第4部31章『堕天使』58
地下世界アールヴ・ガード。その中央大陸であるバンドルムの地下。広大な地下洞窟群から成るワー・エルフ族とドワーフ族の王国グラン・ケイヴ。入り組んだ迷路のように何処までも繋がり広がる都市のずっとずっと奥にある川辺の暗い小屋の中で、3人の人物が顔を突き合わせていた。
ここは鉄鋼鋳造や工房を営む為の火山脈からは離れているので、比較的ひんやりとしており、近くを流れているのは有数の地下大河であるから、その滝が立てる壮大な低音が辺りに響いていた。
なるべく人に目撃されぬ場所での会談を望んだ3人は、その川沿いにある寂れた漁師小屋を選んで、その中で更に魔法による障壁を築いて声が外に漏れないようにしていた。滝の音が邪魔をするから、誰かが盗み聞きをしているとしても、掻き消されて殆ど聞き取ることはできないのではないかと思うのだが、用心に用心を重ねているのだ。
鉄鋼工房の都市では、火山脈と工房の炎が街を明るく照らしているものだが、この大河付近はその代わりに光苔や月光石が緑色や青白い光を放って空間全体を仄かに染めている。
3人は円形の窓から射し込んでくるその緑色の光だけを光源とした薄暗い中で話をしていた。慎重な彼等は、ここまでしているのに、それでもマントのフードを下ろさなかった。
「……利害は一致している。協力しよう」
「だが……余程慎重にやらねば。……下手をすると戦が起きるぞ。それでもやるのか?」
「……なに、ハイ・エルフだけなら大したことはない。多少の戦いになったとしても、得るものの方が大きいさ」
「……それもそうだな。もう長いことエルフ同士の戦は起きていないが……その危険を冒すだけの価値は十分にあるだろう。それに……戦になったらなったで、それも面白そうだ」
「フフフ……さすが、あんたらしいな」
1人は椅子に座って足をテーブルの上に投げ出して組み、もう1人は後ろで手を組んでただ立っており、もう1人は出窓に腰かけて縁に片足を乗せて、それに肘をついている。それぞれに性格が出ていた。皆が丈長で色の濃いマントにすっぽりと身を包み、ゆったりとしたフードを頭に被っている。緑色の光の中では、マントの原色がどんな色なのかは判らなかった。
「……いつやる?」
「……すぐだ。それも、できるだけ速やかに」
「少しでも成長すれば……それだけ実行が困難になるものな」
「……よし、いいだろう。計画はあんたに任せるよ。こっちは、その先の方の手筈を整えておく」
3人は協定の成立の証に揃って立ち上がり、向かい合って拳を突き合わせた。
「必ず、あんたの時代に」
「君の時代に、ヴァリー」
フードの隙間から、黄金色の虹彩がキラリと輝いた。