第5部32章『滅亡のとき』12
「君があんなに悲しんで疲れていた時に、一気にぶちまけたからな……。もう一度ゆっくり話した方がいいのかもしれない」
ソニアは、必要ないとばかりに苦々しい面持ちで首を横に振った。
「やめて。……聞きたくもないし……考えたくもない」
「ソニア……」
「ソニア様……」
彼女の心も身体も、本当の意味での休養はまだ全く取れていなかった。以前にエリア・ベルを訪れて輝いていた時と比べても明らかに顔色は悪いし、頬が瘦せたようにも見えた。
髪を切り落した後、綺麗に整えて今では頭の形に合わせてなだらかに曲線を描くほどの短髪になっているから、その姿は痛々しくさえある。
だが、それでもまだ彼女が美しいということが、哀れさを更に募らせた。彼女を間近にしてから、彼等はずっと目が離せないで見入っている。
「……あなた達がどんな世界に生きているのか知らないけれど……今、この世界……この大地では……沢山の人が死んでいるのよ? 皇帝軍なんてものが結集して……人間を滅ぼそうと戦をしているのよ? このたった数日の間だけで……私は……とても大切な人を2人も失ったわ……」
言葉にするだけで、その2人の死に様が目の前にまざまざと蘇り、ソニアは眉根を寄せて涙を堪えた。そんな彼女に口を挟めるはずもなく、3人は説得者らしくジッと彼女の話に耳を傾けた。
「今も……大切な人が、いつ失われるか判らない不安で一杯な思いで生きているのよ? もう、これ以上……誰も不幸な死に方をさせたくないのに……。本当に、セルツァが言うような見守る場所が存在しているのなら……どうしてこんなことになっているの? 死んだ人達は二度と戻らない。信じろって言う方が無理だわ」
セルツァは痛い所を突かれたと言うように目を閉じた。
「私にとって確かなことは……この国に守るべき大切な人達がいて、その人達が今もなお危険に晒されているということだけよ。とても信じられないような別世界の為に……その人達を放ってこの地を離れるなんてことはできないわ」
エリア・ベルで外世界と隔絶して暮らしているデラやアルスラパインには、とても説得の言葉は浮かびそうになかった。この人間世界で生きている彼女を説得するには、自分達もこの世界をよく知っていなければならない。
「……君は、本当に人間に慈悲を与え、人間と同化しているんだね。オレ達エルフは世を捨てているところがあるから、どうもその辺の感覚が鈍い。確かに……まだ理解が足りないのかもしれない。君の心の」
セルツァはもう無理には微笑まず、ただ真っ直ぐにソニアを見つめた。隠し事が多く、またおどけていることが多い彼が誠実そうに見えたのは久しぶりのようにソニアは思った。
彼に悪意がないのは解っているのだが、自分の知らぬ間に何かを企んでいるような得体の知れない部分を持っていたので、その冷静で頭の良さそうな雰囲気と秘密をどことなく警戒していたのである。味方だと宣言している者が必ずしも味方とは限らないこともあるから。
だが、その雰囲気は、彼が長年あらゆる世界を旅してきて、尚且つ生き残ってきたことで身に着けた、ただの貫禄だったのかもしれない。
「急に、信じろと言うのは止めるよ。だが……ともかく聞くだけは聞いてくれ。君は、確かにあのヴァリーと戦ったはずだ。そのことまでは否定しないだろう?」
彼に誠実さが見えたからこそ、ソニアも話を遮らずに黙って聞いた。
「オレ達が世を捨てて人間のことを見て見ぬフリをしているように……天空も動きがトロくてギリギリまで当事者達に任せているところがある。君ほど、この地上に対して積極的な慈悲を持っているとは言えないかもしれない。だからここまで皇帝軍をのさばらせちまっている。何事も自分達で直接手を下さず、“天使”を遣わして代理として戦わせ、それにすっかり任せちまっているのが現状だ。だからここまで来た。だが、それも……天空に人間が全くいないに等しいせいもあるだろう。天空の都市が無いわけじゃないんだ。オレ達エルフの存在を認めてくれるなら……どうかそれだけでも解って欲しい」