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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第10章
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第3部10章『雪原の彼方に』9

 翌朝、眠れようとも眠れまいとも皆は起き、新たな仕事をこなす為に食事を摂り、身支度をした。

長年の従者兼護衛官に長い銀髪を梳いてもらっている王子を中心に話し合い、雪猿退治のメンバーが選出された。あの空間に何人も入り込むと戦い辛いので、選り抜きの戦士だけで仕留めてこようという訳だ。

 当然、子供達はここに置いて行く。兄妹にはまだ休養が必要だったし、ルビは幼過ぎた。彼自身は悔しがり同伴をせがんだが、こればかりはソニアも許可しなかった。彼女を除けば、ルビと大臣しか術者がいないのだが、ルビにはあの雪猿との戦闘は危険に思われたし、大臣は年輩で闘いには向かず、今後の復興に重要な頭脳でもある為、滅多なことが起きてはならなかった。

「負傷した雪猿一匹と言えど、あの破壊力と闘争心は警戒すべきだ。状態のいい者から5人程で行こうと思う。一人は私が行く」

「危険です! 王子……!」

彼の髪を編み終えた従者がそう言った。

「承知している。援護役になるべく、後方に回るつもりだ。セザ、ラスカ、エルマート、来てくれるか?」

一緒に来た引退戦士と、ここにいた10人ばかりの兵士の中でも特に屈強そうな2人だ。3人は迷いもなく頷いた。

 そこにソーマが割って入った。

「――――王子、私も――――」

王子は彼の申し出に不安そうな顔をした。皆も同じようだ。

「右腕一本でも私は戦えます。邪魔なら、すぐに下げてくださって結構ですから」

ハンデの為に戦線を退かされることの悔しさを理解して、王子は承諾し、自分と同じように、なるべく援護に回るよう指示した。

 そこに、ソニアが進み出て名乗り出たので、それには彼女をよく知らぬ者達が驚いた。

「私も一緒に戦わせて下さい」

「しかし……」

「昨日、あの雪猿のことは見ています。どう戦うかも色々考えました。それに、私は魔法も使えます。治療のサポートができますよ」

本当にこの女戦士が魔法も使えるのか不安なようで、皆は顔を見合わせた。引退戦士セザとソーマが口添えをした。

「この方の強さは私が保証しますよ」

「ここに来るまでにも3匹ばかり雪猿を仕留めている人です。大丈夫ですよ」

それならばと王子は承諾した。ソーマの目と彼女の決意を信頼したのだ。

「それでは、貴女の勇姿を拝見させて頂きましょう」

そう言って王子は手を差し出し、彼女と握手した。そして他の仲間とも握手した。自信に満ちた彼女の微笑は爽やかで、とても頼もしく感じられ、王子はふと、この笑顔を一生忘れないかもしれないと思った。

 そしてメルシュ王子とソーマ、引退戦士セザ、兵士ラスカとエルマートに、助っ人のソニアを加えた6名は準備を整え、心配そうな仲間やルビに見送られて南塔から東塔へと移り、階下へと降りて行った。

 今回は屋内での闘いなので、ソニアは動き易くする為に極力防寒着を脱いで、一番下の胴着とズボンだけの軽装の上にトライアの鎧を装着した。金属製のこの鎧を長時間装着して雪原を行軍したら、とても持たないだろうが、たった一匹と解っている敵を倒しに行くだけなので、その間なら十分持つと思われたのだ。

 変事にいつでも駆け付けられるよう、他にも3人ついて来て、地下倉庫へ下る階段の入り口で待機することにした。何かあって叫べば、すぐに加勢してくれるのだ。

 階段入り口に辿り着いて、昨日は消しながら戻った油灯に改めて火を点した。階段が明るく照らされていく。その先に敵がいると知っているだけに、6人はゆっくりと足音静かに階段を降りて行き、気配を探った。相変わらず気味のわるい空気が漂っている。

 ソーマが彼女に耳打ちした。

「……どうです? やはり、まだいるんですか?」

彼は彼女の察知能力を信じて頼ることに抵抗を感じなくなっていた。

「……ええ、同じ所にいるようです。でも……かなり弱っているみたい……」

「……よし、一気に決着をつけよう」

一番下に着く前に先頭のラスカが剣を抜いた。二番手のセザが油灯を点し、王子、エルマート、ソーマ、ソニアと続いていく。

 ソニアは、昨日感じた奇妙な心の叫びと、おぞましい雪猿の姿とを思い出して多少気が引けていた。名乗りを上げたのは、いずれにしてもあれほど狂っていては助かる見込みはないだろうから、自分の手でできるだけ苦しまぬよう葬ってやりたいと思ってのことだった。

「他には一匹の魔物も見当たらないのに、何故あいつだけがこの城に留まっているのか……」

「敵が何か仕組んでいったのかもしれない。気をつけて行こう。仕留めるまでは、決して安心しないように」

 広間に入ると、彼らはW字をもう少し扇形状に開いた配置になって、それぞれ構えた。前列中央がセザ、その両脇がラスカとエルマート、後方に王子とソーマだ。ソニアは客人であり、淑女として更に後方の安全な所に下がらされていた。彼等が決着をつけるべき彼等の戦いなので、ソニアも援護に徹するつもりで前に出ようとはしなかった。

 そのうちに、また火を吐く直前の竜のような溜め息が通路奥から流れ、その後にズルッ、ズルッという引き摺る音が響いてきた。

 一度正体を見ているだけに、未知であった前回ほどの過度な緊張はなく、一同は落ち着いて構えて、敵が姿を表すのを待った。

 通路の深い闇の中から、あの雪猿がユラリと出てきた。

「うっ……」

「こ……これは……」

この広間の生臭さの元となっているらしい雪猿の血だらけの姿と、これまで以上の無惨な形に皆は顔を歪め、吐き気を覚えた。昨日の攻撃で傷を増やした雪猿は、本来なら顔と掌、足の裏以外は全身真白な毛皮で覆われているのだが、もはや白さの欠片もなく、何処も彼処も血と汚れでどす黒い赤に染まっており、防寒に優れたフワフワの毛皮も血糊によってベッタリと固まり、バサバサになっていた。

 今にもそこに倒れそうに見えるのに、目だけは狂った闘争心と怒りに満ち満ちてギラギラと燃えている。

 ソニアは、もうその瞬間から体が動かせなくなってしまった。またあの遠い叫びが頭の中に聞こえてきたのだ。声の主は、やはり目の前の雪猿としか考えられなかった。

「――――――行くぞ! 皆、かかれ!」

王子の指揮で、前列3人から一斉に飛び掛かって行った。誰の剣も全てが雪猿の体を斬り、みるみる痛め付けられていく。昨日よりも更に運動能力が落ちているようだ。人間達を打ちつけようと必死で振るうその腕も、彼らを掠めはしない。

 王子もソーマも攻撃に参加して一撃を食らわせ、足を狙って崩れさせようとしているが、ソニアだけは一向に動かず、そのまま固まっていた。王子も含め、彼女の闘いぶりを知らぬ者は、その程度なのかと思ったのだが、ソーマは奇妙に思って一度身を退き、彼女の側に行った。

「どうしました? ナルスさん」

「……わからない……」

そうこうしているうちに、突然雪猿が2人目掛けて突進してきた。セザや王子達が防ごうとするが、巨体の前進を止めることはできず、雪猿は2人の目の前まで来た。

 ソーマは彼女を守り戦おうと片腕で細身の剣を振るい、一方、ソニアはまだ動かず、雪猿の顔ばかりをずっと追っていた。大振りのパンチや爪の一掻きをかわす時だけしゃがむなどするが、際どいものは一つもないので、ソニアには傷一つつけられなかった。まるで目がよく見えていないのか、それとも実は当てる気がないかのような攻撃だ。

 雪猿は、自分の叫びを感じ取っているらしい者を見つけ、必死で訴えていたのである。狂気じみた目から流れる液体が涙であることに気づいたソニアはゾッとした。

「――――――だめだ! 攻撃しないで! 皆! やめて!」

ソニアがそう叫ぶと、一同は驚いて手を止め、一歩後退した。

「何です?」

「――――――彼じゃない……! 彼は違う……!」

「?! 一体何だと言うんです?!」

ソニアが雪猿から離れていくと、皆も訳が解らないながら更に後退した。

 雪猿はフラフラと覚束ない足取りで皆を見回し、威嚇を続ける。

「……この雪猿が助けを求めているように感じたんです。何か問題が起きているようで……」

「何を言っているんだ! こんなに狂って暴れ回っているというのに、助けだと?! どうしたらそのように見えると言うんだ!」

「もう少し様子を見て下さい! もう少しだけ! 何か解るかも!」

 そうして言い合ううちに、本当に雪猿の行動は変わり始めた。急に威嚇するのも動くのも止め、そこで立ったまま死んだかのように腕をダラリと垂らして、あの長い溜め息を吐いたのだった。そして、そのまま剥製の如く固まってしまった。

「……まさか……死んだのか……?」

今度はソニアだけが雪猿に寄って行き、項垂れ伏せったままの顔を覗き込んだ。彼女に怯える様子はなく、慎重に観察する素振りから、確かに気後れして攻撃をしなかった訳ではないらしいことが皆にも解った。

 そうして間近で気配を探っていると、何か別の生気が急速に膨らんでくるのを感じて、ソニアは目を見開き、素早く後退りした。そして剣を構え、その時に備えた。

「離れていて下さい! 何か様子がおかしいです!」

「――――ナルスさん! 一体何なんです?! どうしたと言うんです?!」

「……見ていて下さい!」

彼女がそう言うと、皆の目の前で雪猿の体は小刻みに震え始めた。血塗れの獣が訳もわからず痙攣する姿は、実に不気味でおぞましい。絶対に子供には見せたくないような光景だ。

 そして、その震えが徐々に大きくなり極まった時、真の異変が起きた。雪猿の身体の至る所から細長くしなやかな触手が伸びてきて、雪猿の体表を覆っていったのだ。

「おおっ!」

「こ……これは一体……!」

ソニアはその触手の動きを見て容易にあの刺客達を思い出し、吐き気に襲われた。

全装甲の鎧の如く肉の皮が築かれていき、元が雪猿だったとはまるで判らないような、ヌラヌラと照り光るピンク色の塊に変わり、やがてその激しい異変が治まると、雪猿の胸があった辺りの皮が裂けて、そこに暗緑色の虹彩を持つ巨大な目が出現した。その少し下方の皮も裂け、それは横長の細い口となり、毒々しく赤い口腔内から牙までが覗いた。

 化物は牙をカチカチと打ち鳴らして、更なる恐ろしさを演出している。グリグリと活発に回る目玉の動きといい、今までの雪猿とは明らかに動作性が違う。雪猿は負傷者らしい覚束ない動きをしていたが、目の前のこれには何の不足もない余裕が感じられる。

 恐ろしく奇怪な化物を目の前にして、皆が驚き竦んでいる中、ソニアの心に今度は全く違った意志が飛び込んできた。『ここから先は通さない』という鉄壁の意志だ。

 そんなものが感じられるだけ、あの時の刺客よりは高等な相手なのかもしれないが、それでも目的の為だけに生きているような機械的無情さを彼女は感じた。

 ソニアは尚も意志を探りながら風を起こして、化物の力が弱められないか試してみる。

 その動きを察知して、化物は背後から鋭い鉤爪を先端に持つ触手を何本も伸ばすと、皆に猛然と振り下ろしてきた。今までの雪猿とは比べ物にならぬ素早い動きに、皆は攻撃を避けながら警戒して壁際まで退き、震撼した。

 ソニアは身軽に触手をかわして、鋼鉄の剣で一本を断ち切った。化物は叫びを上げて憤り、残る触手で彼女を仕留めようと攻撃を集中させる。

 皆も彼女に続いて攻撃をしかけた。たった一体に複数の攻撃者とあって、ソニアに気を取られていた化物は殆ど全てを食らってしまい、更に2本の触手が断ち落とされてしまった。化物は再び全員に警戒するようになった。

「コイツは何なんだ?! こんな不気味な奴は初めて見る!」

「雪猿の新しい種類なのか?!」

ソニアは感じ取れた範囲のことと、これまでの知識を総合して慎重に言った。

「確証はないですが……おそらく雪猿と、この化物は別の存在です! 先程感じたものが雪猿本体の助けを求める声だとしたら……これは、未知の魔物による寄生なのかもしれません!」

「き……寄生……?!」

「雪猿の身体を借りないと行動できない性質なのかも! 今は雪猿が弱って、完全に乗っ取られた状態と考えられないでしょうか……!」

「ウゥム……」

あくまで推測でしかないものの、それが納得のいく説だったので、皆は怖気を背筋に走らせ吐き気を覚えた。

 全員が一旦離れて距離を置き、化物を取り巻いているので、化物は対象を狭められずに見回して威嚇ばかりを続ける。それでも追いこまれた獲物のような焦りはなく、こちらの出方を待っている狡猾ささえ窺えた。

 気がつけば、斬られた触手の口から黄色い泡がブクブクと湧き上がって、その先端は地を探るように這い回り、やがて斬り落とされた欠片を見つけると、傷口同士が引き寄せられて繋がり、再び融合してしまった。

 その回復再生の速さと特徴はあの刺客と同じで、ソニアはまたも悪寒に見舞われた。奇妙極まりない光景に皆も動揺し、慄き、更に距離を開けて壁に近づき、背が壁についてしまう。

「私がナマクアで遭遇した皇帝軍の刺客も、同じような性質を持っていました! どんなに斬っても、こうして回復してしまうんです! この化物が皇帝軍と関わりがあるのは間違いないでしょう! おそらく、ここで何らかの使命を負っているんです!」

「やがて、この城を乗っ取る時の為に倉庫の物資を確保するつもりなのか……?!」

王子とソニアには違う考えがあったが、それは言えないので、皆にそう思わせておくことにした。

「――――――倒すより他ない! 一気に決めてしまおう!」

王子の掛け声で、皆は再突進する。セザ、ラスカ、エルマートは触手を懸命に斬り落としながら、胴体部への攻撃をしようと懐深く入ることを試みた。王子とソーマは触手をひたすら斬って、攻撃する3人に回る触手を少しでも減らそうとする。

 皇帝軍の息がかかった怪物となれば、手早く仕留めないと梃子摺ることをよく知っているソニアは、ここで初めて攻撃に入った。風が吹き荒び、何本もの触手が揺らめく中を突っ込んで行き、鋼鉄の剣を振り上げ、咄嗟に繰り出された鉤爪もかわして一気に振り下ろし、化物の上部を狙った。

 化物は真っ二つに裂けて、叫び声も上げずに動きを止め、グラグラとよろめき、やがてバタッリと倒れてしまった。その下に雪猿の体があるという躊躇いがあって、ソニアは外側だけを斜めに切り裂くようにしたのだが、効果はあったようだ。

 しかし、それだけでは抹殺には至らなかった。

 突如その肉塊は再生を始め、物凄い勢いで黄色い泡を立てながら元の形に戻っていき、それどころか、より歪な形状になって立ち上がってしまった。その顔はグロテスクに捩れ、触手の数まで最初より増えて傷口から伸びている。あの刺客よりも再生力は格段に上のようで、ソニアは目を奪われた。

 そうこうしているうちに電光石火の速さで触手が伸び、八方から彼女の手、足、剣を捕えて縛り上げた。

「――――――ナルスさん!!」

王子はすぐさま助けに向かい、他の兵士もそうしたが、別の触手が不規則に屈折した動きで伸びて王子の腕を取り、緊縛してしまった。

「――――――王子!!」

ソーマやセザが救助に向かうが、鉤爪の触手が行く手を阻んで空中を踊るように応戦し、片腕一本のソーマの剣と鉤爪が噛み合い、押し合った。

「おのれ……! どけえ――――っ!! 邪魔だ――――っ!!」

セザも触手を斬ってはいるが、そのくらいではこの化物はびくともせず、見ている側から次々と再生し、触手を増やしていった。

「ダメだ……!! 斬れば増えるだけだ……!!」

ラスカもエルマートも戸惑い、手立てがなく途方に暮れた。

「どうすればいいっていうんだ!!」

そんな中、緊縛されたソニアは直に化物と接触していることで、今度は意志だけでなく、何らかのイメージを感じ取った。

 同じこの場所で、雪猿姿のままのこいつが誰かと戦っている。雪猿の肉体は支配しきれていないが、精神は9割方乗っ取ってしまっていた。傷だらけの兵士が1人倒れ、2人倒れ……そして高位の絢爛たる鎧に身を包んだ人物までもが雪猿の歯牙にかかって膝を落とし、石の床にガクリと倒れ込んでしまった。あれは――――――

「王は……ここで死んだの……?!」

つい言葉が出て、ハッとして緊縛された王子を見てみれば、彼も同じものを感じ取ったらしくワナワナと肩を震わせていた。

「やはり……お前が父上を……!!」

ソーマも聞きつけ、目を見開いた。

「なんと……陛下はここでお亡くなりになったのですか?!」

「……避難民の誘導をしていた私は……この城の陥落の時を知らなかった……! ようやく戻って来てみれば、ここに父上がいるのを発見して……こいつに攻撃される前に慌てて収容したのだ……! 許さぬ……! 許さぬぞ……!!」

拘束された身ながら、王子は懸命に剣を振ろうとし、もがいた。しかし、特殊な粘液を出している触手はしっかりと絡みついて密着し、剥がれることはない。

 ソニアも振り解こうと身体を捩るが、全く歯が立たず、しかも敵は見た目以上に賢いようで、2人が術者であった時の為に、彼女の手も王子の手も、本人に向けるよう顔の前で固定されていた。これでは無闇に攻撃魔法は放てない。

拘束した獲物から一時関心を逸らしていた化物は、2人の抵抗を知ると更に触手を追加して、2人の喉元に巻きつけて絞め始めた。苦しさに、ソニアも王子も呻きを漏らす。

「王子!!」

「メルシュ様!!」

「ナルスさん!!」

触手に阻まれて、誰も近づくことができない。

 ソニアはこの事態を打開できるのは自分しかいないと覚悟して、空間内に突風を発生させた。触手が自在に動かせなくなり、化物が苛立つのが解る。湿った木を裂くような怖気の走る雄叫びを発して、巨大な目を皮で覆い閉じた。飛んで来る物から目を守る為だ。

 ソーマ達も同じく風に圧倒されて容易には動けず、2人を助けに向かいたくとも、それどころではなかった。原因の解らぬ突風の中、皆はその場に留まる為に身を伏せるだけで精一杯で、ソニアが風を強めるほどに身を低くしなければならなくなる。最終的には完全に身を床に伏せきっていた。床に落ちていたあらゆる物が風に飲まれ飛び回り、自らが伸ばした触手の為に身を伏せられない化物に次々と衝突する。触手の幾本かも断ち切らてしまった。

 ソニアを拘束していた触手の一つが緩んだ隙に彼女は渾身の力で身を振り切って、触手の何本かを身体に巻き付けたまま即座に風を止めて王子の下に駆け付けた。首を絞められたせいでやや酸欠状態にありながら豪速で剣を振り回し、あっという間に王子を緊縛から解放する。そして倒れ込んだ彼を抱きかかえて壁にまで避難し、机の陰に降ろした。

 有効時間はそれまでだった。風が止まったことですぐに化物は触手攻撃を再開し、ソニアが王子救出を優先させて自らを取り巻く触手を残していた為に、それを引かれるだけで化物の目の前に引き戻されてしまった。

ソニアは引かれながら剣をさらに躍らせて触手を断ち切る。拘束を解くことはできたが、化物に近づくことは避けられなかった。

「――――――王子を確保して!!」

身体を伏せて目も閉じていた兵士達は何が起きたのかわからず、顔を上げて辺りを見回した。

 ソニアは接近したこの機会に、今度は躊躇わずそのまま踏みこんで『アイアスの刃』を叩き付けた。自ら引き寄せた獲物が至近距離で唐突に放った大衝撃に化物は完全に面食らい、正面から真空刃を受けて倉庫入り口の壁に吹っ飛び、触手諸共叩きつけられた。

 誰もその瞬間を見なかったが、化物が倒れ込んで触手も落ちているのが解り、物陰には王子がいて咳込んでいるのを見つけると、セザやソーマが駆け付けた。そして無事であることを確認すると、そこで盾となるよう立ち塞がって構えた。

 するとそこに、あまりに騒々しい物音を聞きつけて心配した待機兵が階段を降りてやって来た。

「――――――大丈夫ですか?!」

ソーマが来るなと言うか言わないかの内に、衝撃と痛みにパニックを起こしたらしい化物が胴体を立て直しもせず触手を盲めっぽう伸ばして空間中に張り巡らせた。突然目の前に広がった光景に乱入した兵士は恐怖の叫びを上げる。

 触手は海綿組織状に交差し、壁のように冷たく平面状の物以外、何でも触れたものを手当たり次第に縛り上げた。机に隠れていたソーマ達は幸い捕えられなかったものの、駆け付けた兵士は逃げる間もなく触手の餌食になってグルグル巻きにされてしまった。

 ソニアは剣舞しながら触手を断ち続けて兵士の下に駆け付け、窒息しかかっている彼を緊縛から解放すると階段入り口に突き飛ばした。

「――――――下がれ!! 出てくるな!!」

自分の身一つ守るだけなら可能だったが、度々助けの必要があってソニアは十分に警戒できず、兵士を助けたのと同時に剣を触手に跳ね飛ばされて取り落としてしまい、自らも再び捕らえられてしまった。鋼鉄の長剣も触手の虜となってしまう。

 風を起こすが、先程風で飛んだ物は全て固定されているので再び舞いあがることはなく、風圧によって触手の動きを弱める助けにしかならない。何とか声が出せるうちに彼女は叫んだ。

「――――――隙を見て……撤退を!!」

物陰からその様を見ているソーマ達は戸惑い、手助けしたくとも、ここから逃げ出すこと自体が難しそうで身動きが取れなかった。

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