第5部32章『滅亡のとき』18
「……表向きは一週間内にこの国の領土を出て行くことになっていますが、彼女はそれ以降も領土内に留まり、身を隠しつつ皇帝軍に備えて共に戦うつもりです。何かあれば必ず駆け付けると、そう約束して出て行きました。でも……こちらから連絡を取る手段はありません」
「では……あの方が待ち焦がれていたアイアスさんのメッセージを……お伝えすることはできないのですね?」
「この事はすぐに世界中に広まるでしょうから、彼女が噂を耳にしてくれることを願うばかりです」
折角、すぐに会いに行くとアイアスが言っているのに、これでは引き合わせようがない。彼女が噂を聞きつけて自力でホルプ・センダー本部に来てくれることを祈るだけだ。
フィンデリアはアーサーが如何にソニアを慕っていたか知っているし、今これだけのことを話せるのだから、ソニアの味方であることは明白である。さぞ彼女を庇い、それでも守り切れず、そんな己に失望しているのだろうと察せられた。それほどに、彼の目に涙はなくても顔が泣いていたのである。
彼女と裂かれたことが苦しくて、この若き戦士は心患い、国王は体までをも壊してしまったのだ。かつてサルトーリでただの姫としてぬくぬくと生活していたら、こんな思いを抱くこともなかったかもしれないが、フィンデリアは思った。この国は何と愚かで勿体ないことをしたのだろう、と。
現に、彼女はソニアの伝手を頼って再び虫王国に行くことができないかとも期待していた。事が済んだらハイ・エルフと虫族は友好的にありたいと女王キル=キル=ダビニが言っていたから。でも、それは今すぐは叶わない。
粗方事情を聴き終えた姫は、アーサーと共に王室内に戻った。すると、先程はいなかった幾人かの幹部達が来ていた。やはりフィンデリアの来訪を聞いて、ソニアと交友のあった彼女に事を説明する為に現れたのだ。病床の国王には重荷であるし、ソニアを擁護していた側の者に説明させると事が抉れるのではないかとも思ってのことだった。彼女はホルプ・センダーとして各国にも通じる重要人物であるから、この国に悪感情を抱かれると何かと不利である。だが、既に遅かった。
彼女は滞在期間中に誰がどのような地位にいるのか把握していたので、そこに集まれるだけの高官が集っているのが判った。それぞれが彼女に挨拶を言う。そしてソニアの追放に関して口を開きかけたので、彼女の方が機先を制し、実に毅然としてこう言い放った。
「話は聞きました。異種族と関わりを持ち、また彼女自身もその血を引くから追放されたのだと。今だからこそ私ははっきり言っておきましょう。私は、彼女がエルフの血を引くということは知っていました。それでもあの方をお慕いしたのは、あの方自身が素晴らしい人物だったからです。彼女が持つ血の特殊さ故の技で私は助けられましたし、特殊な友達も素晴らしい方でした。
ホルプ・センダーとして世界情勢を見ている私が思いますに、これからの時代を生き抜くには彼女のような方が必要です。その彼女を追い出したということは、自ら滅びを選択したようにしか思えませんわ。全く、何て惜しいことをされのでしょう。あなた方は、失った宝の貴重さにまだ気付いておられない。哀れでなりません」
フィンデリアがあんまりズケズケとものを言うものだから、誰もが唖然として口をポカンと開けた。自国民であるが故にここまで彼等をいきなり貶せない国王やアーサーは逆に感動して聞いていた。これが言える者が、今この国にはいないのである。
「失礼、部外者であるから、つい遠慮を欠いて言い過ぎましたわ。でも、真実です。私、今日はこれで失礼いたしますわ。他にも行く所がありますので。それでは」
フィンデリアは国王に向かって深く頭を垂れると、お体をお大事にと言って退室していった。颯爽たるその姿はまるで戦士のようであった。