない時に、出て行って使うものかもしれない。

 ヴィヒレアの席に着けば、どのブースの面々も見られるのだろうが、暗がりのここからでは両隣の幾つかは死角になってしまった。見えているのは前方の2ブースだけだ。

 そこには大きな鳥の姿と、ヌスフェラートがいた。鳥は人のように2本足で立つ上、翼とは別に物を持つ手もある鳥人だった。ヌスフェラートのブースでは代表者が大様そうに座り、その脇に黒マントの部下が2人控えている。

 鳥人とヌスフェラートは両方ともこちらにチラリと目をやった。暗がりにいてよく見えないが、何者かが虫軍のブースに新しく現れたからだ。

 他のブースにどんな人物がいるのか見たいが、今はこれ以上前に出る訳にはいかない。

 すぐ後ろについた蜂人が約束通り解説を始めた。

「前の席右側が天空大隊の長ホルスです」

目の覚めるようなレモンイエローの体に、青・赤・黒・緑の隈取りや斑点模様がある。見えない腹部や尾羽、そして羽も広げたらどんなに美しいか知れない鳥人だ。頭には3本の鶏冠があり、嘴は薄紫色をしている。目のつき方や嘴の形は、鷹などの猛禽類に近い。

 ホルスの左後方にはもう1人鳥人がいる。少し嘴が長めで、スラリとした体躯の白い者だ。長い槍を手にして忠実そうに控えている。

「左側は戦鬼大隊の長、ロキバルド」

ソニアの目は一瞬険しくなった。ビヨルクを攻めた大隊のトップだ。体格が良く、その上に物々しい鎧まで身に着けている。ベースは漆黒色だが、衛兵達より各段に金装飾の量が多い。その上に真紅のマントを羽織っている。頭髪は灰色で幾つも編み込んでおり、ヌスフェラート独特の隈なのか刺青なのか、頬骨に沿って斜めの黒いラインが1本ずつ走っていた。いかにも戦士的風貌だ。

 会場では既に定例会が始まっており、ヌスフェラート語だけで淡々とやり取りがされていた。何を言っているのか、さっぱり解らない。

「……今は、各大隊が報告をしている所です。もうじき我々の番が来ます」

見えない位置のブースから低く重い声が流れる。時にそれはしわがれていたり、唸り声のようであったりした。皆それぞれに堂々としている。報告がすぐに終わる所もあれば、何度か問答があって長引く所もあった。

 中央の天幕の外に1人ヌスフェラートが立っており、その者が主に進行役を務めている。ただ報告するに任せて聞いているだけでは情報が足りない時に、天幕の中からも声がかかることがあった。

「……あそこにいるのが参謀長スカルファイヤ。中にいるのが皇帝カーンです」

あの中に、いつかの老人がいるのかと思うと、ソニアの肌がピリリと緊張した。すぐそこにいる人物がこの忌まわしき物事の発端であり、中心核なのである。思わず握り拳がつくられ、力がこもった。

 やがて虫王大隊の番が廻ってきて、ヴィヒレアが座したままで発言した。

「メアム ディル サーク アルス・ガード サンク オラ?」

「……アグラ ナ?」

「アーゲンス グラディル」

参謀長が天幕の中に問いかけ、やがて一言返ってきた。

「……よいぞ」

「かたじけない。今回の我が軍のディライラ遠征について、まずご報告します」

ヴィヒレアが地上世界の共通語で語り始めたので、各ブースから囁き声が幾つか上がった。ホルスとロキバルドも、何やら興味津々でこちらを見ている。この暗がりの新参者に何か関係があると思ったのだろう。

「我が軍の撤退は、既に皆様も聞き及んでおりましょう。ほんの昨日あの港湾都市を攻めましたが、大きな痛手を負い、戦力を削がれ、我等は退きました」

参謀は頷いた。

「我輩も驚いた。まさかそなた達が中途で引き下がるとは思わなんだからな」

他のブースの誰かからも声がかかる。

「……アグラ タイス? ヴィヒレア」

「実は2つもの異常事態が起こりまして、撤退に至りました。それらは今も尚、原因不明、正体不明の状態です。それを是非ともご報告せねばなりません」

「フフン、まさかあんたが言い訳じゃあるまいだろうな」

どうやらこの議場にいるのは、とても穏やかな面々とは言い難いらしい。それぞれの競争心を強くして、相手を蹴落としてやろうという意志がチラチラと覗いていた。それでいて正面衝突にはならぬよう注意を払っている。足の引っ張り合いなど茶飯事かもしれなかった。

「まず大歩兵団の兵士達の申しますには、人間達が突如奇怪な変化を遂げまして身体に明らかな異変が見られ、まるで4足歩行の獣のようになったとのことです。変化後の獣は私も実際目に致しました。そして、その獣は歩兵団に猛然と襲いかかって来たのです。しかも元の人間の時よりも、各段に強力な殺傷力を持っておりました」

「人間が変化しただと……? 奴等が新たに秘策でも開発したのだろうか?」

議場はどよめいた。さすがに内容はショッキングだったようだ。当初はヌスフェラート語が混じっていた会話も、一度アルス語が主流になればそちらに統一した方が解り易いらしく、やがては議場中がアルス語一色になった。

「……そなたの部下の見間違いではないのか? ヴィヒレア。このような戯れ言を言い訳にしてはおらんだろうな?」

彼等が懸念した通りの流れになった。誰もがすんなりとは信じていない。

「更にあります。その獣に噛みつかれるなどした人間は、同じように獣となりました。しかも短時間で力尽き、再び人間の姿に戻った後はそのまま死んでおります」

「ウウム……」

一時、唸り声と鼻息だけになり、沈黙が辺りを占めた。

「……本当であったなら、奇妙なことだな。人間達が我等に対抗すべく何か技術を開発し、それを試したとも考えられる話だ。だが……だとしたらその試みは、まだ完成しておらず失敗しているがな。死んでは意味がない」

この時、天幕の中から声が発された。

「……俄かには信じ難いが、侮れぬ話じゃ。何らかの企みが働いている可能性はある。調査するように、スカルファイヤ」

「……かしこまりました、陛下」

皇帝直々に指示を出したので、ヴィヒレアも頭を下げる。そして続けた。

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