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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第12章
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第3部12章『ディライラ狂想曲』2

 ソニアはまず、広場を預かる衛兵に、魔術師に会える所は何処か尋ねてみた。ディライラ王国の兵士は、真っ青な胴着に純白のズボンと皮のブーツという爽やかな配色の出で立ちだ。その上に銀の胸当てと、その他防護パーツを身に着けている。丸みを帯びた兜はどことなく海棲哺乳類の頭部を思わせるラインを成していた。

 ソニアと殆ど歳が変わらぬように見えるその兵士は、何用かを訊いた。

「……遠方に行く必要があって、流星呪文術者を探しているのです」

「それなら酒場がいいだろう。魔術師が多く集まる店が何軒かあるから、そこを回れば見つかるかもしれないぞ」

 ソニアはすぐに酒場へと向かった。王宮に足を向ければ、そこに出入りしているナマクアからの使者が来ているかもしれないが、身分を隠したいこともあり、その面倒は避けたかった。行き先だけ告げて金を払えばすぐに連れて行ってくれる、独立した魔術師を掴まえた方が早いはずだ。

 今はもう太陽が水平線に沈みかけており、街の至る所でランプが灯り始めている。今夜はここで泊まって、明日また航海の続きに出る水夫や護衛役達が早くも酒場街をうろついて、乱痴気騒ぎを始めていた。

 絡まれると面倒なので、ソニアはフードを目深に被って道の端を歩き、教えられた名の看板を探した。

 実に色々な店があって、すぐには目的の店が見つからず、酒樽の絵や獅子の絵、赤ら顔で毛むくじゃらな赤毛男の絵、船の絵、錨の絵など、幾つもの看板を通り過ぎて行った。店それぞれに特色があるらしく、水夫ばかりが集っている所や、戦士らしき武装者ばかりが集う所がある。

 そしてある所でようやく、カクテルグラスを手にウインクしている胸の大きな人魚の看板を見つけた。目指す1軒の名だ。ソニアは戸を押し開けて中に入っていった。

チリンチリンとベルが鳴る。むっと酒の匂いが寄せてきた。日常生活で酒場に来ることのないソニアには、嗅ぎ慣れぬ匂いだった。宴会は多いが、酒場とそれとでは少し匂いが違う。

 暗色の木造りで統一された内装は落ち着いており、笑い声は上がるものの、戦士や水夫達ほど大声で騒いだりはしていない。いかにも知性的な魔術師が好みそうな、お高くとまった空気だった。窓と壁に沿って角テーブルが設けられており、各テーブルには紫色の魅惑的なアルコールランプが灯っていた。フロアー中央には円形の立飲み席もあり、そこでは見知らぬ者同士が情報を求めて寄り合っていた、女性魔術師もかなりいる。

 ソニアはまず、カウンターにいる3人の中年男女に声をかけようとした。

「いらっしゃいお客さん。何にします?」

愛想のいい店員がニッと笑って声をかけたので、まとめて4人に言った。

「ナマクア大陸に飛べる流星術師を探しています。紹介して下されば、お礼はお支払いします」

3人の魔術師は顔を見合わせた。

「ナマクアね……あんた行ったことあるっけ?」

「いや、ガラマンジャ内しかないよ」

「この戦時だから、未知の場所は飛びたがらないからね~」

「……よくわかります。経験者を探してます」

スカンディヤほどではないが、主要国からは離れた地方大陸なので、ナマクアは流星術者の誰もが行けるという土地ではなかった。

 店員がトレイを手に「ちょっと待ってて」とホールに出て行った。立飲み席と各テーブルを順々に廻って注文を聞きながら、ついでに調べてくれているのだ。待つ間、3人組が会話を続けた。

「船なら幾つも出てるけどねー。急ぎなんだろう? 何処まで行くの?」

「……テクトか、トライアです。領土内の町なら何処でもいいです」

「王宮に行きゃ、伝令さんが来てるかもしれないけどねぇ」

やがて店員が、注文を略字と番号で書き取ったメモをトレイに載せて戻って来た。

「残念だね、お客さん。さっきまで、ちょうどテクトに行ける人がいたらしいんだけど、船の番でもう行ってしまったらしいですよ。すぐ出航してしまうから、頼むのも無理でしょうね」

「そうですか……では、他を当たってみます。ありがとう」

ソニアは礼を言って、ビヨルクで貰った装飾品を換金して手に入れたばかりの硬貨を懐の巾着から取り出してトレイに置き、店を後にした。

 次に訪れたのは、今の店のすぐ近くにある、針鼠の看板が可愛らしい小さな店だった。こちらの方が小ぢんまりとしているが、なかなか人気のようで既に満席だった。こちらはもう少し庶民的な雰囲気で、ドライフラワーや木彫りの人形など、田舎の素朴さを演出した飾り付けがしてある。

 ソニアはまたカウンターで要求を述べた。すると今度は、バーテンがその場で声を上げて店の客に尋ねてくれた。残念ながらここにもいないようだ。こうして探してみると、他国でも一般の魔術師はあまり国外に行けないものなのだと知って軽く驚き、ソニアはまたチップを払って店を出た。一時期彼女の師匠であったデルフィーの女魔術師も、思えば自らの国以外に行ける所はなかったから、そんなものなのかもしれない。

 やはり正規の資格試験を受けて、何カ国にも渡れる才能が認められ働いている王宮の魔術師レベルでなければダメなのかもしれないと思いながら、それでも、もう1軒だけ廻ることにして、ソニアは骨の身になった魚の看板が目を引く店へと入って行った。

 ここは人魚の店と同じくらいの大きさだった。幾つもの魚の剥製が壁に飾られており、浮きを思わせる球状のランプが各丸テーブル中央で黄昏色に灯っている。こちらは同じ魔術師でも、もう少し冒険心や好奇心の強い部類の者が集っているようだ。ローブの長さも若干短めで、足を覗かせて活発に働けそうな身なりをしている者が多い。年齢層も若いように見受けられた。

「いらっしゃい」

店員がすぐそこで立ち働いていたので、ソニアはその女性に用向きを伝えた。その店員も快く引き受けて、注文を聞きながら客の間を廻った。

 そのうちに、店員ではなく客の1人がソニアに近づいてきた。見れば、ソニア以上に若い娘だ。衣服自体は汚れてしまっているが、赤に近い茶のウェーブヘアの艶もいい、目元のキリッとした賢そうな顔立ちの美少女だ。背は、ソニアの胸ほどまでしかない。

「……諸国を旅されておいでですか?」

「いえ、廻っているという訳ではありません。帰国途中で、たまたま立ち寄っただけです」

「ナマクアのご出身?」

「ええ、そうです」

「それでは、随分遠い所に来ましたわね」

娘の眼力は何とも鋭くて、ソニアは早くも只者ではないと感じていた。ただ見ているだけなのに、まるで緑柱石色の瞳から放たれる見えない矢に射抜かれるようだ。

「――――実は、ある皇帝軍の一員を探しております。2本足で立つ獅子です。真っ赤な鬣をしています。目撃された噂でも聞いていませんか?」

「皇帝軍……? その者にどんな用事があるのです?」

「仇です」

ソニアは息を飲んだ。

「仇討ちの旅をされて……? ご家族でも失ったのですか?」

「ええ、私を除く一族皆殺されました」

あっさりとそう言う少女に、ソニアは暫く言葉がなかった。戦災孤児に会うのは初めてではないが、人事とは思えなかったのだ。自分も一時期同じ境遇にあったものの、幸い出会いに恵まれて人間を憎まずに済んだ。目の前の少女はそれとは違った形ながら、もう1つソニアが歩んでいたかもしれない生き方を体現しているのだ。

 こんなフロアーの真ん中でするような話ではないと思い、ソニアは手振りで壁際を示して、2人でそこに移動した。気がつけば、仲間らしき年輩の男が娘の後ろについて見守っている。

「……獣の軍勢に襲われた国々の噂は聞いております。あなたは、そこの出身の方ですか?」

「ええ」

「それは……大変お気の毒なことです。お慰めする言葉も見つかりません。残念ながら、そのような獅子を見たという話は、伺ったことがありません。今は敵陣でなりを潜めているのではないでしょうか」

「敵陣……叶うならば、いつでも飛び込んで行きたいものです」

娘の決意は本物だった。身なりが表す戦歴もさることながら、目が何よりそれを物語っている。

自分の求める情報も大事だが、この娘にもう少し何かしてやりたいと思い、更にソニアは語った。

「……皇帝軍の内部構成などはご存知ですか?」

「ええ、ある程度は。別の敵と戦っている時に聞いて知りました」

獣人の話といい、口の利ける敵との戦いといい、この娘はどうやら何度も前線にいるらしいと知り、ソニアはまた驚いた。

「大隊ごとに受け持つ地域を決めているようですから、以前に現れた国に近い隣国に再び現れる可能性が高いと思います。ナマクアには、まず来ないでしょう」

「それは初めて聞きます。なぜナマクアではないと?」

「……先日テクトを攻めた大隊が違う種類の大隊だったからです。その戦いの流れで敵から知りました」

「…………」

娘は新情報に感激しているようで、目をキラリと輝かせた。そして手を差し出した。

「……サルファには暗黒大隊が来ましたが……成る程、確かにそうかもしれませんわね。あの地域は故あって担当が入り乱れているのかも。群島も多いし、小国も林立していますからね。……私はフィンデリア。なかなか目新しい情報がなくて行き詰まっておりましたが、あなたは何やら事情に通じておられる方のようですね。是非もう少しお話がしたいです。よろしいですか?」

フィンデリアは傍らの丸テーブルを示した。その頃、ちょうど客の間を回ってくれていた女店員がソニアの所へ戻って来た。

「2人いたんですけど、あと少しで船出だから今日は飛べないって。残念でしたね」

ソニアは礼を言ってチップを渡した。そしてフウッと溜め息をついた。

「それほどお急ぎなのですか?」

「……ええ、一刻も早く戻りたいのですが……これでは王宮まで出向いて探した方が早いかもしれませんね」

「カルバックスは流星術が出来るのですが、ナマクアは不案内ですから無理ですわね」

カルバックスとは彼女の背後の男らしい。ここでようやく彼も口を挟んだ。

「……ご一緒に王宮に出向かれてはどうですか? その方が、このお方のお話も通り易いでしょうし」

「……お前はどうにかして私を城へ行かせたいのね」

呆れ顔でフィンデリアはそう言い、暫時考えてからソニアを見上げた。

「取引というのは如何でしょう。ここでもう少しお話を聞かせてくれたら、私が王宮までご一緒して流星術者をお探しするお手伝いをいたしますわ。訳あって、少しは顔が利きますから」

「……失礼ですが、あなたは一体……」

「その話は後にしましょう。どうせ判りますから」 

ソニアは再度丸テーブルを勧められ、思案してからこの要求を飲むことにし、座った。

「あなたは、仇討ちの為に度々戦場に出られているのですか?」

「……勿論、大戦の終結も望んでおります。ですが、何処かであの獅子と会うことがあれば、一族の名誉の為、無念を晴らす為にも、命懸けで一矢報いたいと思っています。ですから、何度か義勇軍とも合流して戦いました。しかし……一度もあの獅子には会うことがない」

「あの……噂のホルプ・センダーですか?」

ソニアは目を見開き、フィンデリアは小さく頷いた。

「一員の方には初めてお会いしました……! 先の大戦の英雄、アイアスの消息は、その後どうなっておりますか?」

フィンデリアはピクリと眉を上げた。

「あぁ……、あの方を信奉しているメンバーが多いですからね。私は2日前まで皆と一緒におりましたが、何の進展もありませんでしたよ。音沙汰1つありません。皆、ガッカリしています」

ソニアの肩も落ちた。今まで人伝でしかなかった情報だが、こうして関わりのある人物から直接聞かされると、改めて色濃く落胆の標が押された。

「何か……英雄とご関係が?」

「…………ずっと昔に助けて頂いたことがありまして……」

今までで1番濃くて灰色にくすんだ溜め息をソニアはついた。

「……彼が再び現れたら、是非、私も一緒に戦いたいと考えておりました。出来ることならホルプ・センダーにも加わりたいものと……」

「まぁ……それ程に……」

「もし……また合流されて、もし……彼が帰ってくることがあったら、こう伝えて下さいませんか? 『ナルスはまだ待っています』と……」

フィンデリアはジッと考えてソニアを値踏みしていた。この伝言に纏わる出来事とは何なのか、どれほどの関係にこの人物があるのか、と。

 彼女もまたソニアのように、目の前の人物が只者ではないことを読み取っていた。

「あなたが、その《ナルス》さんですか?」

「……ええ」

「あの方とそのような約束があって、しかもホルプ・センダーに加わりたいと、あの方と一緒に戦いたいと言うほどなのですから、かなりのお力がおありになるのでしょうね。そのような方のご助力もあれば大変頼もしいことですわ」

席に着いたことで改めて店員が訪れたので、今度は注文をした。フィンデリアは自分にグラスワインを、そしてカルバックスの為に蒸留酒を注文し、ソニアは軽い酒を頼んだ。

「先程仰った、大隊毎の受け持ちの話をもう一度詳しく聞かせて下さるかしら」

ソニアは求めに応じて、少々背景や設定を変えつつも侵略軍の副将から聞いた話として語った。ゲオルグから聞いた話も、そのままリヴェイラが語ったことにした。

「……成る程、では、あの獅子の一軍は今のところ勝利続きだから……焦って次を攻める必要もなく、今暫くは軍を休ませているのかもしれませんわね。そうと知れば、無駄に各国を巡らなくて良さそうだわ」

フィンデリアは聡明そうで立ち居振る舞いが洗練されており、思考にも無駄がなさそうだった。今も、頭の中で今後の計画が立てられていく音がカタカタと聞こえてきそうなほどである。カルバックスはその様子を心配そうにただ見つめていた。

「ホルプ・センダーは今、何処にいるのですか?」

「一時的に散っています。ラングレアの救援に向かった者もいますし、アルファブラやチェリノバに向かった者もいます。情報を集める為にね。私も一応その役を負ってもいます。このディライラで、皆の役に立ちそうなことが調べられないかと。本部……というか、今の所リーダーを務めている者達の集まりは、まだターネラス大陸にいます」

ラングレアとは早期から皇帝軍に攻められ敗走を続けている国だ。このディライラからそれ程遠く離れてはいない近隣国である。虫類が占める軍団の攻撃を受けたらしいから、このディライラも同じ大隊の攻撃を受ける可能性が高い。

 フィンデリアはグラスの赤ワインをランプに照らしながら燻らせて、目を細くした。

「……このワインも、明日の夜またここで飲めるとは限らないのですよね」

この人は、滅びと戦いをよく知っている。そう思いながらソニアは頷いた。そしてフィンデリアは、クイとワインを飲み干して潔くグラスをテーブルに置いた。

「――――さぁ、あなたもお急ぎとのことだから、これ以上長居はさせられませんわね。王宮へ行きましょう」

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