第5部32章『滅亡のとき』3
「……ヴォルト、皇帝の言っていた兵器だが、どのようなものか、お主は知っているか?」
会合が終了して2人きりとなった所で、ラジャマハリオンがヴォルトにそう尋ねた。この獅子将軍は一斉攻撃はともかく、兵器利用に関して明らかな難色を示している。一応承諾はしたものの、それは戦の期間を短くできることを期待しただけであって、使わないで済むのなら、その方が良いと思っていた。
「いや、知らん。物騒なものだろうとは思うが」
「……ヴァイゲンツォルトの研究者達は口を開かないのだ。皇帝も、極秘であると言って私に明かさぬ」
それは良くないなとヴォルトは思った。おそらくこの地上世界を実験台にして試してみたい兵器なのだろうが、あまり秘密主義が過ぎるとラジャマハリオンのような人道主義者の心はますます離れていってしまうだろう。
アイアスやマキシマ、そしてルークスのことにばかり気を取られているヴォルトは、この事をあまり深く考えていなかったのだが、ラジャマハリオンの怪訝そうな顔を見て、彼にも事の危険さが伝わってきた。
「……恨みはないが、人間達を滅ぼすことには加担してきた。それは、人間達だけを片付ければいいのだ。だが……兵器となると、この大地にも影響が出てくるのではないだろうか? あの話し方では、相当破壊力がありそうであるから」
ヌスフェラートは、あらゆる種族と比べて自然から離れた生活をしている。最も自然と密接な生き方をしているのはエルフや妖精といった者達で、その次が獣族、虫族、鳥人族だ。竜の場合は密接というより、己自身が自然であり神秘である。その獣族の王たるラジャマハリオンにとって、大地を傷つけるというのは神への冒涜に等しいのだ。あのカーンがそれを解っていないとは思わないが、まさか甘く考えていたりするのだろうか。
「私からも訊いてみよう。確かに関心がある」
他の誰にも言わないことでも、ヴォルトには教えることがあるものだから、ラジャマハリオンも期待して頼んだ。
そこで、庁舎に戻ってマキシマの正体に関する調査員達の報告を聞き、弟子の蘇りに進展があるか確かめてから、ヴォルトは再び主城へと赴いてカーン皇帝と内密に話をした。
皇帝は会議室の奥にある居室で寛いでいた。巨大なチェスの駒たちが市松模様の床で勝手に対決を進めている。ペットの地竜はいつものように暖炉で寝そべっていた。暖かいのが好きな種類なのだ。ヴォルトが来ると、地竜は舌をチョロチョロとだして敬意を示した。おそらく竜同士にしか解らないものだ。
「陛下、これから使用する予定の兵器ですが、どのようなものですか?」
カーンは勘ぐるような目をチラリとヴォルトに向けた。ラジャマハリオン辺りの差し金ではないかと思っているのだろう。だが、ヴォルトが個人的に関心を示してもおかしくないことだから、特に追及はしなかった。
カーンは自身に満ち溢れた様子でニヤリと笑うと、ソファーに凭れたままグラスを手元に引き寄せて水を口に含んだ。ヴォルトは暖炉の側に立ったまま、地竜の頭を撫でている。地竜はウットリとしていた。
「……かつてない、とだけ言っておこう。これまでの戦というものは、地べたを這うような原始的なものばかりであった。ワシはそれを進化させたかったのじゃよ」
「進化……」
「時間も、兵力も少なくて済む。そして、人間達の戦意も悉く喪失するであろう。戦において大切なことが、それだけ一度に解決するのだ」
やはり、詳細について語る気はないらしい。
「……兵器というものを快く思わない者もいます。内容によっては私もそう思うでしょう。その辺りは、どのようにお考えですかな?」
「……なに、大丈夫だ。ちゃんと考えてある。心配は要らぬよ」
2人きりのこの状況で話さないということは、ヴォルトにも話す気がないということだ。この皇帝は会話の流れで相手が押してくれるのを待って打ち明け話をするようなタイプではない。言わないとなったら言わないのだ。ならば、それ以上ヴォルトができることはない。
「その言葉の意味するところが、私の思う通りであれば、いいのですがな」
皇帝は笑うばかりだ。ヴォルトは嫌な予感がした。だが、自分が介入して平たく治めるほどのことでもない。これでは仕方がないだろう。
話題を逸らす目的もあって、皇帝はルークスの損失と竜の被害を改めて悼み、ヴォルトを労う言葉を多くかけた。それで、この話はうやむやになってしまった。
いざ攻撃の時になれば詳細が判るのだから、その時を待つことにするか、とヴォルトは決めた。1つだけ明らかなのは、これで人間世界はかつてない程の大打撃を被るであろう、ということだ。今、この時代に生まれたことを不運だったと思うしかないだろう。