第4部31章『堕天使』63
彼女の背後で一斉にヒソヒソ声が上がった。国王に何かしでかしはしないかと考えているようで、ハルキニアもすんなり許可しそうにない難しい顔をした。
だが、そこで逸早く国王本人が立ち上がり、自らそれを許可して手振りで衛兵やハルキニアを遠ざけた。ハルキニアがとても怪訝そうにしたのは言うまでもない。それでも皆は従って、一時国王の周囲に人はいなくなり、そこに向かって静かにソニアは歩んでいった。鋼鉄製の手枷で手首を拘束されたままで。これには警護の兵もついてこなかった。
ソニアが玉座のすぐ下にまで進み、そこでゆっくり片膝をついて恭しく頭を下げると、王も段を下りてきて彼女の前で膝を折り、両手で肩を取った。本当の犯罪人になら、決してしないはずの行為である。誰に見咎められようとも、これだけは決して譲らないつもりの強い目で王は彼女を見た。王にしか届かない小さな声でソニアはそっと囁いた。
「……私は、誰に追い出されるのでもありません。ましてや……あなたのせいではありません。これは、私が、自分の考えで選んだ道です。それを覚えていてください」
「……ソニアよ……」
2人は間近で目と目と合わせた。涙なく泣いていたが、ソニアは微笑していた。
「例え罰されようとも、私はこの大陸に残り、陰ながらトライアとあなたをお守り致します。戦となった際には、きっと駆け付けます。私には……それで十分です。どんな形であれ、この美しい国とお父様をお守りできれば」
王は震える瞼をそっと閉じ、さすがに堪え切れずに涙を零した。やり取りは聞こえぬものの、その姿に幾人かも感涙し、頬を濡らした。
あまり長く王の同情心を表面に出させて立場を悪くしてはならないと思い、ソニアは立ち上がって数歩下がり、王への敬意を示す距離を開けてから、もう一度頭を垂れた。そして未練を見せずに涼やかな様子で被告台の立ち位置に戻った。ハルキニアがよしよし、というように頷く。
「――――それでは明日の日の出までを猶予とし、城内で出発の支度を整える時間を与える。速やかに準備を整えるように。必要なものがあれば用意するので言いなさい。明日の日の出と共に、一同立会いの下、そなたの出発を見届ける」