第5部32章『滅亡のとき』11
「……とにかく、会って欲しい奴がいる。――――おい、出てこい」
セルツァがそう呼び掛けてすぐ、別の木の陰から2人のエルフが現れた。彼女はその2人共に見覚えがあった。魔鏡を使って聖域に辿り着いた際、最初に森の中で出会った3人のエルフのうち、リュシルを除いた残りの2人であった。確か名前は……
「オレの他にも君のことを護衛に来た人員だ。デラとアルスラパインだ。紹介しておく」
「……知ってるわ」
ソニアの頭部に視線を釘付けにしている瘦せ型の少年アルスラパインと、体格のいい短髪のデラは、彼女が自分達を覚えていてくれたことを知ると大層嬉しそうだった。あの時の出迎えといい、人間世界のここに派遣されてくるのだから、村の中でも相当優秀な人材なのだろう。
ハイ・エルフの中では変わり者であるセルツァと比べると、やはりこの2人は如何にも素朴そうな感じで、ソニアを目の前にして目をキラキラと輝かせていた。
彼等はセルツァの促しでソニアの前に歩み寄ると、片膝をついて恭しく彼女の手を取った。
「お久しぶりです、ソニア様……! 貴女がエア様の御子であらせられたとは、感激です!」
「こうして再びお会いすることができて……大変光栄です……!」
目をキラキラさせるどころか、アルスラパインなどは感激のあまり、そこで泣き出してしまった。ソニアは困惑した。こうして感激されても、今の自分にはそれに応える用意も意思も全くない。彼等の望みや言うことも、セルツァと同じなのだろうから。
でも、そこはお人好しのソニアだけあり、彼等が手を取って自分を仰ぎ見るのを止めさせることはできず、ただ黙って済まなさそうな顔をした。
ジタンは流石によく躾られており、突然3人も異種族が現れても、ソニアが驚いたり警戒したりしない限りは少しも動じなかった。今もそこで悠々と草を食んでいる。そもそも、ハイ・エルフは動物達に安心感を抱かせる雰囲気を持っているし、彼等に悪意も殺意もなかったから当たり前のことであった。
「……私を守りに……」
「――――はい! お側近くでソニア様を護らせて頂きます!」
「こうして馳せ参じることができまして、誇らしく思います! 是非、私共にも護衛をさせてください!」
ソニアは視線を落とした。上気した彼等の顔の輝きが痛かった。
「……私、この国を守ることでいっぱいなんだ。あなた達が幾ら私を守ってくれても……私はあなた達の願いを叶えることはできないよ。……あなた達の望むようにはできない……」
アルスラパインとデラは、彼女が歓迎してくれないので戸惑い、セルツァを見た。セルツァはまた頭を掻いた。
「……彼女はまだ理解しきれていないみたいなんだ。無理もないことだ。人間の世界でずっと暮らしてきて、今まで知りもしなかったことを……最近になって急に山ほど突き付けられているようなもんだからな」
セルツァは一先ず2人を立たせて、落ち着いて皆で話せるよう、向かい合って座るように手振りで指示した。ソニアは倒木に腰かけたままで、他3人が彼女を正面にするように囲んで座るような形になった。セルツァとデラは足を前に投げ出したが、アルスラパインだけは神経質そうにきちんと膝を揃えて閉じ、腕で抱えた。
「……君がどうしようとも、オレ達が君を守ることに変わりはないよ。だが……とにかく、まぁ聞いてくれ」
セルツァは、どうにかしてソニアを説得したい気持ちを表して、また微笑んだ。その優しさは、妹の無茶を思いやりを持って窘める兄のようでもあった。
彼等が嫌いなわけではない。確かに同族の温もりを感じる。だが、ソニアにはまだ彼等を心許せなかった。