第5部32章『滅亡のとき』7
中央大陸ガラマンジャ中部地方の大森林。森林地帯の最深部にある、人間が滅多に足を踏み入れることのない聖域は、今日も結界魔法に守られて、白く透明な光のカーテンを木々の隙間に翻らせ、爽やかな風に包まれていた。
地上世界の喧騒から隔絶されているこの聖域だけは、今現在の外界で起きている悲惨な破壊や暴力を全く知りもしないような、無垢で清らかな空気を漂わせている。
その聖域内にあるハイ・エルフの村エリア・ベルは、いつもと変わらず妖精が飛び交い、彼等の歌と光の粉で早く生長する作物が踊るように風に靡いていた。
村の所々に家は点在しているのだが、マナージュに最も近い丘に一番の集落ができており、その中心に長の屋敷がある。継ぎ目のない陶器のように滑らかな壁を持つ家々は、皆、温かな丸みを帯びた形状をしており、太陽の光を浴びて艶々とした輝きを放っていた。
夜になれば発光する独特の塗料で壁に描かれている植物模様たちは、風に合わせて壁の中でゆったりと波打っている。
穏やかで純粋な性質で知られるハイ・エルフ達は、ここの所珍しく興奮気味であり、頻繁に村の中を歩き回り、そこかしこで数人寄り集まってひっきりなしに話をしていた。
つい十日ほど前に族長会議が開かれたばかりで、単調な生活に刺激が加わり、それがまだ冷めやらぬのと、その族長会議での議題が、これからの未来に大きく関わってくるものだったからである。
長の屋敷で族長会議が開かれ、終了するとすぐにワー・エルフの代表とダーク・エルフの代表は各々の国に帰ってしまった。どちらの一族も、長の高齢や多忙を理由に代理人が参加をしていたものだから、急ぎ帰還して会議の内容を長に伝える必要があったのである。また、のんびりと親睦を深め合っているような雰囲気ではなかったこともあるが。
その代わり、一番遠方から来ているエイシェント・エルフ族の長は本人自らこのエリア・ベルを訪れ、しかもまだ滞在していた。性質上、エルフの中で最も大人しい2族であるだけに馴染み易く、長年友好関係を保っているし、実際この村が去り難いほどに美しく、また議題の内容の重要さから、ハイ・エルフ族の長と語らうことが多かった為である。そして重要な事でありながら、エイシェント・エルフ族には直接の関りがあまりない問題でもあったから、部外者の立場を持って滞在を気楽に感じられていたのも、その一因だった。
長にしては齢若い400歳と少しのエイシェント・エルフ族の長、エルディンサンドはなかなかの美男子で、滑らかな黒い肌と雪のように白く羽のように柔らかな長い髪を地に着くほどに垂らし、上質のルビーのように透明で淡い紅色をした瞳に宿る知性の輝きでハイ・エルフ達を魅了していた。
同じ質の肌と髪と目を持つ同伴者2人を従えて、ゆったりとした籐製の大きな椅子に座り、木彫り細工の美しい小さなテーブルを挟んで、彼等は長の屋敷の庭でエアルダインと語らっていた。エアルダインの側にはリュシルが控えている。
庭の大木の木陰にはチラチラと木漏れ日が踊って、万華鏡のように彼等の目を楽しませ、アイーダが運ぶもてなしの茶や果実の搾取液や、妖精の魔法で焼かれた淡雪のような菓子は彼等の舌を楽しませた。
エアルダインやリュシルやアイーダの服装は自然に見られる植物の色ばかりで、辺りに馴染んで如何にもこの村の者らしかったが、エルディンサンドと同伴者の服装はそれに比して強い暗色や血のように鮮やかな濃い赤、高熱で溶かされた金属のような目の覚める黄色などで織り成され、とても浮き立って見えた。彼等の国ではこの配色が日常着である。