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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第10章
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第3部10章『雪原の彼方に』4

――――その後、ソニアは明日の出発の為に床に就き、これからの事を考えた。昼夜を問わず洞窟内は日中の屋外より薄暗くて、暖房と照明用の松明が唯一の光源となって炎を揺らがせ、粗い岩肌の表面を照らしている。

 ソニアは、今頃心配しているに違いない人々のことを考え、何度も溜め息をつき、厄介なことになったものだと滅入っていた。

 自分は刺客によって無事始末されたと見なされるのだろうか? それとも敵は、新たな刺客をここへ送り込んでくるのだろうか? そして……邪魔者がいなくなった今この隙に、意気揚々とトライアに攻め込んでくるのではないだろうか? そう思うと腸が捩れる。

 どの道、彼女はいつまでもここには居られなかった。一所に長いこと居着かずに道を進まねばならない。人の多い場所は、尚のこと早く通り過ぎなければならない。気ばかりが急いて落ち着いて眠ることも出来なかった。テクトのようにトライアが襲撃を受ける光景を考えるだけで、恐ろしさに胸が痛む。この先も出来るだけ身分を偽り、姿も隠して進まねばならないだろう。

 壁面の炎影のダンスを見つめながら、ソニアは自分一人で迅速にトライアに辿り着くことを静かに決意し、人の手を借りようとして人を巻き込むことのないよう心に誓ったのだった。

 己の抱える不安を人々に読み取られぬよう、寝返りを打って奥の暗がりの方に顔を向けていると、ふと背後から呼び掛ける声がした。

「……お姉ちゃん」

人々に気遣われて広いスペースを与えられていたので、他の者への呼び掛けではないとすぐに解り、ソニアは振り返った。そこに子供がいる。松明を背にしているので顔はすぐに判別できなかったが、背格好で、例の王宮魔術師の素質があると見込んだ少年だと判った。

「あら、あなたね。どうしたの?」

少年はフワフワの短い銀髪を炎に輝かせて彼女に近づき、すぐ傍らでしゃがんだ。

「……少し、ここにいてもいい?」

少年はモジモジとして、照れ臭そうにしながらもソニアを見ていた。

 ソニアは微笑んで彼を手招きした。彼女が許してくれたのを知ると、彼は嬉しそうにソニアの懐に飛び込んできた。ソニアは彼にも毛布を掛けてやった。まだ7歳の少年なのだ。強がりもするだろうが、大いに甘えたい盛りでもあるに違いない。

「……どうしたの? 皆は眠っている時間だよ?」

彼は顔をソニアの胸に埋めたまま出さず、手はしっかりと彼女の服を掴んで離さないようにしていた。

「……眠れないの」

か細く囁く少年の声は少し震えていた。その幼い声に愛しさを感じて、ソニアは優しくそっと彼を抱きしめた。そうしてやると、彼の方も強張らせていた肩の力を抜いて彼女に身を預けた。

 暫くそうして頭や背を撫でさすっていても少年がまだ震えているようなので、ソニアは毛布の中で顔を近づけてそっと言った。

「……泣いてるの?」

「…………」

「……もし、私で良かったら、話してごらん」

少年は声もなく、ただ静かに涙を零していた。こんな泣き方をするのは、本当に辛い目にあってきた子供だけだ。

「……まだ……僕の名前を……言ってないよ、お姉ちゃん」

「フフ、そうだったね。あなたの名前は?」

「……ルビリウス。……ルビリウス=ハーレーっていうの。……みんなはルビって言うよ」

「そう……、じゃあルビ、何か……悲しい事があったの?」

ルビリウスは、ソニアの胸の温かさにウットリとしながら溜め息ばかりついている。彼女の服に涙が零れないようにと、時々手で拭っていた。

「……言いたくなければ、いいのよ。ただこうしているだけでも。……自分一人の中に大事にしまっておいた方が……いい事もあるものね」

他には誰一人側にいなくて、洞窟に響くのは松明のはぜるパチパチという音や、誰かの寝息や鼾ばかりだった。静まり返った奥の一空間、毛布の中で、2人の声が細々とやり取りされる。

 ルビリウスは、顔をソニアの胸に預けたまま話し始めた。

「……僕には……お姉ちゃんがいたんだ。たぶん……ソニアお姉ちゃんと同じ位の年だと思う。……とっても強くて……優しくて……。ソニアお姉ちゃんみたいにきれいではなかったけど……でも……僕には一番のお姉ちゃんだったんだ」

姉の記憶が甦ったのか、彼は涙を拭うのを忘れて手を止め、柔らかく呼吸した。小さな鼓動が伝わってくる。

「……僕が生まれてすぐに、お父さんもお母さんも死んでしまったから……僕のことをずっと育ててくれたのは、お姉ちゃん一人だったんだ。……でも……」

辛い思い出にぶつかり、彼は息を飲み込んだ。

「…………あの……敵がやって来て……」

トラウマとなった過去の痛みが強過ぎるらしく、ルビリウスは徐々にしゃくり出した。

「……お姉ちゃんも戦って……魔術師だったから……あいつらと戦って……」

ソニアは何も言わず、ただ彼を優しく抱きしめて、頬摺りをした。かつてのソニアと同じように、今ではこの子も一人ぼっちなのだ。幼いなりで。

「……僕……何も出来なくて……だから……僕を守ろうとして……お姉ちゃんが…………ここまで来たのに……」

もうそれ以上言うな、とういうようにソニアは彼の顔を覗き込んで頷いて見せ、そしてもっと深く抱きしめてやった。哀れみと同情心がどっと彼女の胸から溢れ出てくる。

 彼の切なさと苦しみが身体を通して伝わってきて、ソニアの頭にその悲惨な光景がふと浮かんできた。魔術師――――恐らく彼の家系が優秀な術者揃いなのだろう。逃げる彼等を助ける為、一人足止めとなって残った若い娘のマント姿が遠ざかっていく。

 それきりなのだ。

 この子も、神に祈ったのだろうか。姉が助からなかったことを嘆き、あの若者のように、内心は神を信じられなくなっていたりするのだろうか。

 ルビリウスは急に起き上がって、ソニアの目を真っ直ぐに見つめた。

「お姉ちゃん……僕も一緒に連れてって! ……僕……お姉ちゃんと一緒に行って、もっと戦って、強くなりたいんだ……!」

「ルビリウス……!」

彼の真剣で真っ直ぐな眼差しに、ソニアは射抜かれた。彼の気持ちは痛いほどによく解った。彼女も、かつて何度そう思ってきたことか。

 2人は黙ったまま、互いの目をジッと見つめ続けた。ソニアがあまりに深刻そうに思索しているので、ルビは必死になり、彼女の胸倉を強く引いた。

「僕が小さいからなんて言わないで。……こんな所にいたって、いつまでたっても強くなれないんだもん。早く……もっともっと強くなんなきゃ、みんなを守れないんだもん」

ソニアもまた起き上がり、立派な決意を抱いている哀れで幼い少年をもう一度力一杯に抱きしめた。これまで比較的平和な国にいたお蔭で追い詰められた子供の姿を見ずに済んできただけに、少年のその苦しさは彼女の心に強く強く響いてきた。

「……とっても危険なのよ? ……死んじゃうかもしれないのよ?」

「いいもん……! 誰も守れないのにただ生きてるだけなんて、イヤだもん……! 僕は……強くなるんだもん……!」

かつての自分の心の声を、そのまま代弁しているような台詞だった。ソニアは己の過去に暫く思いを馳せ、森の仲間やアイアスのことを振り返った。

 この少年をこのまま打ち捨てていくとしたら、それは、過去の自分をも捨て去ることに等しいのではないだろうか?

「……連れてって……! お願い……!」

ソニアは彼の肩を取って向かい合い、互いの顔を見つめ合った。

「……よく言ったわ……!」

そう言って彼の頭を撫で、涙を拭ってやると、ルビはようやく胸を撫で下ろした。

「明日、私からソーマさんに話してみましょう。許してもらえたら……あなたを一緒に連れて行くわ。認めてもらうには、あなたも頑張らないと。……いいわね?」

「うん! わかった! 約束だよ、お姉ちゃん!」

二人は笑い合って指切りをした。

 かつてのアイアスのように、自分も誰かの面倒を見て指導する役回りが廻って来たのかもしれないとソニアは思い、例え短い間でも、自分に出来得る限りの力で彼を成長させることを心に誓ったのだった。

 二人はそのまま同じ毛布に包まって寄り添い、まるで生まれながらの姉弟のように眠った。


「――――――なんですって?! ルビリウスを連れて行くと言うのですか?!」

「いいでしょう? ソーマお兄ちゃん、お願い! 僕も行っていいでしょ?」

案の定、ソーマは彼女の申し出に非常に驚き、猛反対した。子供たちの中では比較的年長の7歳とは言え、雪原の旅にはまだまだ足手纏いな年齢である。

「冗談を言わないで下さい! こんな危険な旅に子供など連れて行く訳にはいきませんよ!」

そう拒否されることを覚悟の上で頼み込んでいるソニアの顔には、既に頑とした決意が表れていた。

「……無理を承知でお願いしているのです。この子には外界の刺激が一番の成長の薬なんです。その事は、この子自身が一番よく解っています。……この洞窟で暮らすだけでは、どうにもいい修行というものはできません。どうか、この子の希望を聞いてあげて下さい」

「いくら何でも……まだ早過ぎますよ……! いずれそういった訓練も必要にはなりましょうが、今は危険過ぎます! 敵が去ったのかも解らない状況なのに……!」

ルビリウスはめげずにソーマの目を一途に睨んだ。ソニアも同様だ。ソーマは困惑して頭を振りながら言った。

「……あなたは知らないのです。この地で戦闘が起きた時に、子連れがどれほど厄介な事なのかを」

その言葉は、違った意味でソニアに感銘を与えた。もっと幼かった少女を、連れて旅をした男がかつていたからだ。

「そりゃあ……もう魔物達はこの地を去ってしまっているかもしれません。しかしですよ、もしあの軍勢が、まだ行く先や城に立て篭もっていたとしたら――――その時はどうなさるつもりなんですか? 私達自身の防御だけでも精一杯だというのに、その中でどうやってこの子を守ると言うんです?」

「……確かに、ルビを守り切れるという絶対の保証はありません」

ソニアは更に彼に近づき、訴えた。

「しかし、これからのビヨルクに魔術師は不可欠ではありませんか? これくらいの冒険をしなければ、技は磨けませんよ? 皆さんを守る為にも、この洞窟ではできない攻撃魔法の練習をしておかなければ。このような子が早く育たなければ、誰が復興を支えると言うのですか?」

 ソーマは、部外者に痛い所を突かれるという不快感に顔を顰め、余計なお世話だとばかりに頭を振った。

「――――失礼ながら、あなたに我が国のことで干渉されたくはありませんね。子供の成長が大切なのは我々も百も承知です。しかし、死んでしまっては元も子もない!」

何やら言い合いをしている二人とルビに、人々は何事かと目を向けていた。ルビリウスは二人の剣幕の何処に入り込むべきか探ろうと、やり取りをひたすら見つめている。

「あなたの仰る通り、私はこの国の人間ではありません。あなた方に比べれば、北国の知識は無いも同然です。でも……私は出来る限り、この子を強くしてあげたいと……そう思うんです。この子も心からそれを望んでいます」

彼女がそう言ってルビの肩を抱くと、ルビも力強く頷いた。

「自分の事は自分でやんなきゃダメだって、ソーマ兄ちゃん言ってたよね? だから僕、どんな目にあったって、お姉ちゃん達に迷惑がかかんないように一生懸命頑張るよ! ――――僕は強くなりたいんだ! みんなをもっと守れるように、もっともっと、強くなりたいんだ!」

「…………」

「この中で攻撃に使える呪文ができるのは、お姉ちゃんと僕と、あともっと小ちゃいのが二人だけなんだよ? 僕は治療呪文だってできるんだから、きっと役に立つよ!」

この子がこんなにハッキリとものを言うのを初めて目にしたソーマは、ルビが彼の服の裾を引いてしつこく離れないのを、半ば驚きの表情で見下ろした。

「ねぇ! ねぇ! お願いソーマ! 僕も連れてって! ねぇ! お願い!」

ソニアも加わる。

「……道中は決して私の側を離れさせませんから。この子も言うことを聞くと思います。どうかお願いします!」

二人のあまりの熱意に、ソーマはもう言い返す気もなくしていた。ただ腰に手を当てて大きな溜め息を一つつき、暫し思案して、それからルビに向かって怖い顔をした。

「……途中で泣き出したり、弱気になったって、誰も助けてやらんぞ!いいか?」

ルビは顔をぱあっと明るくし、瞳を輝かせ何度も頷いた。

「――――うん! 泣かないよ! 泣くもんか!」

ソーマはまだ怖い顔をしていて、ルビが急に浮かれないように窘めた。

「いくら私が許したからといって、危険なことに変わりはないんだからな! ルビ、ナルスさんの言うことをよく聞いて、それに従うんだぞ。全ての指揮は私が執るが、もしもの時には必ずナルスさんの側にいるんだぞ、いいな?」

「うん!」

許可が下りたことでようやくソニアの胸は楽になり、ソーマの手を取って握手した。彼は苦笑して肩を竦めて見せた。

「ありがとうございます!」

「ソーマ兄ちゃんありがとう!」

「……全く、いつの間にそんな風に結託していたのか。二人にしてやられたよ」

洞窟内にその決定が知れると皆は大騒ぎし、やはり何人かの反対にあった。ソーマが事情を説明し、ここでまたルビ自身が自分の決意を高らかに宣言して聞かせると、それが一番の効果を発揮して、どうにか皆を納得させることができた。大体の者がルビの事情を知っていたので、彼が行きたがる事情に理解を示したのである。

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