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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第31章
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第4部31章『堕天使』64

 仕度の為、最後の夜は北塔の謹慎室ではなく元の自室で過ごすことを許され、ソニアは久々に広い部屋で荷物をまとめるなどした。大したものはないし、軍の遠征で旅支度には慣れていたので、余分なものを持たずに取捨選択ができ、テキパキと荷物が整っていく。

 テラスの下や扉の外には番兵が配されており、今も監視下にはあるのだが、いずれも儀礼的なものであって、誰も彼女がこの期に及んで逃げ出すなどとは思っていなかった。黙っていても朝になれば出て行く身なのだから、焦って早めに出て行くわけがない。

 これまで働いてきて殆ど手を付けていなかった金も、代理で銀行から引き下ろしてくれたものが全額部屋に用意されていた。これを没収するというような無粋なことはしないらしい。かなりの額があったが、その全てを持って行く気はなかったので、ソニアは財務官を呼んで半分近くを国の財政に充てるように言った。特に、被害に遭った家屋等の修繕に使って欲しいとお願いし、財務官は確かに承知したと言って受領証を発行していった。持ち運びに便利な金貨を主として手元に残し、すぐに使える小銭も用意して、なるべく嵩張らないようにした。

 仕度を手伝いに来た長年の専属女官に手は足りていると丁重に断ると、彼女は引き下がらず、それならば是非、最後に髪を梳かせてくれと頼んだ。ソニアはそれは断らず、この二日間で荒れて痛んでいた髪の手入れをしてもらうことにした。

 大きな鏡のあるドレッサーの前に座り、これまでに何度してもらったかわからぬブラッシングをしてもらいながら、2人は言葉少なく名残を惜しんだ。

 鏡には、部屋の隅でまだ肩を落として心ここにあらずの状態であるディスカスが椅子に腰かけているのが映って見える。

 ブラッシングで滑らかに整った長いルピナス色の髪をそっと撫で、女官は涙ながらにそれを細紐でゆったりと結った。そして済んでしまうと、尚一層名残惜しそうにして、鏡の中のソニアを見た。

「私は……あの白い竜のことも好きでした。貴女様が……ヌスフェラートの混血だという方とも、本当に真剣に向き合っていたに違いないことも……この目で見て知っております。あんなに……一生懸命に……。……この国は……宝を失ってしまうんですわ……!」

そして、それ以上涙で顔が崩れてしまわないうちに、女官は最後の挨拶をしてソニアと抱き合うと静かに退室していった。

 ソニアはそうして暫くドレッサーの前にいて、鏡に映る自分の姿を見た。人間らしいのは耳の形だけの、ハイ・エルフ面の自分。

 自惚れを持たぬ彼女だったが、それでも自分を醜いと思ったことはなかった。木の葉の緑や白い陽射しや湖面の黒さが好きであるように、ごく自然に自分の身体が好きだった。他にはあまり見ない色である、ということを除けば、髪の色も瞳の色も好きだった。

 だが、今はそこに何の自尊心も見出せずにいた。憎しみまではしないものの、できることなら捨て去ってしまいたかった。この姿形を生み出した血によって、今、自分は再び追われる身となるのだ。そう仕向けたのは自分であるが、同じことである。

 劣等感や自己否定はないが、その血を誇りに思う心は特にない。ハイ・エルフが素晴らしい一族であるということは知っているが、それでもこうして追い出されることは辛い。

 悪いのは、世の中の方なのだろう。

 ……だが、どちらでも良かった。とにかく、これは無用の長物だった。

 そのハイ・エルフ顔から目を背け、ソニアは鏡の中に映るディスカスを見た。まだそこでグッタリと背を丸めて座り込んでいる。つくづく、哀れな姿だった。

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