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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第10章
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第3部10章『雪原の彼方に』6

 白夜の国の闇は短く、一行の目覚めも早かった。警戒や悪夢による浅い眠りで十分な休養を取ったとは言えない面々は、また雪原を進み始めた。

 敵の姿はなく、昨日と同じ頻度で魔物と遭遇するだけで、同じような行軍が続く。途中の村にも人の影はなくて、皮肉にもまた十分な資材、食料調達ができ、それでも家屋の破損程度は酷くなっていき、歩きに歩いてまた夜半に辿り着いた村では殆どが全壊、半壊となっていた。一行の覚悟も増して行く。

 かろうじて一晩の宿にできそうな、風の吹き込まぬ家を選んでまた暖炉に火を焚き、昨日以上に言葉少なく過ごし、皆は早めに毛布に包まって眠りに就いた。

 流星魔術薬どころか魔術師どころか、人一人見つからぬ現状に参って、ソニアは重い溜め息をつき、トライアの人々やアイアスのことを思った。

 あれから刺客は来ていないので、自分の居場所を知らせる目印はもう捨て去ることができたのかもしれないが、今はそのことさえあまり思い出さなくなって、とにかくソニアはひたすら荒廃した雪国の滅び様に心痛めていた。

 その夜、皆が寝入った頃に戸口で物音がして、熟睡していた者を除く半数以上がガバリと起き上がった。引退戦士もソニアも咄嗟に剣の柄に手を掛け、ソーマは杖を握り、ミュードは弓を手にした。

 気のせいではなく、やはり戸口の外で軋む音がしている。風や低温による家屋の部分的な軋みとは、音の鳴り方が異なっている。何者かがそこにいるのだ。

 後を尾けられたのかと皆は緊張し、ようやく異変に気づいた残り2人も目を覚ました。ソーマはそっと口元に人差し指を添えて、黙っているよう皆に促した。

 小さな軋みが何度か続く。大人数でも大型の獣でもない。1人か2人の、人程の大きさの何かがそこにいるのだ。戸を触っている。獣の爪で引掻くような音とは違った、ドアノブを握れる器用な手を持つ者が扉を開けようとしている様子だ。

 ソニアは身振りでルビに奥へ行くように示し、ルビは扉を凝視したまま、抜き足差し足で後退りした。ソニアはソーマや引退戦士と目配せして確認し合い、彼女がドアの閂に手を伸ばす仕草をすると、ややあってソーマが頷いた。戦士もより一層深く身構える。ミュードは震える手で矢を番えた。

 ソニアはドアに忍び寄り、暫く聞き耳を立ててから、もう一度ソーマ等に目配せして心構えをさせ、それから一気に閂を剣の柄で弾き上げて扉を開いた。ソニアと戦士が剣を抜き、ソーマが杖を掲げる。

 しかし、そこにいたのは恐れたような敵ではない、小さなものが2ついた。

 ミュードが緊張のあまり指を強張らせ、矢羽が手をすり抜け放たれてしまった。ソニアは物凄い速さで剣を一旋し、その矢を一刀両断にして落とした。突風までが矢を止める為に発生して部屋中を逆巻き、危うく暖炉の炎が消えかかった。

 火の少ない一瞬の闇の中でソニアは叫んだ。

「――――――敵じゃない! 敵じゃない!」

皆が固まっているうちに炎が戻り、元の光量になってパチパチと薪がはぜた。その明かりが戸口にいる者を照らし出す。

 何とそこにいるのは、寒さとショックにガタガタ震えて手を取り合っている子供達だった。10歳前後らしい少年と少女だ。少女の方が小さくて顔も似ているから、一目で2人が兄妹だと判った。言うまでもないことだったが、敢えてソニアは言った。

「子供だ! 驚いている! ……武器を納めよう!」

皆はゆっくりと剣や弓を引き下げた。ソニアも剣を鞘に戻し、2人に手を差し伸べた。それでも2人が動かないので強引に肩を取ってやり、家の中に引っ張った。2人共痩せている。2人が入るとソニアは再び扉を閉め、閂をかけた。

 ソーマ等が子供達に寄り、どう見ても敵ではない彼等を抱きとめた。

「君達は……生き残りなのか……?! そうなのか……?!」

子供等2人はうまく答えることができず、それどころか言葉を発することすらできず、今のショックもあって長いこと震えて泣いてばかりいた。

 皆はともかく2人を火に当たらせ、毛布を掛けてやり、温かい飲み物も用意してやった。2人はそれを夢中で飲んだ。見ているだけで労しさが込み上げてくる姿だった。ルビは、出発前に大人から貰っていた貴重なキャンディーを2人にあげた。それも2人は喜んで口にした。

 2人が落ち着いて話せるようになったのは、そのキャンディーが口からなくなった頃だった。

「……ボクら……家の床下に……ずっと隠れてたの。……母さんがそうしろって……。ボクら……ずっと隠れてて……恐ろしい音がして怖くて隠れてて……」

何とこの子達は、今までずっとこの村で生き延びてきたのだ。襲撃時に家の床下貯蔵庫に隠され、騒乱が収まって静かになった2日後に恐る恐る外に出てみると、誰も彼も死んでいるかいなくなるかして、2人きりになっていたのだとか。外に魔物がいる恐ろしさは知っているので村を出る訳にもいかず、助けが来るまでこうして2人、火もない中、家の中で毛布に包まって抱き合いながら寒さに耐え、残された食料や飲み物で2週間以上も耐え忍んできたのだ。

 毎日窓から外の様子を窺い、今日の日暮れ間際にソニア達の姿を見掛けて、ようやく来た助けだと思って外に出、後を追ってこの小屋にやって来たのだ。

 すぐに飛び出して知らせなかったのは、始めは信じられなかったのと、妹を呼んで起こし、外に出られる格好に着替えようと思ったかららしい。

 皆は代わる代わる2人を抱きしめて、涙ながらに「よく頑張った」と誉め、「もう大丈夫だ」と安心させてやった。

 襲撃後のことを何も知らない子供達に、大人達はできるだけ優しい言葉を選びながら、この村のように国中の人々は襲われ殺されてしまったが、今は敵の姿も見えず静かになったことを教えた。そして、彼等がどのような目的で旅をしているのかも。

 この子達を発見した以上、洞窟に戻った方がいいのかもしれないが、後1日で城に着くという距離にまで来たというのに引き返すのも勿体なく、労力や時間の浪費になってしまうので、せめて2班に分かれてでも調査人員を城へと進ませるべきだった。

 事情から、ソニアは城への道を選びたい。しかし彼女一人欠けただけでも、洞窟に行こうが城に行こうが戦闘は困難になるように思われた。ましてや、新たに子供が2人増えた状態では。結局、戻るにしろ進むにしろ、皆が一緒になるしかないのだ。

 この選択に関して、ソニアに発言権はないに等しかった。彼女はルビを連れて来ている訳だから、「ここでお別れだ」とたった一人で城を目指すような、無責任な行動を取る訳にもいかない。何より、新たな子供2人を捨て置いて行くこともできない。どんなにトライアへの道を模索したくとも、ここは彼等の決めた道に同伴するしかなかった。

 あわや、洞窟に戻ろうと意見がまとまりかけた時、彼等の熱心な話し合いを聞いていた子供達が言った。

「……ボクら……お城に行きたい……」

それを聞いて、顔を突き合わせていたソーマと戦士はひどく驚き、彼等の方を向いた。なんでも、よく遊びに訪れていた親類の家が城下町にあり、知り合いの兄が兵士をしていたから、それらの安否を自分達の目で確かめたいのだとか。ソーマ等は、城へ行くのがどれほど予測不能な危険を孕んでいるのか2人に言って聞かせた。

「……もう、いなくなったんじゃないの……?」

「ここに来るまでは見てないが、城にはまだいるかもしれないんだ。敵に会いたくはないだろう?」

子供達は疲弊した顔で考えた。敵は確かに恐ろしいが、自分達が任務の妨げになっていることも解っていた。

「……悪い奴等がいなかったら……お城に行きたい」

一同は協議し、城行きを遂行する場合の更に2パターンを加えて考えた。何人か先発隊が出て様子を窺ってから、またここに戻って来て再出発をするというもの、これだと後余分に2日はかかる。様子を見ながら慎重に全員で首都に近づいて行き、怪しかったら引き返す、これなら予定通りのペースで行ける。その分危険度は若干高かったが。

 そして最終的には、どうにか城が見えるギリギリの所まで近づいて行き、遠巻きに様子を窺い、そこで子供達やお守りを待たせて偵察隊が街に入り、大丈夫だったら呼びに戻って一緒に街に入るということになった。少しでも危険そうなら洞窟に引き返す予定だ。

 そうと決めてから、一同は新しい仲間と共に改めて就寝した。思わぬ事で起こされてしまったが、喜ばしいハプニングだった。滅びばかり目にして来たが、こうしてようやく何かを助けることができたのだ。この旅が無駄ではないと知ることができた皆は、ささやかな満足感と共にまどろんで、やがて深い眠りに落ちていった。


 翌日、子供等の体調を見て昨日より若干遅い出発をした一行は、敵の目を警戒しながら慎重に道を選び、雪道を進んで行った。ルビも兄妹も一緒に橇に乗せて、毛布に包ませている。町で調達できた毛布や食料もあるので、重量は出発時より格段に重く、牽き手も押し手もより一層の力が求められた。

 5刻ほど歩いて中間地点手前辺りに辿り着いただろうという頃に、戦士が言った。

「――――あの山の麓を曲がれば、城が見えてくるはずだ」

それを聞くと、子供達も少し目を輝かせた。度々起こる戦闘に初めは怯えていたが、次々と敵を打ち倒して行くメンバーの強さを知ると、次第に安心して戦いぶりを眺められるようになり、やがて興奮しながら観戦するようになった。ルビは得意そうに解説してやったりし、時には自分も攻撃魔法で参戦して兄妹を驚かせた。子供達が元気にしていれば、大人達も何だかうまく行きそうな気がしてきて、胸が軽くなった。

 すると、戦士がやおら大声で歌い始めた。どうやらビヨルクの軍隊行進曲のようで、すぐに若者2人も反応して加わり、笑いながら一緒に歌った。ソーマも参加した。手にした杖や拳を大振りに振って力強く拍子を取りながら、時折合いの手を入れて前進を続けた。ソーマは笑いながら振り返り、ソニアに目配せした。


 ヨリオ リオリ ホリホ 暁は東から

 ヨリオ リオリ ホリホ 風は彼方から

 ロリホ 何処までも

 オリホ 路は続く

 オリオ 我等も

 ホリホ 何処までも


北方独特の、単調且つ大河の流れの如くゆったりとした旋律は、雪にも風にも負けず力強く響いた。北方の民は声の良い者が多いのか、彼等の声は皆揃って朗々と安定感のある波を持っており、聴いていて気持ちのいいものがあった。城に近づけば歌うことはできないが、今は向かい風が強いから大丈夫だろう。

 ソニアは何だか嬉しくなり、持ち前の歌好きさとセンスでメロディーをすぐに覚え、ハミングで彼等に加わった。そのうちに歌詞も覚え、ハミングから歌に変わり、彼女の声が通るようになると、おや、といった顔で皆が彼女を振り返った。彼女も微笑み、皆も笑い、子供達も加わって一緒に歌い、皆で進んだ。

 笑顔の為か、歌の為か、雪が今までより美しく輝いて見える。かつて城行きの旅をした時には、こうしてワクワクしたものだと子供達も思い出した。

 意気高まり、心なしか進行速度も上がったかのように思われ、そうして雪を踏みしめ橇を牽いて行くうちに、一行は山の麓を回りきってしまった。

「――――――あれがスネッフェルスだ!」

皆は一度足を止めた。地表近くに広がる背の高い針葉樹林の切れ目から、一際高い灰色の城郭と尖塔が覗いている。彼等の目は輝いた。いかに敵が残っている危険性がある都市とは言え、祖国の城を忘れる者はいなかったのである。失われた国のシンボルそのものなのだから。

 ここから見る限りでは、思ったほど激しい損傷や崩壊の様子はないし、煙も上がっていない。もっと近づいて森の切れる所まで橇を運ぶことにした。

「ここからなら、後は早いもんです。日暮れまでには十分な偵察を終えて判断が下せるでしょう」

ソニアは記憶の中にあるビヨルク城と、遠くに見えるものの姿とを照らし合わせて感慨に耽った。雪が積もらぬように設計された流線型の外観は今もそのままだ。町の家屋は10年以上経過すると火災等の事情により建て替えられたりして様子が変わっていることがあるが、城というものはそう簡単に外観を変化させないものだ。

 お兄様、私はまた、ここに来たんだよ。

 そうして心の中でアイアスに呼びかける内に、彼女は彼の残したある言葉を不意に思い出した。

『自分の事でどうしても解らない事があって、それが苦しくてしようがなくなったら……ビヨルクの王様に会いに行ってごらん』

不思議と、今まであまり思い出すことのなかった言葉だった。あの城で何やら奇妙な事があってアイアスと逃げ出した時のショックは覚えているのだが、その後大分経ってから聞かされたこの言葉は、よく解りかねたのと印象の薄さから、今まで頭の片隅に追いやられていたのだ。

 あの時、実に妙な目で自分のことを食い入るように見つめていたあの王は、まだ生きているのだろうか。

 一行は橇を押し、牽いて、もうそこに見えている城に近づいて行った。

 北方狼の遠吠えが悲しく森に響き渡る頃、一行は森の端に着いて、そこからまた都市の様子を窺った。雪避けの為に城壁が高く設けられているだけに、ここからでは中の様子がよく解らない。だが、都市全体を包む外壁部分の損傷の激しさは見て取れた。実に破壊的な攻撃があったと見受けられる大胆な崩れぶりである。所々大きく穿たれ、完全なゲートと化していた。

 この都市には不案内なソニアと一番の護衛役である引退戦士がここに残り、ソーマと若者2人で偵察に行くことになって、3人は雪道を森伝いに、なるべく姿を隠しながら進んで行った。沈まぬ太陽の位置が最も低くなっても戻らなかった場合には、このメンバーだけで引き返すことになっている。

 長い待ち時間の間、ソニアは遠巻きながら敵の気配を探ったが、大きな者の存在や、群れのような集団の存在は感じ取れなかった。今は眠っているだけなのかもしれないが。

 北方狼の遠吠えが耳に届く度に子供達は怯え、それをソニアが宥めた。もうすぐだよ、大丈夫だよ。そう言って聞かせているうちに、2刻ほどでソーマ等は戻って来て頭を振った。急いで来たので息を切らせている。

「――――誰もいない! 人間も敵も……! 城の中にまでは入らなかったが、あまりに静かで……あの分では、敵がいたとしても大した数じゃないだろう。とにかく雪も氷も家も、何もかもそのままになっている。少しばかり資材が少ない気もするが……敵が漁ったような感じではなかった。これなら……街の家に隠れることもできそうだ。街に入ろう」

 そうして一行は橇を牽いて城都市の門にまで進み、3人が開けてきた僅かな隙間を、今度は全員で抉じ開けて広げようとした。ソーマは背をかけ足をかけ、懸命に押し開く。やがて橇が進める程度の幅が開き、一行は中に入って行った。

 雪だらけで進み辛かったが、押し分けるようにして雪を掻き進んで行き、最も雪浅く手近だった所で子供達を下ろして、安全そうな家を選び、そこに隠れさせた。雪に覆われて全面的に白いから解り難いものの、ここも全壊、半壊が殆どで、風を防いでくれそうな所は数少なかった。

「……これが……あの都か……」

戦士は目を細め、声を落としてそう呟いた。

 正に白い廃墟だ。 焼け焦げた街というのも敗北感を印象付ける絵だが、雪に覆われているというのは、また別の意味で敗北を感じさせた。焼けた街が火葬をイメージさせる死の象徴だとしたら、こちらは全てが凍りつき、何の熱も生命も感じさせない、全くの死、そのものだった。雪がハラハラと舞い降り、視界の中で蠢いているのに、どうしてか時が止まっているかのような錯覚を抱く。

 若者2人と子供がもしもの時の為に家に残って火を焚く準備をし、ソーマと戦士、ソニアとで探検に向かった。街は粗方回ったらしいので、3人が真っ直ぐ目指すのは城である。

 3人は雪を掻き分けながら街のメインストリートを進み、巻上げ式の門がある城壁の入り口へと向かった。一面をぐるりと川に囲まれた城壁の門は、ロックを破壊されたらしく、降りていて橋となり、そのままになっている。

 ここに来て、ソニアはその付近の街並みにジッと目をやった。門近くのこの辺りに、確か絵本を読んだ市民向けの書館と、アイアスと泊まった宿屋が……

 その2つはどちらも崩壊して雪に埋もれ、何処に何があったのかも判らなくなっていた。本当にここに存在していたのかも疑わしく感じられる程に、一帯の景色が変わってしまっている。ソニアの瞳は揺れた。

 彼女のそんな様子に2人は気づていたが、ただ廃墟の姿に心痛めているのだろうとしか思わず、そっとしておいて橋を渡り始めた。

 ソニアは2人に続いて橋を渡り、前方を見ていながらも、記憶の底から甦ってきた絵本の画や宿の風景、アイアスのことばかりに心奪われていた。

 門を越え、ビヨルク城敷地内に入ったソーマは、間近で見た城の姿に改めて声を上げた。

「――――――もっと破壊されているかと思ったのに……!」

主城たる流線型の城郭は、基礎部分から頂点に至るまで概ね形を留めている。極北狼の牙と謳われた美しさは健在だったのだ。

「こんなに……きれいに残っていたなんて……!」

ソーマも戦士も嬉しそうに互いの顔を見合わせた。2人共が、かつてここに勤めていた経歴を持つのだ。ソーマは滅びる寸前まで。

 しかし、喜びを分かち合おうとソーマが振り返ると、後ろにいたソニアが何やら浮かぬ顔で庭園に視線を落としているので、ソーマは首を傾いだ。

「……どうしました? ナルスさん」

ずっと過去の幻影に捕らわれていたのに、頭の中に何やら別のヴィジョンが紛れ込んできたので彼女は驚いていた。悲痛のあまり眉根を寄せ、瞳が揺れ、潤んでいく。ソニアは口元を手で覆い、信じたくない様子で何かを否定するように頭を振った。

「……ナルスさん……?」

ソニアは庭園のある一角におそるおそる進んで行き、城壁と城の外壁とが交差して吹き溜まりとなっている所の前で立ち止まり、雪の山を見下ろした。2人はただ見守っている。

 ソニアは突然そこで雪を掘り始めた。まるで土の下に小動物を見つけた犬のように、夢中で雪を掻き分けていく。ソーマと戦士は困り顔で目を見合わせ、肩を竦めた。

「ナルスさん、一体何を……」

ソーマが近寄って声をかけた時だった。ソニアがかなり深く掘った雪の下に何かが見えて、ソニアは手を止め、ソーマは口を噤んだ。後からやって来た戦士も息を飲んだ。

 深く積もった雪の下に、人の衣服が見えている。自然界にはあり得ない、あまりに鮮やかな青だったから、すぐにそれと判った。白い刺繍のコントラストに目が醒めるようだ。衣服の端には、青褪めた人の肌が見えていた。手だ。

 3人が呆然とそれを見ているうちに、次から次へと雪が降ってきて、その手の上に降りかかっていった。

 ソニアはヨロヨロと立ち上がり、涙目のまま辺りを見回して己が肩を抱き、震えた。彼女の視線は雪で降り積もった庭園中、辺り一面に注がれていた。

「……なんて……なんて沢山……! こんなこと……!」

ようやく理解したソーマが唇を震わせ、まず彼女が掘り当てた遺体に再び雪をかけて、それから立ち上がり、うろたえる彼女の肩を取った。

「酷い……! 皇帝軍なんて……!」

彼女の言葉に頷きながら、ソーマは言った。

「皆……いるのですね? ……この雪の下に」

ソニアは俯き、戦士も鼻を啜って項垂れてしまった。ソーマは目を閉じ、そっと涙を溢して、それから囁いた。

「……今の時期では、この雪の下に……魔物も仲間も皆埋もれてしまって……掘り起こすのは困難な作業となりましょう。……ですが……この冷気が彼等を美しいまま残してくれるはずです。春が来たら……その時こそ彼等を葬ってやれるでしょう。それまではそっと……このままに……。我等はきっと……この国の為に散っていった仲間達に美しい墓を造り、立派に弔いますよ」

覚悟していた彼は、全て承知の上で微笑んでいた。仲間の死をも乗り越え、自らの損失にも耐え、強く生きようとしているのだ。これからの未来を担い、新しい国造りに専念することが、散っていった者達への一番の餞になると解っているのである。ソニアはその姿を立派だと思い、これこそが長年雪と氷の世界に耐えてきた北国の強さなのだろうと思った。

 彼女が口元を強く結んで頷くのを見ると、ソーマは自分の涙を拭いながら言った。

「さぁ、とにかく中に入ろう。敵がまだいるかもしれんから、くれぐれも注意して」

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