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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第12章
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第3部12章『ディライラ狂想曲』4

 こうして今日のところは会談を終了させることにし、フィンデリア一行は宿泊の誘いを受けて豪華な客間に案内された。国賓専用の煌びやかな寝室はシャンデリア輝く広い空間で、ベッドもキングサイズをたっぷり超えていた。テラスからは同じようにソドリムの街が見下ろせ、まるでこの部屋の宝石箱を散らしたかのようだ。従者用にも3部屋あって、それらがドア1つで繋がっており、いつでも連絡出来るようになっている。

 3人だけになった所で、フィンデリアは改めてソニアに目を向けた。ここではもう主従関係を装う必要はない。

「……驚きました。あなたはかなりの大旅をされておいでなのですね」

「私も、貴女が王女様でいらしたとは……」

ソニアは貴人に対して改めて深くお辞儀をした。

「よろしければ、あなたが何者なのかも教えて下さる?」

当初はこのまま身分を伏せて帰国するつもりであったが、状況からして、もはや明かす方が適当と考え、ソニアはフードを取り払い、マントを広げて腰に帯びた2本の剣を見せた。そして鋼鉄の長剣の方を取り出して、刻まれたトライアスの紋章を見せた。

「これは……女神ですか? では、あなたはトライアの――――――」

さすが王族とソニアは感心した。一目で異国の紋章を見抜ける者は、教育を受けた限られた者だけだ。

「トライア国軍隊長、ソニア=パンザグロスです。皇帝軍との戦いでスカンディヤに飛ばされてしまい、帰国を目指している所です。その為、ビヨルクにも立ち寄りました。皇帝軍の刺客が私を追っている可能性があるので、道中名を偽っておりました。どうか無事帰国出来るまで、お2人もご内密に願います」

「……わかりました」

なぜ追われるのかとやはり問われ、ソニアはテクトでの防戦と、その後の殺人兵器のことを語った。自分の身1つの保証ではなく、他者へ危険が降りかかることをおそれての偽装とあらば、フィンデリアもその助けをしない訳にはいかない。

 今後の幸運を互いに祈って握手を交わし、3人とも別れて部屋に入った。

 従者向けとは言え、国賓の付き人用ともなると室内は思いの他に広く、家具も豪華で壁装飾までが華麗で美しかった。白と明るい青と黄の3色を基調にした太い縦縞がこの国独特の柄らしく、至る所に見受けられる。

 戸を閉じて荷を下ろし、マントも脱いでベッドに腰掛け、やっと諸々の緊張から解放されると、ソニアはフゥと大きな溜め息をついた。

 まるで何らかの未知なる力に導かれているようだ。こうして、ただ通るべき道を通っているだけで世界の要人達と出会い、大切なことを伝える機会に恵まれるのだから。

 今いる部屋も素晴らしいが、何より今日別れてきたばかりのあの村には適わないと思いながら、ソニアはまたエアルダインや村人達の記憶で胸を膨らませ、落ち着いてゆっくり見られなかった土産を1つ1つ楽しませてもらおうと、麻袋の口を開いた。

 すると――――――

 中から1つの星が飛び出して、部屋中を高速で舞いだした。光る虫が寝床をいじられたことに驚いて飛び回っているかのような光景だ。

 はて、何処でこんな物をくっつけてきてしまったのだろうかと思いきや、ソニアが目を凝らしてよくよく見れば、それはあの村で見た妖精だった。

「あー! キュウクツだったぁ! 息詰まっちゃう!」

ソニアは驚きで目をまん丸にし、そんな彼女の顔を妖精の方が覗き込んできた。

「あ……あなた、あの村の妖精でしょう? どうしてこんな所にいるの?」

顔の前で滞空するその妖精は髪がフワフワに伸びており、布で花を造ってそれをそのまま着ているような少女で、背にはトンボの翅に似た透かし紋様の美しい翼が小刻みに震えている。そして始終体から星の飛沫を散らせて辺りに振り撒いていた。

 少女は悪戯そうにニイッと歯を見せ、ケタケタとキーの高い声で笑った。

「へへーっ! 内緒でついて来ちゃった!」

「内緒って……村の誰も知らないの?! ダメよ! 皆が心配するじゃない! どうして私について来てしまったの?!」

隣室に声が届かぬよう、ソニアはなるべく抑えて喋ったが、驚きと困惑の為に気持ちを鎮めるのは苦労した。

「私と一緒になんか来ちゃダメ! とても危険なのよ! すぐに村にお戻りなさい!」

「い・や!」

早速、妖精はベッドに胡座をかいて座り込み、顎を突き出す。利かん気の強そうな吊り目と吊り眉の面立ちに見合った強情な性格のようだ。

「絶対にイヤよ! もう決めちゃったんだもん! 私はナルスと一緒に行くの!」

ソニアは開いた口が塞がらず眉根を寄せた。ソニアの顔が曇れば曇るほど、妖精の顔は落ちていった。

「……それに、私1人じゃ帰り道わかんないし」

唖然としたままのソニアは肩を落とし、呆れ果てて頭を振った。

「それで……私が連れて行くとでも思ったの?! 何て無鉄砲で勝手な子なんでしょう!」

もっとすんなり受け入れてくれるものと思っていた妖精は、予想外に酷く怒られてどんどんしょげ返り、そのうちシクシクと泣き始めた。

「だって……だって……つまんないんだもん……! みんなが人間に会いたくないからって……村を出ちゃいけないなんて決まりがあるのよ? 私だって人間の世界を見たっていいじゃない……! あそこで300年の一生を過ごせなんて……そんなの真っ平よ……!」

「300年……?」

妖精の言うには、300年とは妖精の平均寿命なのだそうだ。今この妖精の外見は少女姿であるが、妖精の成長とはこれくらいの姿での期間が1番長いのだとか。

「……それじゃあ、あなたは今幾つなの?」

「……275歳」

ソニアは思わず吹き出してしまった。あの村で人々の年齢にまで話が及ばなかったから知らなかったが、この妖精ですら、自分がこれまでに生きてきた時の長さよりも遥かに長い時を生きているのだ。まるで尺度が違うではないか! 人間の観念とは何と薄弱で滑稽だろうと思い、ソニアは腹を抱えて暫く笑いこけた。

 そして、本当に300年の人生でその残りが少ないのだとすれば――――80歳が寿命と考えれば、もう74か5にはなろうかという所だ――――この妖精の望みも解らないものでもないので、もうそれ以上は怒れず、むしろ同情的になっていった。

「確かに、幾ら素晴らしい場所でも、300年ずっとじゃ……そりゃあ真っ平よね。ハハハハ。でも……どうしましょう。本当に危険なのよ。あなた1人が人に見つからないようこの世界を見て回れるのなら、その方が安全だと思うわ。私について来るのだけは、危ないから認められない」

徐々に妖精の顔は上がってきた。

「危険は承知よ! それに、そんなに危ない旅をしてるんなら、ナルスの助けになるわ! 私はいっぱい魔法が出来るのよ!」

「魔法? どんな?」

「4大精霊のものはモチロン、姿を消したり、時間をいじったり……色々よ」

「姿も消せるの?」

「ウン! 簡単よ!」

そう言うと妖精はソニアの目の前であっという間に見えなくなった。何の音も光もなく、目に見えない穴から異空間にでも吸い込まれてしまったかのようだった。アイアスが使っているのをかつて一度見たことがあるだけなので、それ以来久々に目にする妙技にソニアはポカンとした。

 子供のようななりをしているのに、275年という年月と才能でこの小さな者が手に入れ内に秘めている力は、なんと計り知れないことだろう。

「村に連絡する手段はある?」

「…………」

妖精は再び姿を現し、後ろ手に組んで上目遣いでソニアを見上げた。いかにも決まり悪そうだ。

「……あるのね?」

ますます頭が落ち、だんだん口が尖ってくる。

「なら、これから私が言う条件を全てクリア出来るか考えてご覧なさい。

1. 今すぐ村に連絡をして、自分が何の目的で、何処で何をしているか伝えること。

2. 人前に出る時にはいつも姿を消しておくこと。

3. 危ない事が起きた場合には、自分の身の安全を優先して、すぐに私から離れ、村に連絡をして迎えに来てもらい、帰ること。

この3つが出来るかしら?」

妖精はブンブンと頭を振った。

「本当なら、村に連絡してあなたを連れ帰ってもらうのが1番だけれど、あなたの話もよく解ったから、この3つが必ず守れるのなら一緒に来てもいいわ」

「――――本当?! いいの?! いいの?! やったぁ!!」

ソニアは慌ててシーッと言いながら人差し指を唇に当て、静かにするよう命じた。

「アハッ、ごめんなさぁい」

声を出すのは止めても、妖精は嬉しそうに部屋中をクルクルと目まぐるしく飛び回ってはしゃいだ。真剣に目で追ったら眩暈がしそうな速さだ。喜ぶとそうなるのか、光る飛沫の量がグンと増してキラキラとそこら中に振り撒かれた。ソニアの身体にも降ってきて浸透する。そうすると、浸透した肩や足がほんのり温かくなったような気がした。

「さぁさぁ、嬉しいのは解ったから、まずはあなたの名前を教えて頂戴」

妖精はまた彼女の顔の前に舞い戻って来て滞空した。透かし翅がピリピリと小刻みに震えて光を散らせている。

「――――私はポピアン。ポピーって呼んでね!」

「では、いいこと? ポピー。早速村に連絡をしていらっしゃい。行方不明じゃ、どんなに心配するか知れないもの」

ポピアンはわかったと言ってテラスから外に出て行った。

 暫くしてケロッとした顔で戻って来たので、ソニアは何となく怪しんだ。

「……本当に連絡したの?」

「したワよぉ」

「…………」

「本当にしたワよぉ!」

「……何だって? 皆は」

「リュシルが怒ってた。あいつ、口うるさいからヤんなっちゃう。《それなら、ナルスさんをきちんとお守りして勉強してきなさい》だってさ」

それなら何となくありそうなことだったのでソニアも納得し、ようやく旅の仲間としてポピアンを受け入れることにした。

 ソニアは人差し指を出し、ポピーがそれを両手で受け取って、握手した。

「よろしくね、ポピー。妖精が一緒の旅なんて、人間の世界じゃ私が初めてでしょうね」

2人ともニッコリと笑った。それから、ポピーは袋の中にいる間は見られなかった色んな物に興味を示して飛び回った。そして、思い出したように尋ねた。

「ねぇ、袋ん中で話は殆ど聞いてたんだけど、本当は違う名前なんでしょう? 私はどっちで呼んだらいいかしら?」

「……明日、無事に国に帰れたら本当の名前でいいけれど、それまではナルスと呼んで頂戴」

「うん、わかった!」

ソニアはようやく休むつもりが、とんだ珍客に出会ってそれ所ではなくなった。だが、何だかとても楽しかった。こうしてあの村との繋がりを持て、まだ詳しく知り得ていない異種族と新鮮な交流が出来るのだ。危険は孕んでいるが、彼女に人間の世界を知ってもらうことも双方の為になるに違いない。

 ソニアは改めて麻袋の中身を広げて確認し、それをポピーが1つ1つ解説した。教えてもらわなければ解らぬ製法や裏話などが聞けて、早速ポピーは大いに役に立った。

 約束を破らない限りソニアは大らかで優しく接したし、ポピーも気ままに楽しく過ごした。うまくやっていけそうである。

 そうして小一時間過ごした後、2人は床に就いた。ポピーはすぐにスヤスヤと寝息を立ててソニアの枕の上でタオルに包まって眠り、ソニアはそんな寝息を聞きながら眠りに就いた。


 同じ夜を、城下の宿屋で男は過ごしていた。夜中に事が起きてもいいように、街の真っ只中に身を置いているのだ。人々が騒ぎ出せば気づけるよう繁華街近くにいたが、隣室の声が聞こえるのは煩いので、壁が厚くてそこそこランクのいい宿を選んでおり、個室にはベッドの他、書き机やソファー、応接テーブル等の家具も揃っていた。サービスで頻繁に人間が出入りするのも面倒なので、最上級クラスより少し下げたこの辺りが、望みに近いプライバシーのレベルを保てるからいい。

 階上にあるこの部屋のテラスからは、メインストリートの石段がよく眺められる。この時分でも人々の往来が絶えないのが見て取れる特等席だ。カーニバルの季節になれば、このような部屋から真っ先に予約で埋まってしまうものである。

 男はそのテラスから、人影が細々と動き流れる様を見下ろして目を細めた。効果を想像して、思わず口元が緩んでしまう。己の力を試せることが何より待ち遠しくて、肌がピリピリと痺れた。 

 1日も早く完成に近づけることが最終目標なのだ。

 愛する者を迎えに行き、奪い去る為に。

 男は首に下げている3種類の青い筋が混じった貴石を眺め、愛する者の面影を思いながら、それに口付けをした。

 そこへ、今回旅の供をさせていた密偵が戻って来た。丁寧にノックして入ってくるが、動きは何ともぎこちない。足か肩に問題を抱えている人のようでもあり、表情も殆ど変わることがないので、どうしても不気味な印象がある。この密偵の働きには申し分なかったが、この不完全ななりだけはどうにかならないものかと男は思っていた。こればかりは、経験と慣れに任せていくしかないのだが。

「失礼致します。新しき知らせが入りました。明日決行の動きが高いようです」

「明日か……面白い」

男はテラスから室内に戻り、戸を閉めた。声が漏れるおそれはないが、慎重にした方が何かといい。

「手筈は整っているか?」

「はい。街の各所に10体配置させました」

男はほくそえんだ。明日は絶好の機会だ。逃す訳にはいかない。そして、自分のことは知られてはならない。

 もう一度シミュレーションし、望む成果を手に入れている自分を想像する。

 何も問題はない。あとは――――――夜が明けるのを待つだけだ。


 寝室のテラスから、フィンデリアは夜着姿のまま、ずっと街の夜景を眺めていた。この国にはさしたる獅子人情報がなく、彼の軍勢が押し寄せて来る可能性も少ないとなれば、長居する理由はない。明日にもここを発つつもりだった。そして、サルトーリ近郊の国を巡回して、獣軍の襲撃を待つのだ。

 緑柱石色の瞳は燃えていた。父王と兄達の姿が未だ彼女の瞼に焼き付いている。あれ以来、彼女の炎は止むことなく燻り続け、我が身をも滅ぼす勢いで逆巻いていた。復讐は、我が命と引き換えになるであろうことを彼女は知っている。始めからその覚悟は出来ていた。もとより、あの場でカルバックスに連れ去られることなく、父や兄達と共に果てていたかったのだ。

 生き残った王位継承者としての選択肢が他にもあることは解っている。だが、祖国はあまりに手酷いダメージを被り、人命も失われ、とてもではないが、再び国を興そうとするには残されているものが少な過ぎた。民がいれば、例え場所が変わろうとも、すぐに国は造れるが、その民自体が8割方失われてしまったのだ。

 残された者たちも隣国に避難民として逃げている。その方がいいかもしれない。僅かな生き残りで苦しい思いをして廃墟の瓦礫を集め、死体を掘り起こし、焼け野原の中で佇むよりは、新たな土地に馴染んで暮らす方がずっとマシだ。とても今の状態で元国民に「戻って来い」などと号令はかけられない。けじめをつけ、父王や王子達を弔い、大戦が終結して平和が訪れてこそ、初めて呼び戻せるだろう。

 志半ばで道に倒れ、皇帝軍に殺されてしまうかもしれない。あの獅子人と戦って返り討ちにあう可能性もある。そうなれば永久に国は甦らないが……それもまた道だ。

 フィンデリアは厳しく涼やかな眼差しで、眼下の星の群れを見つめた。この都市の、何と人の多く華やかなことか。失われた国とは対照的だ。

 これ以上、人が築いた幸福を汚されてなるものか。

 我が目に映るものは、もはや二度と廃墟に変えさせたりなどしない。

 決意は烈火の如く熱く固く、その全てを凝縮した瞳でフィンデリアは夜闇を睨んだ。

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